優しさと恐怖と
宿の者が、丁寧に漉した重湯を運ぼうとしていたのでしょう。けれど、それを遮るようにして、聞き慣れた夫の、ひどく切羽詰まった声が響いた。
「……良い。それは、わしが運ぶ。……貸せと言っておるのだ!」
やれやれ。あの大男は、宿の者が丁寧に運ぶよりも、自分が運ぶ方が「確実だ」とでも思っているのでしょうか。あるいは、そうでもしていなければ、己の心が不安で張り裂けてしまうから……。
襖が、静かに、けれどどこかぎこちなく開いた。
そこには、戦場での槍よりも重いものを捧持するように、小さな盆を両手で握りしめた元春が立っていた。
日々、数千の兵を指揮するその大きな手が、重湯の碗が揺れるのを防ごうとして、微かに震えている。
「……新庄。重湯を持ってきた。……あやつらが作ったのを、わしが持ってきたんじゃ」
……言われずとも分かっていますよ、元春。
宿の者が運べば、もっと優雅で、もっと淀みなかったでしょう。
けれど、元春が運んできたこの重湯には、あの大男の指先から伝わる「熱」と、一滴もこぼすまいとする「執念」が混ざっている。
「……そこに置きなさい。重湯まで怯えて揺れているではありませんか」
私がわざと冷たく言い放つと、元春は「……おう」と短く応え、這うようにして私の隣へ盆を置いた。
「雛殿少し頑張れますか?」
力が入らない身体を起こし、重湯を1口口に運ぶ。
頑張れるかという言葉が聞こえていたのか、食べようと震える唇をひらいた。
「ゆっくり飲んでください。」
そう伝えながら飲ませると、重湯の温かさが伝わったのか薄らと目を開けこちらを見つめてきた。
この状態でもう一口飲ませるのは難しそうねと思い、
「今日はここまでにしましょう」と伝え、口元を布で優しく拭き取る。
何か伝えようとする雛殿を横にし、
「籠でこの大男と一緒に居たのでは休まらなかったでしょう。今日は眠り明日お話しましょう。」と息子を寝かしつける時のように瞼の上に手を置くと、少ししたら深い眠りの呼吸に変わった。
「……良かった。」
と隣で呟く元春を見て
「……で、これはどういうことですか?全て説明してもらいますよ。」と言うと、元春は直ぐに座り直し
「こ、これはだな……」と目を泳がせ始めた




