徳鶴丸
1555年1月――
吉田郡山城を包む雪は、音もなく降り積もっていた。
あまりにも冷え込む今日は寒いを通り越して痛いほどだった。
産屋の中は、焚かれた香の匂いと、重苦しい静寂に支配されている。
「……雫様、しっかりなさい! 目を開けて!」
尾崎様の鋭い声が、遠のいていく雫の意識をわずかに引き戻した。
私の身体は、もう自身の重みにさえ耐えられないほどに衰弱していた。陣痛は来ている。腹の底を抉るような痛みはある。けれど、それを押し出すための「力」が、枯れ果てた大地のように一滴も残っていなかった。
微弱陣痛――
身体が「これ以上は死ぬ」と拒絶している。
私の視界は白く霞み、ただ、冷たくなっていく指先と、浅い呼吸を繰り返すだけだった。
「……あ、あ……」
声にならない喘ぎが漏れる。唇は血の気が失せ、紫に沈んでいる。
双子の時のような溢れる血はない。代わりに、内側から生命力がじわじわと吸い取られていくような、静かな死の予感があった。
その時、襖の向こうから、押し殺した、けれど震える声が響いた。
「雫……聞こえるか。私は、ここにいる」
隆元様の声だった。
本来なら産屋に近づくことさえ許されない主君が、雪の中に立ち尽くし、ただ彼女の名を呼んでいる。その声に含まれた絶望的なまでの「孤独」を感じた瞬間、雫の心臓がドクンと大きく跳ねた。
私が……いなくなったら……あの方は、本当にお一人になってしまう……。
毛利家を背負い、家臣を説得し、父に背いてまで決断を下した主君。その重圧を共に背負うと決めたのは、他ならぬ自分ではないか。
「……雫様! 赤子の頭が見えたわ! あと一度、あと一度だけ、私に命を預けなさい!」
尾崎様が、汗に濡れた雫の手を、骨が軋むほど強く握りしめた。
私は、残された全細胞に命令を下した。動悸で破裂しそうな心臓も、悲鳴を上げる産道も、すべてを無視して、ただ隆元様への「執着」だけをガソリンにして、最後の一歩を踏み出す。
「ーーっっ!!」
声にならない叫びと共に、熱い塊が滑り落ちた。
直後、私の視界からすべての光が消えた。
……静寂。
産声さえ聞こえない。
雫は、暗闇の中で「ああ、終わったのだ」と思った。これで、ようやく休める。隆元様、ごめんなさい。そんな思いが、涙となって目尻から一筋こぼれ落ちた時。
「……おぎゃ……ぁ……」
細く、今にも消え入りそうな、けれど確かな産声が闇を切り裂いた。
「産まれた……産まれましたわよ、雫! 男の子です!」
尾崎様の泣き声が聞こえる。
けれど、私に応える力はない。徳鶴丸の微かな体温が胸元に置かれたのを感じた瞬間、雫の意識は、底のない深い深い眠りへと堕ちていった。
生まれた子は弱々しく、今にも命が着きそうなほど血色が悪かった。




