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序章三話 『紅い石』


 カリバまでは街道が続いており、幾つかの村と街を経由して徒歩で五日程の道のりである。

 本来、カリバからは各方面へ向けて馬車が出ているのだが、生憎と辺境までは足が伸びないようで、暫くは己の足での旅路となる。


 ジードの服装は、ゆったりとしたズボンに、長袖のシャツ、というラフな格好だ。肩から下げた鞄には、護身用にと持たされたダガーに水筒と路銀、ガンズから渡された紅い石だけで、これから旅を始めるようとする者の格好には見えない。

 と言うのも、出発前にガンズに相談した際、開拓団に入れば見習いには、専用の装備が一式支給されるので、普段通りの服装で構わないと予め聞いていたからだ。


 大きな期待を胸に旅に出たジードだったが、道中何かが起きる訳でもなく、街道沿いを黙々と歩くだけで時間は過ぎていった。

 やがて、太陽が沈み始めた頃合いにようやく、隣村のニルズを視界に捉えるのだった。


「やっと着いた……ただ歩くだけってのも退屈だな」


 ジードは溜め息混じりに愚痴を漏らす。肉体の疲れも勿論だが、精神的な疲れもあるのだろう。

 ここニルズは、セノアに比べるとかなり大きく、敷地も人口も軽く三倍はある。

 あくまで比較対照が領内最端の辺境の村なので、余所の栄えた街からすれば、似たようなものではある。しかし、セノア村しか知らないジードにはかなりの規模に感じる事だろう。


「ここがニルズか……そうだっ、まずは宿屋だよな……!」


 ジードは初めて訪れた村に目を輝かせるが、ガンズの教えである『街に入ったらまず宿屋』を実践すべく、真っ先に宿屋を探し始めた。


「――おっ! あったあった」


 きょろきょろと視線を彷徨わせながら歩く事暫く。おおよそ村の中心まで進んだところで、ジードは宿屋と思しき看板を掲げた建物を発見する。

 そこには食器の絵も描かれている事から、食事処も兼ねているのだろう。



 ジードは店の前で一度立ち止まり、軽く息を整えると、おもむろに扉を開く。すると、小さい鈴が軽やかな音色を奏でジードを出迎えてくれる。

 それは当然、店側に来客を知らせる合図でもあり、ジードが店内へと足を踏み入れた途端、勢いのある声が飛んできた。


「いらっしゃいっ! 飯かい? 泊まりかい?」


 声の主は恰幅の良い中年の女性で、頭には薄紅色の三角巾を巻いている。どうやらこの女性は、カウンターの向こうから呼び掛けたようだった。


 ジードがちらりと店内を見渡すと、四人掛けの丸テーブルが四卓置かれており、既にその内の二卓は埋まっていた。

 

「泊まりでっ! 食事もお願いします!」


「あいよ。部屋は二階の突き当たりだよ。飯はすぐに出来るから荷物を置いて戻っておいで」


 ジードは代金を支払い鍵を受け取ると、二階へと続く階段を登り、突き当たりの部屋の扉を開ける。すると目に映るのは、ベッドに机と椅子だけの飾り気のない簡素な部屋だった。


「……よし」


 ジードは机の上に鞄を置くと、言われた通りにすぐに部屋を後にする。一階へと戻り、開いてる席に腰を下ろすと間もなく、盆を手にしたおばちゃんがやってきた。


「はいよ、お待ちどうさん。冷める前に降りてきてくれて嬉しいねぇ」


 おばちゃんは嬉しそうに口元を緩めると、テーブルに料理を並べていく。

 ジードは待ちきれないと言わんばかりに目を輝かせ、全てが並ぶと同時に手を合わせた。


「いただきますっ!」


 テーブルに並ぶのは、普段ジードが自宅で食べていたものと変わりのない、如何にも家庭料理といった品々だ。味付けこそ、微妙な差異はあるのだろうが、特筆すべき点はそこではない。


 歩いて数時間程度のセノアとニルズでは、食事情にそう違いがある筈もない。

 どちらも馬車すら訪れぬ辺境の為、地方からの食材の流通など殆どない。稀に行商人が訪れる程度だ。現地で採れる限られた食材で調理するのだから、自ずと料理も似通ってきて当然だろう。


 では何が違うのか――。

 それは、量だ。

 

 どの品も満遍なく山のように盛られているが、特に猪肉のステーキに至っては、目を剥く程に巨大だった。軽く三人前はあるのではないかと言うほどに。


「ご馳走さまー……! あーうまかった」


 いくら食べ盛りの少年でも流石に量が多かったのか、ジードは満足気な顔で下っ腹をさすっている。


「そりゃあ良かった。どうだい? 満足したかい?」


「うん、もう腹いっぱいで、これ以上は食べれないよ」


 済んだ皿を回収にきたおばちゃんが尋ねると、ジードは膨らんだ自身の腹を、これ見よがしについて叩いて見せる。


「何言ってんだい、沢山食べないと大きくなれないよ」


「はははは……ところでさ、開拓者が帰ってきてるって聞いたんだけど、何か知ってる?」


 まだ食えるだろうと言わんばかりのおばちゃんに、ジードは苦笑いを交えつつ、ダメ元で開拓者の情報を得ようと試みる。


「――あんた、ストルドフの事知ってるのかい?」


「えっ、いや――」


 すると突然、おばちゃんはぐいっとジードに急接近。鼻息荒く詰め寄るおばちゃんに気圧されジードは言葉を失ってしまう。

 

「あいつはあたしの息子さ。残念だけど昼過ぎにはカリバへ戻っちまったよ。毎回この時期には帰って来て、暫くは滞在するんだけど、今回は二日で帰っちまってねぇ……忙しいんだか何だか知らないけれど、偶の里帰りすらまともに出来ないようじゃ、世話ないってもんだよ」


 意外にも、噂の開拓者ストルドフは、おばちゃんの息子だったようである。突然の息子の話しに興奮したおばちゃんは、ジードの欲しかった情報をまくし立てるように語ってくれた。

 お陰で完全に萎縮してしまっているが、その事におばちゃんは気付かない。


「セ、セノア村のガンズさんに聞いたんだ……元々、ガンズさんには間に合わないだろうって言われてたんだけど……」


「ガンズ……? ――もしかして! あんたがジードかい?」


 頬を引き攣らせたジードは警戒した様子で答えるが、それとは対照的におばちゃんの興奮度はさらに高まっていく。

 それはもう、今にも掴み掛からんばかりの勢いである。


「あ、うん。そうだけど……?」


「そうかいそうかい! よく来たねぇ、あんたのことはガンズからよく聞いてるよ。『俺の村にも開拓者になりたい奴がいるんだっ!』ってね。来る度にまるで自分の子供の事みたいに話をしていくよ。そんなことより、あんたも開拓者になるんだったら、もっと身体を大きくして力をつけないと。ほら、おかわりをやるからもっと食べなさいな」


 おばちゃんの興奮は最高潮に達し、ジードの背中をバシバシと叩きだす始末。更には、いそいそとカウンターに戻ると、新たな肉を取り出し始めた。


「えっ、あ、いや……はい……」


 有無を言わさぬ雰囲気で新たなステーキを焼き出すおばちゃんに、ジードが敵うはずもなく、諦観したような面持ちで覚悟を決めるのだった。


***


「――うぷっ……もう無理、あのおばちゃん、おっかねぇよ……」


 ジードは客室のベッドで横になり、波のように襲ってくる吐き気と戦っていた。


 おばちゃんの激しく興奮した様子に、談笑していた他の客達は、巻き込まれては堪らないと言わんばかりに、そそくさと捌けていった。


 絶好の機会を得たおばちゃんは、ここぞとばかりにお喋りを続け、ジードが解放されたのは夜も遅くなってからだ。

 すっかり気を良くしたおばちゃんは、食べ終わる頃となると断る間もなく、次のステーキを焼き始めた。結局ジードが涙目でごめんなさいをするまで、お喋りと食わせたがりの責め苦が続く事となった次第である。


 一度横になってしまえば起き上がる事もままならず、ジードは暫くの間怠そうに横になっていた。


『――ッ』


 やがてジードの吐き気も収まり、段々とうつらうつらし始めた頃――。唐突に部屋のどこからか、得体の知れない脈動が放たれた。


「――っ! なっ、なんなんだ今のっ!?」


 ジードは慌てて飛び起き、きょろきょろと部屋を見渡す。だがしかし、誰も居やしなければ、先程と変わった様子もない。


『――ッ』


 警戒感あらわに、忙しなく視線を動かすジードを試すかのように、再び脈動が放たれる。


「――っ!」


 謎の脈動の放たれた方向へ、ジードは慌てて顔を向ける。その視線が示す先には、机と自身が置いた鞄しかあらず、自ずと疑念は一点に向けられていく。


「鞄の、中……なのか……?」


 机上の鞄を見据えるジードの表情は、緊張からか酷く強張っており、恐る恐るといった風に近付いていく一挙一動は異様に固い。


 あまりに息の詰まる殺伐とした雰囲気に、この部屋自体が小さく、狭くなっているのではないかと、錯覚さえ感じる程だ。

 ジードは一部の隙も見せるものかと、瞬きもせずに鞄を見張る。すると――。


『――ッ』


 程なくしてまた、脈動が訪れる。

 今度ははっきりと。鞄の中から、確かに放たれたのだ。


「間違いない……鞄の中だ。……くそっ、いったい何だって言うんだよ……」


 鞄の中と言えば思い当たる節は一つしかない。

 ジードは喉を鳴らして唾を飲み込むと、慎重に鞄へと手を伸ばす。手にした鞄をゆっくりと逆さまにすると、中身が静かに零れ落ちていく。

 鞄の中身が知らぬ間に増えている筈もなく、出てくるのは勿論、記憶にあるものだけである。


 ただ、紅い石だけは記憶と違い、うっすらと光を帯びていた。


「やっぱりこれか……はぁ……頼むよガンズさん。勘弁してくれよぉ……」


 ジードは堪らないとばかりに額に手を当てると、ここには居ない石の差出人へ向けて愚痴を零す。

 こういう事態に出くわした際は、関わらぬが吉が鉄則ではあるが、まさかそのまま放置と言うわけにもいかないだろう。おちおち寝ることも出来ない。

 結果として、厄介物を押し付けられる羽目となってしまったジードは、意を決し指先をぴんと延ばすと恐る恐る紅い石を小突いてみせる。

 

「…………? 何も、起こらない、のか……?」


 その後も何度か(つつ)いて見たが、何かが起きる様子はない。

 反応がない事でやや警戒心が薄れたジードは、躊躇(ためら)いがちに紅い石を掴む。そして、部屋の灯りに(かざ)したり、覗き込んだり、くるくると回してみたりと、色々と試し始めた。すると――、


『――おい、聞こえ——』


「――おわぁっ!!」


 突如、頭の中に飛び込んできた低く重い声に、ジードは愕然として無意識の内に紅い石を放り投げた。

 鈍い音を響かせ床に転がったそれを、酷く怯えた様子で眺める事しか出来ないでいると、再び石から脈動が放たれる。


『――ッ』


「――っ! くそっ! なんて物渡してくれてんだ! 石が喋るなんて有り得ないだろ……!」


 石の脈動で意識を呼び戻されたジードは、誰もいない部屋で一人悪態を吐く。

 しかし、そんなジードの動揺もお構い無しに、催促するかの如く脈動は放たれる。


『――ッ』


「…………」


『――ッ』


「くそっ、俺にどうしろって言うんだよ……またあれを触んなくちゃいけないのか……?」


 石を睨み困惑の声を漏らすジードだが、先程のように声は届かず脈動が放たれるばかり。


『――ッ』


『――ッ、――ッ、――ッ、――ッ』


「あ゛ーもうっ! わかったよ。触ればいいんだろっ! 覚えとけよな、ガンズさん。今度あった時、絶対に文句言ってやるからなっ!!」


 痺れを切らしたかのような脈動の催促を受けて、ジードは半ばヤケクソ気味に文句を垂れながら、床に転がる紅い石を乱暴に拾い上げた。

 すると間もなく、先程と同じように頭の中に声が届けられる。


『おい……聞こえているのか?』


「――っ。あ、あぁ……き、聞こえてるよ……」


 覚悟して石を握ったものの、頭の中に線声が届くという言い知れぬ感覚に、ジードはびくりと肩を震わせる。返答に至っても、石から届く威圧的な物言いも相俟って、自ずとたじろいでしまう。

 

『ならば良い。まず、始めにだ。口頭で返事をせずに、伝えたい事をこの石に向けて念じてみろ』

 

「え……? 何を言ってるんだ……? そもそも、あんたは一体何者なんだよ……?」


 いくらなんでも、得体の知れない存在からの要求を、素直に受け入れる者はいないだろう。

 それはジードも例外ではなく、訝しげな顔をしたまま石を握る手により一層の力を込めていく。


『あれだけ散々呼び掛けたのだ。周囲の人間も気付いたとみて間違いないだろうよ。そこで貴様が一人ぶつぶつと喋っていれば、真っ先疑われるのは誰だ。オレは貴様の為を思って言っているだけだ』


「そ、そういう事か……」


 あっさりと言いくるめられたジードは、石に向かって独り言を言っている自分を想像し、眉を顰めて頬を引き攣らせる。


『わかったのならば、とっととやれ』


「…………。わかったよ……やってみるよ」


 あまりに上からな物言いに、何か言いたげな表情をするジードだったが、思い直したように一度呼吸を整えると、真っ直ぐに紅い石に見つめ始めた。手中に収まる紅い石に意識を傾けると、伝えたい言葉を頭に思い浮かべる。


『あー、あー。これで伝わってるのか……?』


『……初めてにしては上出来だ』


『出来てるなら良かったけど、これ疲れるな…頭の奥が痛くなりそうだ』


『案ずるな、(じき)に慣れるだろうよ』


 ジードは左手でこめかみを揉むと、おもむろに椅子に腰を下ろす。そして、一貫して偉そうな謎の存在に、二度目となる質問をぶつけるのだった。


『それで……あんたは何者なんだ?』


『何者、か……貴様は鬼を知っているか――?』



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