新庄登場
……来た。この、風を切り裂くような気配は。
宿の玄関先で馬が激しく嘶き、迷いのない足音が廊下を響かせて近づいてくる。
襖が勢いよく開け放たれ、そこには豊平から一気に駆け抜けてきたとは思えないほど、凛とした立ち姿の女性がいた。
儂の妻、新庄局だ。
「元春! あなた、雛という子をどこへやったのです!」
「……おう、早かったのぉ。新庄。」
そう声をかけた儂を鋭い眼差しで射抜くと、すぐに布団に横たわる雫へと歩み寄った。
新庄は吉田郡山にいた頃から、遠目に雫のことを見ていたらしい。「夫がこれほど肩入れする小姓とは、いかほどの子か」と。けれど、実際に間近で見るのはこれが初めてだった。
「……まぁ。これほどまでに白うなって。」
新庄は、雫の枕元に膝をつくと、その冷え切った額に、泥を拭ったばかりの白く温かい手を当てた。
その温かさに薄らと目を開けるが声にならない吐息だけ漏れ出た。
「吉田を出る時から顔色が優れぬことくらい、見ておれば分かりそうなものを! あなたが強引に連れ出すから、この子は自分の限界を言い出せなかったのですよ」
「……面目ない。わしも、肝が冷えたわ」
「肝を冷やす暇があるなら、宿の者に滋養のある粥の一杯でも作らせなさい。……ほら、元春。あなたはあちらで家臣たちに指示を出してきなさい。この子の世話は、私が引き受けます」
「じゃが、雫は……」
「……この子が目を覚ました時に、あなたのような大きな男が仏頂面で覗き込んでいたら、驚いてまた心臓が止まってしまいます。……さあ、行きなさい!」
サバサバとした、けれど夫への深い信頼が透ける言葉に、儂は「……分かったわい」と肩をすくめ、大人しく部屋を後にするしかなかった。
新庄には敵わぬ。
尼子を相手にするより怖い。
それより、新庄にはまだ雫が男装をした女子だと言えてないのだが、どうしたものか。
悩みながらも部屋に戻ると新庄に何しに戻ったと言われるのが分かっているため仕方なく言われた通りにすることにした。




