表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鼓星  作者: 吉川元景
129/134

厳島の戦い―吉田郡山へ

隆景との朝餉は食べられた。

まともな食事とは言えないが少しは顔色が良くなったようだ。

これから毛利軍は岩国へ向かう。

その前に儂は雫に伝えることがあった。

私は雫を呼び寄せた。

目の前の雫は、顔色が戻ったとは言えど、まだあどけない顔立ちに戦場の過酷な影を落とし、今にも折れてしまいそうなほど痛々しい。

儂は、彼女をそっと引き寄せ、その腹に掌を当てた。

「……?隆元様?」

かつて新しい命を宿し、今は戦火を潜り抜けたその温もりが、私の手から心へと伝わってくる。

「雫、お主には何度も命をかけて、儂の願いを叶えてもらった」

儂の指先が、彼女の体を慈しむように動く。

今回、この戦場に彼女を連れてきたのは、彼女自身の強い願い……そして、それに心動かされた赤川の言葉があったからだ。だが、儂の目の前で「鉄の味」に震え、心を削る彼女をこれ以上見てはいられない。

身体も心も限界であろう。

「……だがお主の願いを聞くのは此度はここまでだ。お主は吉田郡山に戻れ」

その言葉が終わらぬうちに、雫が弾かれたように顔を上げた。

「なんでですかっ……!私は戦では役に立てませんでしたか?」

今にも泣き出しそうな、それでいて必死な声。儂の役に立てないことを、彼女は何よりも恐れているのだ。

儂は彼女の肩をしっかりと掴み、その瞳を真っ直ぐに見つめた。

「充分すぎるほど役に立った。お主が不甲斐ないから戻れと言っているのではない」

嘘ではない。彼女がいたからこそ、儂はこの過酷な戦いを勝ち抜くことができた。

だが、今の彼女は「全て」が限界なのだ。

「儂は毛利家を背負い、これからも繋いでいく立場。不甲斐ない儂を、これからも支えて欲しい。……此度は特に、産後の身体に無理をさせすぎた」

一度深呼吸をし、私はあえて主君としての、そして家族としての「切なる願い」を口にした。

「吉田郡山で後方を支える形で助けて欲しい。お主の身体が、そして心が完全に戻った時に、また共に戦場に立って欲しいのだ」

「本当に……私が要らないから置いていくのではないのですね?」

雫の瞳に、不安と、わずかな安堵が入り混じる。

「勿論だ。お前は私の光なのだから。……必ず、また共に行こう。約束する」

彼女を抱きしめる腕に、自然と力がこもる。

吉田郡山には、信頼する尾崎局がいる。あそこならば、戦場の臭いも、鉄の味も、温かな日常が洗い流してくれるだろう。

「……なら仕方ないですね。わがまま言っていたらダメですよね。」

すまない、雫。

お前を戦いから遠ざけるのは、お前を「大切な者」として、そして「唯一無二の小姓」として、失うわけにはいかないからなのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ