二人の母と
雫の部屋の前で大人が数人落ち着きなくどうしようと話している。
中にいるのは誰かなんて聞く必要も無かった。
「紡……。またここに来たのですか」
私は厳しい表情を崩さないまま、部屋に入ってくる。
「あれほど言ったでしょう。雫はまだ、神様からお身体を返していただいたばかり。今は静かにさせてあげなくてはなりません。さあ、戻りますよ」
紡の肩に手を置こうとした時、紡はぷいっと顔を背けて、雫の布団をぎゅっと握りしめた。
「やだ! ははさま、ひな、寂しいよ。つむぎがいないと、ひな、また遠くに行っちゃうもん!」
紡の大きな瞳に、みるみる涙が溜まる。彼女は賢いから、あの一週間、大人たちが絶望していた空気を感じ取っていたようだった。「自分が側にいないと、この大好きな人は消えてしまう」という、幼いながらの必死の抗議に一瞬言葉を失った。
厳しかった眼差しをふっと和らげ、紡の隣に静かに腰を下ろした。
「……そうですか。寂しいのは、あなたではなく、雫の方だと思っているのですね」
「……うん。ひな、寂しがりやさんだもん。つむぎもお熱出た時一人でねんねしてたら寂しかったもん!」
私はまだ眠っている雫の顔を見つめ、紡の小さな背中を優しく抱き寄せた。
「……ならば、今日だけですよ。雫が起きるまで、ここで一緒に椿を眺めましょう」
「……ははさま、おこらない?」
「ええ。今日だけは、母も共犯です」
そう言って、私は紡の手にある椿の花びらを、雫の枕元の小さな盆にそっと置いた。
「ひな。あのね、起きたらね、またお花見に行こうね!」
冬の陽光が差し込む部屋で、二人の「母親」と、何も知らないまま愛されている一人の「娘」が、静かな時間を分け合っていた。




