まどろみの中溶けた
次に目が覚めた時、視界に入ってきたのは自室の見慣れた天井だった。
……けれど、体が動かない。
指先ひとつ動かすのにも、深い泥の中から這い上がるような気力がいる。頭の奥が、じりじりと熱を帯びているのが分かった。
「……雫。目が覚めましたか」
枕元からは凛とした、でも今はどこか震えている優しい声が聞こえた。
ゆっくりと首を巡らせると、そこには尾崎様が座っていた。その瞳は心なしか潤んでいて、私の頬に触れる手は、戦場の冷たい雨とは正反対の、陽だまりのような温かさだった。
「お帰りなさい。……本当に、貴女という人は。何度言っても、無理ばかりして……帰ってきて粟屋殿から休ませたと報告を受けたので、何度も部屋に来たのですよ。丸1日寝ていたのは分かっていますか?」
尾崎様は、言い聞かせるように、それでいて自分を納得させるように何度も頷いた。
「此度こそ……本当に死んでしまうのではないかと。貴方を失ったら殿も私もどうすればよいのかと、そればかり考えて、ただ神仏に祈っておりました」
「……尾崎、様……」
謝らなきゃいけないのに、声が掠れてうまく出ない。
ただ、その手の温もりが心地よくて、私はまた睡魔に襲われはじめた。
「良いのです、今は何も言わなくて。貴方を連れて行った殿や赤川には、後で私からたっぷり小言を言っておきますから。今はただ、私の側で眠りなさい」
尾崎様が、私の乱れた髪を優しく撫でる。
そのリズムに合わせるように、私の意識はまた、穏やかな微睡みの中へと溶けていった。
「……ひな、ひな」
耳元で、さざ波のような小さな声がする。
泥のように重い眠りの淵から、ゆっくりと意識を引き戻された。
瞼が重い。頭の芯がじりじりと熱くて、視界がぼやけている。
……あれ? 尾崎様は「しっかりお休み」と言って、廊下へ下がられたはず。
「しーっ! 四郎、幸鶴、静かにしなきゃダメでしょ。はは様にバレたら怒られちゃうんだから」
紡の声だ。
薄目を開けると、布団の周りに三つの小さな影が、まるで密談でもしているかのように屈み込んでいた。
「だって紡姫。雫が景兄上を助けたって聞いて……僕、どうしても聞きたくて」
「ひなぁ、ねんね?」
四郎の真面目な囁きと、状況を分かっていない幸鶴丸の無邪気な声。
三人は尾崎様の目を盗んで、ここまで忍び込んできたらしい。
「……みんな……」
掠れた声で呼ぶと、三人が一斉に顔を輝かせた。
「雫! 目が覚めたの? 大丈夫? ……あ、今回の厳島のこと、みんな知りたがってて。特に四郎がね、しじ上や父上や叔父上たちがどんな風に戦ったか聞きたいって、ずっと言ってるのよ」
紡が私の顔を覗き込みながら、早口でまくしたてる。
でも、ふと彼女は私の真っ白な顔色と、力なく布団の上に投げ出された手に触れて、ハッと息を呑んだ。
「……だめ。四郎、幸鶴。やっぱり今はダメよ。雫、お顔が真っ白……。今は雛を寝かせてあげなきゃダメ! ほら、帰るわよ!」
「えっ、でも……」
四郎は名残惜しそうに私を見たけれど、私の額に浮いた脂汗を見て、すぐに賢い瞳を伏せた。
「……ごめんね、雫。元気になったら、またお話しようね。……これ、あげる。お庭で一番綺麗に咲いてたんだ。景兄上のお目目のお色にそっくりだよ。」
そう言って、四郎は私の枕元に、小さな青色の野花をそっと置いた。
「ほら、幸鶴も行くわよ!」
紡が四郎の背中を押して部屋を出ようとした、その時。
「やだー! ひなと、ねんねしゅるー!」
幸鶴丸が紡の手を振り切り、ズボボボッと私の布団の中に潜り込んできた。
「わっ……」
熱っぽい体に、幸鶴丸の小さくてずっしりした重みがのしかかる。
「幸鶴丸! 雫が潰れちゃうでしょ!」
慌てて引き剥がそうとする紡と、布団にしがみつく幸鶴丸。
「……ふふ、いいよ、紡……。ありがとね……」
私は朦朧としながらも、布団の中の幸鶴丸の温もりに、ようやく戦場ではない「家」の温度を感じていた。
廊下の向こうから、「これ、お部屋で何を騒いでいるのですか!」という尾崎様の厳しい声が近づいてくるのが聞こえて、少し嬉しくなった。




