厳島の戦い―血の味
陶軍の残党を西の入り江まで追い詰め、私たちは大元神社の境内に仮の陣を敷いた。
雨上がりの湿った空気が、重く肌にまとわりつく。
配下たちが手際よく、竹の皮に包まれた握り飯を配っていく。
「雫殿! お主、その折れそうな身体で、よくぞそんな動きができるものよ!」
国司が、明るい声で雫の肩を叩く。雫は少しはにかんだように、誇らしげに彼と話していた。その姿を見て、私は少しだけ胸をなでおろしていたのだ。彼女がまだ「こちら側」に留まっている、と。
雫は、甲冑についた返り血を無造作に拭うと、いつも通り私の前に膝をつき、自分の分の握り飯を手に取った。
「雫。少しは休め。……食べられるか?」
「はい。……お気遣いなく。お腹、空きました」
彼女は無理に口角を上げて、平気なフリをして見せた。
だが、受け取った指先は、隠しようもなく小さく震えている。
彼女は「小姓」として、他の家臣たちの前で弱みを見せるわけにはいかないと、その幼い心で自分を律しているのだ。
雫は、冷え切って硬くなった握り飯を一口、大きく口に含んだ。
咀嚼し、飲み込もうとする。
……だが、その瞬間に彼女の動きが止まった。
「……雫?」
彼女の顔から、さっと血の気が引いていく。
彼女は口元を必死に押さえ、天幕の影へ駆け出すと、激しくえずいた。
「……げほっ、……ぅ、ぁ……っ!!」
胃の中には何もないはずなのに、何度も何度も、突き上げるような嘔吐感に襲われている。
私が背中をさすろうと伸ばした手を、彼女は拒絶するように振り払った。
「……来ないで、ください……っ。……いま、口の中が……っ」
彼女は涙を流しながら、地面に突っ伏した。
「……味が、しないんです。ただの、冷えた米のはずなのに、噛めば噛むほど、口の中に鉄の味が広がって……。……さっき斬った男の、あの生暖かい血を……飲んでいるような、感覚に……っ」
彼女は自分の喉を掻きむしるようにして、嗚咽を漏らす。
戦場の高揚感が消え、静寂が訪れるたびに、彼女の五感は「犯した罪」を鮮明に再現してしまうのだ。
周囲に悟られないよう、声を殺して震える彼女の背中。
それは、どれほど武芸に秀でていようとも、中身はまだ争いを知らぬ時代の、心優しい平和な世から来た女の子であることを、残酷なまでに物語っていた。
「す、すみません。私、大丈夫ですから。……また、すぐ戻ります……」
立ち上がろうとする彼女を、私は強引に座らせた。
もう「小姓」としての体裁など、どうでもいい。
私は自分の水筒の水を彼女に含ませ、その顔を自分の胸に押し当てた。
「……もういい。平気なフリなどするな。……誰も見ていない。ここでは、私とお前だけだ」
私の胸元で、雫は声を殺して泣き続けた。
手に持ったままだった握り飯は、泥にまみれて転がっている。
この世で最も尊いはずの「生きるための糧」が、今の彼女にとっては、自分を責め立てる「毒」にしか感じられないのだ。
その夜、彼女が口にできたのは、私が無理やり飲ませたわずかな水だけだった




