当主としての責務
父上である元就公の前に座る。
あの日の広間で、儂ら三兄弟が父上を糾弾した時のような殺気はない。だが、父上の瞳は相変わらず、すべてを見透かすように静かに儂を射抜いていた。
「……雫殿を、抱くことにしました。明日、我が寝所に呼びお手つきを致します。この話は既に元春と隆景にはしております。」
あの日、あれほど「不必要なお手つきはさせぬ」と啖呵を切った。その舌の根も乾かぬうちの報告。父上からの嘲笑を覚悟して、儂は深く頭を下げた。
案の定、父上は低く鼻で笑った。
「ほう。あれほど3人で大見得を切っておきながら、結局はわしと同じことをするというわけか。これが何を意味するか分かっておるのか隆元。」
その言葉は、毒のように儂の胸に回る。だが、父上の視線は、どこかあの日よりも柔らかい。
「尾崎との間に子が授からぬ今、毛利の行く末を思えば、お前が動くのが道理。儂が雫殿を抱いたのも、お前がいつまでも『当主の責務』を果たさぬゆえの窮策じゃ。それを『無慈悲』だと罵ったお前が、ようやく己の役目を理解したか。」
「はい、私は、卑怯な男にございます、父上。」
儂は畳を握りしめた。
「父上が雫にさせたことは、今も許しておりませぬ。ですが……彼女が独りで背負おうとしている歴史の重み、それを分かち合えるのは、もはや父上でも元春や隆景でもなく、この私しかおらぬのです。彼女の覚悟を、私が継ぎます。」
父上は少し満足そうなため息をついたあとふっと視線を逸らし、手元の書状を片付け始めた。その横顔は、不思議なほど穏やかだった。
「……好きにせよ。元より、お主の館に預けると約束したのじゃ。誰が抱こうと、この毛利家の未来を託せる者が残れば、わしは文句を言わぬ。雫殿も、お前であれば、わしの時のように震えはすまい。」
父上の声は素っ気なかったが、その奥に「これでようやく、肩の荷が下りた」という、一人の父親としての安堵が混じっているのを、儂は感じ取った。
自分の手で雫を傷つけてまで繋ごうとした「毛利の光」を、ようやく息子が自分の意思で繋ごうとしている。
「だが、隆元。覚えておけ。抱くということは、彼女をこの戦国の泥沼に、永遠に繋ぎ止める一因になるかもしれないということだ。儂も同じことをしているから言えた立場ではないが、未来へ帰してやりたいというお前の甘い願いは、今日、お前自身の手で殺すも同然。その覚悟があるということでええか?」
「……承知しております。……ですが殺して、生かします。彼女が『この人生で良かった』と笑える未来を、この世に繋ぎ止めてみせます。」
「ならば、明日までに精を付けておけ。わしはこれを言えるような立場ではないが、もう、これ以上頑張り屋の雫殿の泣く顔は見たくないからな。」
父上の、不器用で、どこか照れ隠しのような言葉。
部屋を出る際、背中に感じた父上の視線は、冷徹な一国の主のものではなく、ようやく「跡取り」の覚悟を見届けた、老いた父のそれだった。




