新庄局
目が覚めた時、視界に飛び込んできたのは、見慣れた吉田郡山の天井ではなく、柔らかな木漏れ日が揺れる、知らない宿の天井だった。
「……っ、……は、……」
スースーする違和感に思わず胸に手を当てる。
けれど、いつもあるはずの、あの硬く苦しい「さらし」の圧迫感がない。
指先に触れるのは、驚くほど滑らかで清潔な、上質な寝衣の感触。
そして何より、肺の奥まで抵抗なくスッと入ってくる、朝の空気の甘さに、私は戸惑うように瞬きを繰り返した。
「……目が覚めましたか」
枕元から、芯の通った声が聞こえてくる。
ゆっくりと首を巡らせれば、そこには端座してこちらを見守る新庄局様の姿があった。
「新庄、様……。私は、……春様は……?」
掠れた声で、一番にあの大きな背中を探してしまう。
新庄様は、ふっと優しく微笑み、私の乱れた前髪を母親のような手つきで整えてくれた。
「あの人は、夜明け前に備後へ向かいましたよ。……『雫が目を覚ましたら、また無理をして立ち上がろうとするじゃろう。わしがいると、あやつは甘えられんけぇ』と言ってね。あなたに一言もかけずに出るのが、あの人なりの精一杯の思いやりだったのでしょう」
そう言って差し出された新庄様の掌は、驚くほど温かかった。
元春様がいない寂しさと、彼が残していった「休め」という無言の軍命。
そして、目の前の女性が、私のすべてを知った上でこうして微笑んでいるという事実。
「……さあ、雫殿。今日からしばらく、あなたは『雛』ではなく、ただの『雫』として過ごすのです。元春が尼子を追い散らして戻ってくるまで、私はあなたを、これっぽっちも無理させはしませんからね」
新庄様のその言葉に安心して少し眠くなる。
「私が女であること春様から聞きましたか?」
「えぇ、もちろん。未来から来たことも、幸鶴丸様達の親であることも。」
少し肩からズレた布団をかけ直しながら何事もないようにさらりと言う新庄様。
新庄局……。
吉川元春の妻。
彼女は熊谷信直の娘。元春は「美人は鼻にかけるが、醜いと言われる女は夫に尽くし、一族を立てる」と言って結婚したとされる。
でもこの時代の美意識に合わないだけで聞いていたほどブサイクではないような……。
そしてサバサバハキハキしている性格は、私にとって一緒にいると肩の力が抜けるようなそんな性格にも見えた。
吉川元春が唯一愛した女というのも納得だ。
「……?どうしました?」
黙り込んでじっと見つめる私に不思議そうな顔をする新庄局。
なんでもないと首を振った私に
「まだ夜も明けたばかりです。朝餉になりましたら起こしますから。」と言い、頭を撫でた。
あぁ眠気に耐えられない……。
そのまままた深い暖かい眠りに落ちた。
慣れない香りと新しい部屋が私を軽くするように。




