幸鶴丸
産屋を揺らしていた嵐のような羽音は消え、そこにはただ、冬の柔らかな日差しと、産着が擦れる小さな音だけが満ちていた。
私は、まだ震えの止まらぬ雫の背に腕を回し、彼女の体をゆっくりと支え起こした。折れた肋骨が響かぬよう、極上の真綿を当てるように、慎重に、慎重に。
「さあ……。この一週間、貴女が命を削って守り抜いた御子ですよ」
私の腕の中から、そっと雫の膝へと、眠れる小さな命を託した。
雫の指先が、恐る恐る、赤子の柔らかな頬に触れる。その指はまだ白く透き通るようだが、そこには確かな「生」の温もりが通っていた。
「……温かい……」
雫の瞳に、宝石のような涙が溜まり、こぼれ落ちる。
「殿が、名をお決めになりました。……『幸鶴丸』。毛利の未来に、幸いと高潔な誇りを運ぶ鳥となるように、と」
「……幸鶴丸……、……良い、お名前……。……隆元様らしい、優しくて……強い、名前ですね……。
ちゃんと幸鶴丸が産まれたのですね……」
雫がその名を口にするたび、消えかけていた彼女の魂が、一針ずつ肉体に縫い付けられていくのが分かった。
赤子がふにゃりと顔を歪め、雫の細い指をギュッと握り返す。その小さな、けれど力強い力に、雫は驚いたように目を見開き、それから、今度こそこの世界にしっかりと根を下ろした者の顔で笑ったのだ。
「おざきさま……。この子が、私を呼んでくれました。……私、生きていて、本当に良かったです……」
その言葉を聞いた瞬間、私の視界もまた、堪えきれない涙で滲んだ。
蘇生の時に折ってしまった彼女の骨の軋みも、私の赤く腫れた手の痛みも、すべてはこの一瞬のためにあったのだ。
「ええ……。貴女が生きていなければ、この子の握る手はなかったのですよ。……雫、よく頑張りましたね。本当に、よく……」
私は雫と幸鶴丸、二つの尊い命を、壊れ物を包むように外側からそっと抱きしめた。
外では赤川殿たちが、新しき嫡男の名を叫び、万歳を繰り返している。
彼らは知らない。この穏やかな「名付け」の裏に、どれほどの血と、涙と、死をねじ伏せた女たちの執念があったのかを。
けれど、それで良いのだ。
この腕の中の温もりさえ守り抜けたのなら、私は一生、この静かな秘密を墓まで持っていこうと、心に誓ったのだった。




