心臓マッサージ
11月、備後からの木枯らしが奥の間の隙間を揺らす。
妊娠8ヶ月。せり出したお腹は、私の細くなった手足とは対照的に、残酷なほど「命」の重みを主張していた。
重湯を運んできた尾崎様の顔を見る。彼女の瞳には、日に日に透き通っていく私への、隠しきれない恐怖が映っていた――。
……ああ、やっぱり。心臓がもう、悲鳴を上げてる。次は、もう「次」はないかもしれない。
心臓が息が苦しい。2年ほど前に双子を妊娠していた時よりも苦しくて仕方ない。
「……おざき様……。」
「どうしました。」
必死に優しい笑みを浮かべた彼女に私は私の秘密を1つ伝えた。
「……私は、遠い、遠い未来から来たんです」
「……いきなりどうしたのですか?」
あまりにも唐突なカミングアウトに動揺を隠せない尾崎様に続けて
「……今、から……450年……ぐらい先……令和……という元号……から来ました……。」
「れいわ……450年……」
「……私は、高校生……えっと……将来、のため……勉強していました。」
話すのも息が止まりそうなほど苦しく痛い。
「雫様。無理して話しては…。」
「いえ…ちゃんと、言わな…きゃ……。
未来から、来た、私が……尾崎様に……伝えたい……知識が、あります……」
「……出産終わってお身体が良くなってから聞きます。今は少しでも体を休めないと。」
「……今……じゃなければ……だめ……なんです……。」
私は震える手で、尾崎様の温かい手を掴んだ。
驚きに目を見開く彼女を真っ直ぐに見つめ、一言ずつ、遺言を刻むように言葉を紡ぐ。
「……私のいた世界には……神仏の加護ではなく……人の手で、命を呼び戻す……術があるんです。」
「呼び戻す……? 魂を、ですか?」
「……ええ。……もし、お産の時に……私の心臓が、止まってしまったら……」
尾崎様の顔から、血の気が引いていくのが分かった。彼女は私の言葉を遮るように、強く、首を振る。
「縁起でもないことを! 雫様、貴女は死なせません。私が、この命に代えても――」
「……分かっています。……でも、……私の身体だから……察しはつきます……。……限界なんです……」
苦笑いすら肺を圧迫し、激しい動悸が襲う。
私は尾崎様の掌を、自分の薄い胸の真ん中へ、無理やり押し当てた。
「ドク、ドク」と、壊れかけた機械のように暴れる私の心臓の音が、彼女の手に直接伝わるように。
「……ここを……強く、押し上げるんです。……ト、ト、ト、ト……。この速度で。……私が、……あちら側、に連れて行かれそうになったら……尾崎様が、力一杯……叩き起こして……ください……」
尾崎様の瞳から、大粒の涙が溢れ、私の胸元を濡らした。彼女は私の手を握り返し、唇を噛み締めながら、絞り出すように言った。
「……分かりました。……約束、いたします。……貴女がどこへ行こうと、私が必ず、この地獄まで引き摺り戻して差し上げます。」
その言葉を聞いて、私はようやく、深く、重い吐息を漏らすことができた。
未来の知識。この時代なら魔法のようなやり方。
それを一番信頼する彼女に託したことで、私の心に、ほんの少しだけ「明日」への希望が灯った気がした。




