深く沈む眠り
重い足取りで吉田郡山城の執務室へ向かう。
扉を開けると、そこには案の定、書類の山に囲まれて淡々と筆を動かす粟屋殿の姿があった。
「……粟屋殿、ただいま戻りました。これ、隆元様からの報告と……大量の書状です」
私は抱えていた文の束を机に置いた。肩が抜けそうなほど重かったけれど、一刻も早く届けなければならない。
「これには尾崎様宛のものも含まれております。急ぎ、奥方様のところへ……」
そう言って、私はすぐにまた書状を手に取ろうとした。けれど、その手を大きな、でも静かな力が制した。
「……待て」
粟屋殿が筆を置き、ゆっくりと私を見た。普段と変わらない無機質な瞳。けれど、そこにはいつにない「重み」があった。
「それは、私が届ける」
「えっ? でも、これは小姓である私の役目で……」
「……鏡を見たか」
粟屋殿は短くそう言うと、私の手から無理やり書状を取り上げ、机の端へ避けた。
「今の主の顔は、戦場の泥と疲れをそのまま引きずっている。そのような顔で奥方の前に出れば、余計な案じをさせるだけだ」
「それは……」
「……雫。お主の任務は、今、私が引き取った。……以上だ」
それだけ言うと、彼はまた筆を手に取った。でも、その視線は書類ではなく、部屋の隅にある茶器の方を向いている。
「……下がって休め。これは命だ。……お主がいなくなれば、殿の『光』が消える。そうなれば、実務に支障が出る」
「……っ、ありがとうございます。粟屋殿」
実務だなんて、そんな理屈をつけてまで私を休ませようとしてくれる。
私は深く一礼して、逃げるように部屋を出た。閉まる扉の隙間から、粟屋殿がふう、と小さく溜息をつくのが聞こえた気がした。
お言葉に甘えて湯殿で身体を綺麗にし着替えた後、自室の布団の中に入ると、直ぐにも睡魔が襲ってきた。
紡や幸鶴丸、徳鶴丸の顔も見たい…。
明日は乃美様のところにも行って報告をしなければ…。
その時に四郎には会えるかな…。
そう思いながら深く沈むような眠りに落ちた。




