慈悲という名の断罪
雫の荒い喘鳴を背に、私は広間へと向かった。
そこには、侍女の腕で泣きじゃくる幸鶴丸と、悔しさと恐怖に肩を震わせる紡がいた。
一歩踏み出すたび、私の着物の裾から、死の淵の匂いが這い上がってくる。
先ほどまで雫の胸を必死に擦っていた私の手は、まだ絶望的な震えを止めていない。
「……紡。幸鶴丸。」
私は、あえて二人を視線の高さに置かなかった。膝をつけば、この震えが伝わってしまう。今は、慈悲を捨てた毛利家当主の妻として、そして2人の母として、向き合わなければならない。
「あなたたちは、自分が何をしたか分かっているのですか」
氷のような声を絞り出す。
「……つむぎ、ひなに……会いたかっただけだもん……。おめめ、開いたんだよ?」
紡が涙ながらに訴える。その無垢な言葉が、私の心臓を鋭く突き刺した。
分かっている。あなたたちがどれほど雫を愛しているかなど、誰よりも分かっているのだ。
「黙りなさい!」
気づけば、広間が震えるほどの声を張り上げていた。
ビクッと身体を強張らせる二人を見つめながら、私は言葉の刃を研ぎ澄ます。
「雫は今、神様と綱引きをしているのです。ほんの少し指を離せば、あの方は二度と戻ってこぬ場所へ連れて行かれてしまう。あなたたちが無闇に触れ、騒ぐことは、その綱をあなたたちの手で断ち切るのと同じことなのですよ!」
これは脅しではない。医学的な事実だ。
過剰な刺激は、不全に陥った心臓を止める最後の一押しになる。
私の瞳に宿るのは怒りではない。愛する者を、その子供たちの手で殺させたくないという、絶望に近い祈りだった。
「愛しているならば、今は『待つ』ことが何よりの務め。それを違え、己の寂しさだけであの方の命を縮めるのは、愛ではありません。ただの我欲です。……そんな者に、この毛利の家を継ぐ資格も、毛利家の娘を名乗る資格もありません!」
言い過ぎだ。自分でも分かっている。
だが、この子たちは毛利の血を引く者。
毛利家を背負い、人の上に立つ者は、己の感情よりも守るべきもののために、時に「待つ」という地獄に耐えねばならない。
「二人とも、今日は食事を抜きなさい。そして、己がしでかしたことの重さを、暗い部屋で一人、考えなさい。……雫様がもし、このまま目覚めなかったら……あなたたちは一生、その罪を背負って生きることになるのですよ」
私は背を向けた。二人の泣き声が、背中に刺さる。
振り返れば、抱きしめてやりたくなってしまう。
だが、私の居場所はここではない。雫が戦う、あの死の香りが漂う産屋だ。
私は自分の汗ばんだ掌を強く握りしめた。
雫、どうか戻ってきて。この子たちを「罪人」にさせないために。
あの子たちの愛が、いつかあなたを救う光になる日が来るまで……今は私が、この暗闇を独りで引き受けよう。




