厳島の戦い―吉田郡山へ
隆景との朝餉は食べられた。
まともな食事とは言えないが少しは顔色が良くなったようだ。
これから毛利軍は岩国へ向かう。
その前に儂は雫に伝えることがあった。
私は雫を呼び寄せた。
目の前の雫は、顔色が戻ったとは言えど、まだあどけない顔立ちに戦場の過酷な影を落とし、今にも折れてしまいそうなほど痛々しい。
儂は、彼女をそっと引き寄せ、その腹に掌を当てた。
「……?隆元様?」
かつて新しい命を宿し、今は戦火を潜り抜けたその温もりが、私の手から心へと伝わってくる。
「雫、お主には何度も命をかけて、儂の願いを叶えてもらった」
儂の指先が、彼女の体を慈しむように動く。
今回、この戦場に彼女を連れてきたのは、彼女自身の強い願い……そして、それに心動かされた赤川の言葉があったからだ。だが、儂の目の前で「鉄の味」に震え、心を削る彼女をこれ以上見てはいられない。
身体も心も限界であろう。
「……だがお主の願いを聞くのは此度はここまでだ。お主は吉田郡山に戻れ」
その言葉が終わらぬうちに、雫が弾かれたように顔を上げた。
「なんでですかっ……!私は戦では役に立てませんでしたか?」
今にも泣き出しそうな、それでいて必死な声。儂の役に立てないことを、彼女は何よりも恐れているのだ。
儂は彼女の肩をしっかりと掴み、その瞳を真っ直ぐに見つめた。
「充分すぎるほど役に立った。お主が不甲斐ないから戻れと言っているのではない」
嘘ではない。彼女がいたからこそ、儂はこの過酷な戦いを勝ち抜くことができた。
だが、今の彼女は「全て」が限界なのだ。
「儂は毛利家を背負い、これからも繋いでいく立場。不甲斐ない儂を、これからも支えて欲しい。……此度は特に、産後の身体に無理をさせすぎた」
一度深呼吸をし、私はあえて主君としての、そして家族としての「切なる願い」を口にした。
「吉田郡山で後方を支える形で助けて欲しい。お主の身体が、そして心が完全に戻った時に、また共に戦場に立って欲しいのだ」
「本当に……私が要らないから置いていくのではないのですね?」
雫の瞳に、不安と、わずかな安堵が入り混じる。
「勿論だ。お前は私の光なのだから。……必ず、また共に行こう。約束する」
彼女を抱きしめる腕に、自然と力がこもる。
吉田郡山には、信頼する尾崎局がいる。あそこならば、戦場の臭いも、鉄の味も、温かな日常が洗い流してくれるだろう。
「……なら仕方ないですね。わがまま言っていたらダメですよね。」
すまない、雫。
お前を戦いから遠ざけるのは、お前を「大切な者」として、そして「唯一無二の小姓」として、失うわけにはいかないからなのだ。




