ゆきのようなつめたさ
しずまりかえった長い廊下。
つむぎは、足音を立てないように、爪先で一歩ずつ進んだ。
衣がすれる「さらさら」という音が、雪の日の静けさの中で、自分でも驚くほど大きく響く。
「……つむぎ、ここ、しってるもん」
後ろで、付き添いの女房が「紡姫様、尾崎様にまたお叱りを受けますよ!」と小さな声で呼び止めているけれど、聞こえないふりをした。今のつむぎには、やらなきゃいけない大事な役目があるのだ。
大きな襖の前に立つと、指一本分だけ、そっと隙間を作った。
そこから、滑り込むように中に入る。
産屋の中は、いつもと違った。
甘くて、少し苦い、お薬の匂いが立ち込めている。
つむぎは一目散に、横たわっている「ひな」の枕元へ駆け寄った。
ひなは、ずっと眠っている。
お顔は、さっきまでお庭に積もっていた雪みたいに真っ白で、いつも優しくつむぎを呼んでくれる瞳も、固く閉じられたまま。
つむぎは、握りしめていた右手をそっと開いた。
中には、お庭の隅で見つけた、寒さで少し丸まった赤い椿の花びら。
「ひな、つむぎだよ。……今日も、ねんね?」
雫が以前教えてくれた「自分より小さなものを、大切にするのですよ」という言葉を思い出す。
つむぎは、小さな掌を、ひなの額にそっと重ねた。
……つめたい。
ひなの肌は、お庭の雪みたいに冷え切っていた。
つむぎはびっくりしたけれど、手を離さなかった。自分の手のひらの温かさが、ひなに伝わるように、何度も、何度も撫でた。
「よしよし。ひな、お利口だね。いい子だから、もう起きて?」
いつもひながつむぎにしてくれるみたいに、精一杯のおまじないを込めて。
寒椿の赤色が、ひなの白い肌の上で、ぽつんと火を灯したように見えたその時。
背後の襖が、静かに、けれど「スッ」と音を立てて、威厳を持って開かれた。




