壬生着
「おぉ、元春様! ついに壬生でございますな!」
壬生の宿場町の入り口。並走していた吉川の家臣たちが安堵の声をあげた。
出発の時、儂が「雫は籠じゃ。豊平で湯治させる。」と言い出した時は、家臣たちも「殿の過保護がまた始まった」「わざわざ豊平まで送るなんて、殿も物好きよのぉ」「雫殿が羨ましいわい」なんて、冗談を言い合うように笑い合っていた。
やつらにとっての雫は、吉田郡山で儂に必死について回り、転んでは立ち上がり、竹刀を振っていた「近所の教え子」のような、愛らしい存在。
たとえ兄上の子達の厄を引き受けて病弱だとしても、あの稽古の時のように、最後には必ず立ち上がる……そう信じていたのだ。
籠が止まった瞬間にその場の空気は引き締まった。
「……雛殿!?」
一人の家臣が馬を飛び降りて駆け寄る。
籠の中から儂に抱きかかえられて出てきた雫は、確かにぐったりとして、首を儂の肩に預けていた。だが、意識はあった。
「……また、厄を……。今度は隆元様のどなたの厄を背負われたというんじゃ……!」
「そんな、出発の時はあんなに元気そうに……。殿、雛殿は……雛殿は、生きておられるのですか!」
家臣たちが悲痛な声をあげる。
「……案ずるな。ただ、少し……疲れが……出ただけじゃ」
儂はそう言って、家臣たちの動揺を力強い言葉で遮った。
だが、その抱きかかえる腕には、言葉とは裏腹の慎重さがこもっている。
「……雫。ほら、壬生に着いたぞ。目ぇ開けてみぃ」
腕の中の雫は、意識こそあるものの、ぐったりと儂の首筋に顔を埋め、返事をする力さえない。
「……雛殿、そんな……」
「殿、申し訳ございませぬ! 我ら、これほどまでとは知らず……!」
家臣たちが慌てて馬を降り、平伏するのを止め、
「ええけぇ、頭を上げぇ。……新庄にも、雛が差し支えたけぇ壬生で休ませると、すぐ伝えてこい。……雫、もう歩かんでええけぇの。」と雫に声をかける。
声は出さないものの、儂の衣を震える指で軽く握った。
……聞こえてはいるな。
宿の人々が慌ただしく動く中、儂は雫を抱き上げたまま、しっかりとした足取りで奥座敷へと向かった。
直ぐに湯には浸からせれないな。湯の温かさでさえ今は毒になってしまうかもしれぬ。
布団に横にし、小姓装束を1つずつ外す。
流石にさらしを外すのはやめた。
布団に横になると先ほどより少し呼吸が深くなり、目も合うようになってきた。
何度も声を出そうとしているのを
「しゃべらんでええけ。ねときんさい。」と止める。
どうせお礼か謝罪かだろう。
どちらも元気になってからで良いというのに。




