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鼓星  作者: 吉川元景
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文が長い

雫の呼吸が、ようやく一定のリズムを刻み始めた。

さらしを解かれ、重湯を一口飲んだ後の二度寝は、この子の命を繋ぐための「聖域」のような時間だ。

その静寂を破るように、宿の者が「小早川様よりお急ぎの文です」と、一通の分厚い書状を届けてきた。

「……またですか。毛利家の男どもは揃いも揃って文が長い。」

私は、寝ている雫を起こさないよう音を立てずに封を切る。

案の定、現れたのは巻物のように長い文だった。

最初の方は「姉上と五龍の仲が、ひいては毛利と宍戸の絆を……」という、いつもの説教じみた論理が延々と綴られている。

……はい、無視。これも、無視。

私は、流れるような動作で文の半分以上を読み飛ばした。

五龍様との仲など、会えば言い合いになるのが「様式美」のようなものだ。そんなことより、文の終盤、文字がわずかに乱れ、切迫感を帯びている箇所で新庄の手が止まる。

『……雫殿の昨夜の鼓動はどうでしたか。顔色は白すぎはしませんか。豊平の自然薯は滋養がありますが、あまり一度に食べさせると胃を壊します。私が手配した薬師によれば、温めた甘酒に生姜を少し加えるのが良いとのこと。義姉上、くれぐれも……』

「……。やれやれ、これですよ」

新庄は、思わず額に手を当てた。

文の九割が「五龍と仲良くして」という建前で、残りの一割……いや、実質この最後の「雫殿はどうした」という問いかけこそが、隆景の言いたかった本音なのだろう。

医者でもないのに薬効を並べ立て、現場にいないくせに献立まで指示してくる。

「元春と言い、景様と言い……。毛利の男は、どうしてこうも女子一人に右往左往して、文を長くするのでしょうね。読んでるだけで、こちらの肩が凝るわ」

新庄は、文机に置かれた筆をひっつかんだ。

墨をたっぷりと含ませ、隆景が何時間もかけて書いたであろう大作への返信を、たった一言で書き殴る。

『我が家で面倒見るから問題なし。追伸、五龍様とは気が合いません。』

「よし。これで十分です」

ふと横を見れば、雫が夢の中で少しだけ眉を寄せ、幸せそうな、けれどどこか心細そうな寝息を立てていた。

隆景の文をパサリと放り出すと、その幼さが残る雫の額に、再び温かい手を当てた。

「安心なさい、雫殿。あんな理屈っぽい男たちの指図は受けませんから。……あなたは、私が食べさせたいものを食べ、寝たいだけ寝れば良いのです」

その呟きは、戦場へ向かった夫や、そわそわしている義弟には決して届かない。

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