0271 鉄血(てつち)に躙り縊らる救貧ノ院(3)
時は、少女狂戦士アシェイリによる救貧院への襲撃からしばし遡る。
遠く『長女国』の最深部にまで潜入していたはずの幼馴染ユーリルの”異変”を、吸血種としての【血】による同族感知能力であったり、称号技能【拌漿の絆】により、彼女は把握していた。
このため、居ても立ってもいられずにナーレフ行きを切望していた彼女の邪魔となったのが、商都シャンドル=グームに突如現れた『ネイリー』という名の吸血種だった。
吸血種という種族の宿命的な生態として、彼らは「上位カーストからの使命」によってその意思と行動を縛られてしまう。この意味ではネイリーは同格に過ぎなかったのだが――何故か、ネイリーはタレーエンとアシェイリの弱みや、そして他の誰にも告げてはならず、告げることもできぬはずの”最上位の使命”を知っており、そして二人を狙い撃ちにして巧みに半強制的に屈服させて自らの手駒とした上で、二人にとっては全く無為としか思えぬ「使命」を与え、足止めさせられ続けることとなっていた。
このため、アシェイリは同じ立場のもう一人の幼馴染であるタレーエンと共謀。
ネイリーに与えられた(彼女にとっては無駄としか思えない)「使命」を拡大解釈によって迂回しつつ、都市ナーレフに向かう理屈を自らの「使命人格」に納得させるために、シャンドル=グームを訪れた様々な者達をぶつけ合わせる。結果、人材斡旋所の1つを吹き飛ばす被害を街にもたらしつつ――当然その責任はネイリーに押し付けながら――首尾よく、まさにその都市ナーレフに向かうという目的を持っていた魔人の女ネフェフィトと、その案内者たる”旅侠”キプシーに同道することができたのである。
アシェイリにとっては、それだけの関係だったはずだ。
街に辿り着き、ユーリルに直接会うことさえできれば――彼女は自らのより更に上位の存在から与えられたる【大命】に基づき、ネイリーの如きによる「使命」など、どうとでも崩すことができるという確信があったのである。
……だが、話がややこしくなったのは、現在ナーレフを実質的に掌握した『人物鑑定士』だの『旅の治癒術士』だの『最後の涙の番人様』だなどと呼ばれている、オーマという人物の元にユーリルが身を寄せている可能性が高い、という形で、改めてアシェイリとネフェフィト達の目的が重なってしまってからだ。
「なぁなぁ、アシェイリとそのユーリルって奴はどんな関係なんだ?」
という、自らの仕掛けによって巻き込んだとはいえ、つい先日にシャンドル=グームで盛大に斬り結び命のやり取りも同然に刃を交わした相手であるとは思えぬほど、馴れ馴れしく、そして馴れ馴れしい、ネフェフィトの距離感の無さにアシェイリは閉口……いや、ぐいぐいと、ずけずけと、ずかずかと踏み込まれてきたのである。
黙殺しようとしたが、あまりにその眼差しは真剣であった。
あまりに「なぁなぁ」としつこいため、つい手が出たり、戦士の走法でその場を離れようとしたりするわけであるが、相手もまた超常の技を扱う魔人の戦士。あのシャンドル=グームでの「共闘」を通してよほどアシェイリの呼吸を見抜いたのか、はたまた踊り子とかいう身軽さにこそ傾倒している戦闘スタイルの故か、「お? 運動するか?」とでもいわんばかりに追いかけてくるのだから始末に負えない。
挙げ句、頼みもしないにも関わらず「あたしにも、ちょっと探している人がいてねー」などと身の上話を始め、なんでそんなことを言い出すのかと思えば、この褐色の無駄に大柄で無駄に刺さりそうな【一本角】を伸ばした無駄にガサツそうで無駄に何も考えていなさそうな直行型のイノシシは――
「だってアシェイリもそうなんだろ?」
などと宣うからこそ、ますます、質が悪いと言えた。
それがただの山勘であるのか、そうでないのかは、アシェイリに判別する術は無い。
だが、そこには躊躇であるだとか、間のようなものが一切無かった。
――特に、相手と自分の「使命」を探り合うことを定め付けられたような仕属種の工作員同士のやり取りに慣れすぎていたアシェイリにとって(だからこそ彼女は口数を少なくする方向に自らを適化させていったのだが)、それは非常に厄介な戦闘スタイルだったのかもしれない。
そして、どうしてそこまで絡んでくるのか、と辟易の末に問うたが最後。
「だってあたし達は友達だろ!?」
などと、当然のことのように言い放ち、大いにアシェイリから言葉を失わせたのであった。
そして、自分にとって――”友”などというものよりもずっと、ずっと、ずっと大切な存在と言えるのは、たった二人だけであったから、そんなものを想像するということもなかったのだ。
だが、だからといってユーリルとタレーエンが”友”である、というのも違う。
そういう感覚が湧いたために、思わず、口走ってしまったのだ。ユーリルのことを。
――そうしたら、このザマである。
「シシシシッ! いいねぇ、三女殿にもまさかそんな手管が使えるなら――俺は、そうだな」
「あのなぁ、主役はアシェイリ。あたし達はサポート役なんだから、そこを履き違えるなよ? なるべく目立たずに、がいいだろ一番」
「はぁ? 何いってんだ? 仮にも迷宮領主が掌握した都市に飛び込むんだぜ? 秒で眷属どもがうじゃうじゃ湧いてきて、分で従徒どもが仕掛け引っ提げて次々に【転移】してきやがるに決まってる。申し訳ないけどそこの吸血種殿がどれだけ腕があっても多勢に無勢だね」
「いや、だからさぁ! アシェイリは『ゆーりる』の救出と……あとなんだっけ? 『臭い血』とかいうのをどうにかするってのが目的で、別にオーマのやつを殴り飛ばすこととかじゃないんだろ? いや、それもちょっとは興味あるけど……って、そういうことじゃなくて! 場所もわかってんだろ? あたし達はその潜入をサポートしたらいいんじゃないかよ、それで本隊が来る前に逃がせばいいじゃんか?」
「シシシシッ、甘いなぁ、甘いんだよ三女殿。かの【甘露使い】殿のお茶会の一番最初の『雪解け菓子』よりも甘い、力技じゃなくてここまで慎重に【人世】に潜入して、”似姿”に混じってなり切って行動している迷宮領主が史上あったかい? シシシシッ、その『ユーリル』君とやらを抱え込んでいるんなら吸血種対策だって何重にも敷かれてて当たり前さ!」
「いや、だから――」
アシェイリは頭を抱えるしかなかったのである。
***
俺が最初にその「襲撃」を感知したのは、【空間】魔法――厳密に言えば迷宮の標準機能における【領域定義】技能を通してであった。
ハイドリィ支配下の残党を特務部隊やその手足となっていた非合法組織まで含めて丸めて叩いて潰し、さらに、相性諸々の観点で最も厄介となりうる存在であったマルドジェイミ家の走狗【罪花】を、見せしめなども兼ねてその勢力を撃破した。
これらと並行して『地中班』により、ナーレフ周辺を土中からぐるりと包み込むような広大な土中魔法陣を構築。これは、ハンベルス鉱山支部に対してやったのと同じ、情報の遮断と、街に元々備わっていた各種の感知魔法陣を飲み込む形での巨大な早期警戒体勢であり、対【紋章】家の意味合いも大いに兼ねているところである。
そしてその結果、俺はより堂々と、そして大胆とナーレフの地中に【人世】側におけるこの俺の迷宮の【領域】を広げていっていた。
ただし、街をほぼ掌握したとはいえ、流石に【闇世】側の迷宮のように面や立体で覆い包むような形には、まだ、できない。全てが魔素と命素に還元され【エイリアン使い】としての限定的全知が及び、極論、この俺の意思が末端の労役蟲の一体にまで届くのとは違い、【人世】で掌握したこの都市とは、完全にはこの俺の迷宮には属さない数多くの「異物」を擁した”領域”だからである。
確かに――まぁ、多少の”世論調整”はやってはいるが、逆に言えば、俺が【人世】で【闇世】並みの迷宮での振るう力に近づけるには、ここまでやらなければならないのである。
まだ目立つわけにはいかず、可能な限り露見は遅らせなければならず、露見後に待っているであろう闘争に対して、俺は迷宮領主として、全てのエネルギーを注がなければならなくなるだろう。
故に、今のこの状況には、どれだけ俺が警戒態勢を敷いたとしても穴などいくらでもある。
侵入を試みる側が、本気になれば、こちらの手管を調べ、分析し、学んで対策していけば、突破できないものはない。この俺がナーレフという、ロンドール家の牙城であった都市を――様々な思惑を利用してとはいえ突破できたならば、同じことが起きないとどうして言えるだろう。
……少なくとも俺はそんな心構えではいる。
だからこそ。
俺はこの俺の大事な太い太いパトロンとなってくれる予定の一人である【鉄使い】フェネス殿による「監視役」の派遣について、字義通りに受け取ってはいなかった。
強烈な自己、我欲と切り離すことのできないその”認識”を限定的全知によって【領域】という形で押し広げることを是とするのが迷宮領主という存在である――この俺自身も含めてな。
なればこそ、そこに一悶着はある、という念はずっとあった。
【人体使い】テルミト伯が押さえる【最果ての島】への航路に対してどのような遠慮や駆け引きがあるのかはわかったものではないが、素直に”監視役”というならば【闇世】側から送ってくれば良かった話だ。そしてそうでなくとも――そもそも「娘」など必要とすることすらなく、例のプレゼントであるところの『鉄鐸』を通して、この俺に監視や干渉まがいのことをしてきたのである。
まさに「様々」な手管があるに違いないだろうよ。
だから、その意味で【領域】同士の干渉が検知され、そして襲撃の報告が上がってきたことそれ自体は、俺としてはむしろ遅かったな、という程度の感覚。だったのだが――。
「なぜ『救貧院』を狙ったんだ……?」
はっきり言おう。
想像と想定の埒外だった。
なるほど、確かに都市ナーレフにおける『救貧院』は俺の【人世】側の拠点の1つだ。
『地下班』に構築をさせた”溜まり”場もまた存在しており、結節点の役割を持った場所ではあるが――同等以上の感知体制や生産体制、即応体制などを備えた地点は他にいくらでもあった。
『救貧院』はこの意味で、外に向けた接点の1つであり、迷宮を構成する【領域】としての役割は非常に小さなものに過ぎない。そこでは実際にナーレフの貧者達に向けた施しを行っており、実質的に運営する【ウルシルラ商会】と、その実質的なオーナーにしてこの街の”参事代”に任ぜられ、じわりと存在感を放ち始めたこの俺という存在への肯定的な世論醸成装置としての役割が強い。
そしてそこにナリッソというどちらかといえば「表」側向けの人材を配置し、リシュリーへの”リハビリ”の場とし、それを以てユーリル少年との関係性の”正常化”を実現していき、あとついでにシーシェのような扱いに困る立ち位置の存在を押し込んでむしろ監視しておくための場とする……そうした場である。
この俺の【エイリアン使い】としての力の本質であるだとか、迷宮法則の機密であるだとか、実力であるだとかを示すような、そんな設備はほとんどなく、最小限であったと言って良い。
そして、それはフェネスによる嫌がらせ的試し行為がまず間違いなくまたあるであろうという想定でも組まれたものであり――例えばだが、迷宮”要素”について、釣り餌のように露出して見せていたようなそんな地下拠点なども複数構築していたのである。主に、ユーリルの夜狩りで潰させた非合法集団のアジト跡などに複数。
――迷宮に属し、迷宮というシステムを知る者の目から見て、およそ、『救貧院』にはほとんど情報的な価値など無い。
そんな俺の思考が慢心となっていたか。
はたまた、ユーリルとリシュリーの関係性に懸念を抱いたことそれ自体に慢心し、この少年がさらに別の「厄介な事情」を持っている――ということへの事情聴取が足りなかった、とでもいうべきか。
別に迷宮関係者が直接手を出してこずとも、他の別のものに「手を貸す」形でついでに手を出してくる、と、そういう可能性が抜け落ちていたのは慢心という他は無いのだろう。
――流石に「従徒献上」という迷宮領主と従徒との間の特別な情報共有能力を持ってしても、本人が知らなかったり気づいていなかったりすることまでをも”全知”とするのは困難だとは思いたい。
異郷で虐げられた境遇にあった少女と爛れた(血液的な意味で)関係となっておきながら、故郷には自分に強い執着を持った異性かつ共に鍛錬して育った幼馴染がおり、しかも本人はそれに気づいていなかった――などという事態を、どう想定すれば良いのか、俺は閉口するばかりである。
だが、それでユーリルを今茶化すような気もない。
まして彼の責任などではない。
流石に重傷者・重体者多数で『救貧院』での被害が大きすぎた。
リシュリーという少女が、彼女を巡る『長女国』や『末子国』の思惑や陰謀の――全く外側の、およそ、彼女自身にとっては厄災としか思えぬような理不尽な理由により襲撃され、その余波が、彼女にとっての新たな「世界」となるべきであった『救貧院』というコミュニティごと攻撃されることになろうとは。
――襲撃者がユーリルの関係者であるとしても、そちら側の事情を聞いていない段階ではあるにせよ、それでも、どのように俺はこの事態を裁くべきであろうかな。
無論、そのような内面の葛藤など見せることもない。
それでも従徒として最低限、無意識に俺に顔を向けようとするその寸前に、俺は「行け」とユーリル少年を送り出す。彼はゆらりと【虚空渡り】の技で「アシェイリ……なんで、どうして……?」と苦虫を何匹も噛み潰したように呻きながら現地へ掻き消えながら急行したのだが――。
非常に意外だったことに。
エイリアン=ネットワークにおける感知網からの警戒の速報が迷宮に響き渡るよりもさらに早く、ユーリルよりも疾く、既に最速で現地に急行してその『アシェイリ』という名前のユーリルと、そしてリシュリーを狙ったと思しき襲撃者の迎撃に当たったのは「夢追いコンビ」ことジェミニ=ゼイモントとヤヌス=メルドットだったのであった。
――ここに、今回の襲撃を許してしまった謎と綻びが示されていた。
まず、言っておこう。
吸血種対策を抜かりなどしていない。
ユーリルという非常に協力的な従徒もいたため、少なくともこの種族の生理的特徴や生体的特徴は、文字通りその血管の1本に至るまでデータが取れていたと言って良い。リュグルソゥム家の協力もあり、少なくとも『長女国』における対吸血種感知魔法である【ラダオンの腐れ血帳簿】もまた、再配置された感知魔法陣網の中に当然に組み込まれていた。
だから、仮にアシェイリがかつてのユーリルやネイリーがナーレフに忍び込む際にやったのと同じ方法――枯れ細るまで極限の飢えに耐えるか、他の生物の濃密な血に混ざりながら己の血の臭いを消す――で関所をかいくぐったとしても、他の感知手段と組み合わせての早期識別は可能であった。
ユーリル自身の吸血種としての嗅覚もある。
少なくとも『救貧院』などという都市の内部側深く侵入するまで気づかぬはずがなく、例えば通りを移動しているところなどで捕捉して、戦闘はそこで行われることとなったであろう。彼女は『救貧院』にたどり着くことはできなかったはずだ。
……が、現実に、眷属心話越しにユーリル曰く【血の狂戦士】としての訓練を受けたという近接戦闘特化の破壊的職業であると思われるこの少女吸血種は忽然と『救貧院』に現れた。
それも【領域】の干渉現象という警告を伴って――である。
思い出されたい。
かつて『救貧院』は、【騙し絵】家の傘下走狗組織であった【人攫い教団】ナーレフ支部が支配していた場所だったのである。
――そこには無数の【空間】魔法の残滓があったのだ。
端的に言えば、隠し部屋のような歪曲空間に隠された「部屋」があったり、救貧院内に限定してではあるが、離れた地点間を結ぶイセンネッシャ式の空間転移魔法陣などがあったり……といった具合である。
≪でも、それって『救貧院』内で閉じられていたんですよね~?≫
≪それだけじゃない。気になるのは、だってオーマ閣下がそんな裏口の合鍵みたいな【空間】魔法を潰していないわけがないよね?≫
迎撃のために出動していない組である、ルルナとサイドゥラ青年がそれぞれ当然の疑問を呈すが、彼らの言う通りであった。
俺は『救貧院』内の【人攫い教団】が残した【空間】魔法は全て【領域】に飲み込みながら解除するか、例えばリシュリーとユーリルが”ろ過”を行う休憩室のように再利用するかしており、徹底的に潰していたはずなのである。指摘されるまでもなく、残滓すら残していては、今後【騙し絵】家に何らかの形で再利用されかねないのは当然の思考だったからだ。
そう。
俺はちゃんと完成して成立して整型された【空間】魔法の痕跡については、すべて、潰したのだ。
だが、まさに元【人攫い教団】ハンベルス鉱山支部を切り盛りしていたゼイモントとメルドットの人格と記憶と幼い頃の情熱を引き継ぐジェミニとヤヌスが即応迎撃戦闘中に、人間部分側の頭部を通して眷属心話によって俺に伝えてきたのは、以下の事実。
そもそも【騙し絵】家によって『墨法師』という形で分割された劣化版として【幽玄教団】に与えられた【空間】転移魔法は、その劣化性故に、不安定な側面があり。
それでも主家の目をかいくぐりながら技術の完成度を高めようとする一部の若手『墨法師』達の様々な実験と検証により――新しい支部ほどその傾向が顕著――数多の【転移】実験の失敗がもたらした【空間】上の疵が存在していたのである。
……それはただの疵に過ぎないとも。
確かに【空間】魔法による超常的作用に属するものではあるが――それこそ髪の毛の毛先よりも細いような、触れてもろくな【転移】を引き起こすこともどこかに繋がって体の一部を持って行くような反応もない、本当に、ただそこで【空間】がミクロレベルでわずかに、物理的な意味を持たずに「切れている」だけの”疵”でしかないのである。
つまり、何の意味もないただの疵痕に過ぎない。
意味を持つものとして完成された【空間】魔法の残滓と異なり、全く、この俺の迷宮に対する脅威となりうる意味を持つことのない、ただそれだけの、微細な現象の名残り――そのはずであった。
――それを【鉄使い】に利用された。
そういうことであった。
だって、そうだろう? もう一つ、思い出さなければならない。
確か【鉄使い】の野郎が、以前この俺の迷宮に「攻撃」を仕掛けてきた時――。
***
『救貧院』襲撃の数日前のこと。
誇り高き【闇世】の”人”たる【ルフェアの血裔】にして、界巫の懐刀として名高い(悪名的な意味で)実力者である【鉄使い】フェネスの第三女にしてその従徒でもあるネフェフィト。
彼女はナーレフへの到着に際して、【人世】での新たな友となった(と思っている)アシェイリという少女のために何ができるのかを、その【異形:一本角】が地面に当たるほど首を振りながら、腕を組んで唸っていた。
何故か、がさつな妹である第四女と同類の猪突猛進型と見られる彼女であったが、彼女自身は、自分がとてもよく物事を考えてよく観察しているという自分を自覚していたが、アシェイリをこのままナーレフに飛び込ませても彼女はその目的を達成することができない……と、迷宮に仕える戦士として理解していたからである。
吸血種の”嗅覚”の同族に対する感知能力の稀なる高さに驚かされはしたが――ユーリルに対して特別な感知能力がある可能性が高い、と従徒としての知識から当たりをつけてもいたが、それでもなお――格上たる”副伯”だった、それも父フェネスが警戒する【人体使い】を長年手こずらせ続けた実力者たる【樹木使い】リッケルを、本格的な迷宮抗争で打倒して見せた迷宮領主を決して侮ってはいけないからだ。
十中八九、アシェイリは侵入できてもその場で感知されて拘束されるか、そこで乱闘騒ぎとなることだろう。別にそれに加勢するのは構わないのだが――鬱憤晴らしと八つ当たりと、あと「監視対象」としての【エイリアン使い】の実力にちょっとは興味が無いわけではない自分自身は別にそれでも良いとしても、アシェイリが目的を達成できないのでは、意味がないではないか。
――だったら彼女は何のために、自分と命のやり取りをするという大勝負に巻き込んでまでして、この都市に探し人を訪ねに来たがり、そして、その探し人を危険に陥れているとかいう「腐った病毒」を排除せねばならないと強く強く決意していたのか、わからないではないか。
それに意味を持たせてやらねばならない、とネフェフィトは思った。
自分が、何の因果か、こういう形でとは思わなかったが、まだ幼い小娘だった時分にどうしてだか鮮烈に記憶に残って焦がれるようになった【人世】行きとそこでの人探しを、心の中に秘め続けていたように。
決して、何を考えているのかわからないキプシーの野郎が、どうにかして自分を【エイリアン使い】と戦わせようと煽ってくる――どうせ父かラフィ姉の悪巧みだろう――のに乗る気になったわけでは、ない。自分は直情タイプではないのだから。
……しかし戦闘一筋で、迷宮ギミックであるだとか搦め手であるだとか心攻であるだとかそうした「よくわからない難しいこと」を考えるのが得意ではないこともちゃんと自覚している。
というわけで、ネフェフィトは彼女の身内の中でもっともマトモで頼りになる妹である第五女を、特に深く考えることも無く頼ることにしたのであった。
【鉄使い】の迷宮における眷属心話とは異なる独自通信技術である【研磨反響の鉄鐸】技能を発動。
普段の得物としても活用するお気に入りの『踊る刀剣』の1つを取り出し、その磨き上げられた剣面を通してグウェンエットを呼び出し、斯くと斯くを然りと然したのであったが――。
≪ふむふむ、そーーーーいうことっすねぇ、ネフェ姉がやりたいことの要件定義、確かに承りやっした! ……で、なんとなんとちょうどいいことにですねぇ、お客さん! ここにとってもちょうどいい試作機が、ほんと偶然と幸運の星の下に生まれたアネキのために、なんと! ほら、例の小袋の中に予めこのあたしがね、入れておいてあったんですわぁ!≫
「え!? そうなのか? ……うわなんだこのトゲトゲした硬い装置、なんだよこれ。なんか硬くて邪魔だと思ったけど、おいおい、マジかよ。グウェン、お前普段から何食ったらそんな頭の中も外も爆発してるんだって思ってたけどなんてもん隠し持たせてたんだよ!? 無駄に【収納具術:改】使ってまで、いわれなきゃ気づかないじゃないか!?」
≪ちょっといきなりほんと失っ礼なアネキっすねぇ!? とっても大事なアイテムだから無くされたらぱぴーもあたしも困るってわけですから! ま、でもちょうどいいっすね、その状況。だってほんと、ネフェ姉がくれた情報の中に全部ヒントはありましたからねー! ……へへへ、そこがそーいう場所ならまさしく実験その2にぴったり……≫
「ん? 実験?」
≪こっちの話っす。とりあえず現地について準備できたら、あー、その”亀裂”の方角に向かってその装置ちゃんのボタンを、そうそう、そうやってその右から2番目の根本のつまみに指当てて――あと【鉄鐸】を発動してくれれば……って違ううう、そうじゃない、アネキそこは曲げるんじゃないっす! 折れる、折れるって!? ちょっとー!!≫
斯くの如きやり取りを、特に隠しもせず(一応、同道者2名が寝静まった夜半に当社比小声でだが)に響かせており、アシェイリはさらに不安に駆られつつ、キプシーが楽しそうに蛇の舌の笑い声を漏らしながら、「襲撃」に至る鍵片が組まれていったのであった。
――そして、場面は再び対峙せる少女と少年、迷宮に仕える者達同士の時間軸に、戻る。





