厳島の戦い―間違いだらけの
雫は、私の胸元に顔を埋めたまま、泥のように眠りについていた。
時折、うなされるように指先が私の衣を強く掴むが、そのたびに背を撫でてやると、深い吐息を漏らしてまた微かな寝息を立て始める。
泣き疲れた彼女の頬には、涙が乾いた跡と、拭いきれなかった戦場の泥が痛々しく残っていた。
……ようやく、眠れたか
彼女を横たえようと思えばできたが、今は私の体温から離せば、またあの「道具」の凍てついた檻に閉じこもってしまう気がして、私は座ったまま彼女を抱き寄せ続けていた。
その時、天幕の外で微かな足音が止まった。
「……殿、国司にございます。夜分、失礼いたします」
低い、落ち着いた声。国司元相だ。
元就父上の代から毛利を支え、私にとっては厳しい教師であり、同時に何でも打ち明けられる親代わりのような老臣。
「……元相か。構わぬ、入れ」
天幕の幕が上がり、夜風と共に彼が入ってくる。
元相は、私の腕の中で丸まって眠る「小姓」の姿を一目見ると、驚きを顕にするどころか、ふっと目尻を下げ、慈しむような眼差しを向けた。
「用件は……ここで聞こう。この者を起こしたくない」
私が小声で告げると、元相は静かに膝をつき、深く頭を下げた。
「……承知いたしました。明朝の軍議、先鋒の配置について確認に参りましたが、大枠は定まっております。殿はこれ以上、案じられますな」
元相の視線が、私の腕の中で震える雫の手――まだ赤く腫れた、汚れを落とそうと擦りすぎた手――に注がれる。
彼は、彼女が今日どれほど凄絶な「初陣」を飾ったか、そしてその代償に何を失いかけているのかを、すべて悟っているようだった。
「雫殿も……よく励まれました。確か昔戦で記憶を無くされて、遠縁の殿のところに来たのでありましたな。あの折れそうなほど細い体で、殿を、そして毛利の誇りを守り抜いたのでございます。……お労りくだされ。この方は、毛利の宝にございますれば」
「……ああ。……わかっている。元相、すまぬな」
雫の出自を表向きは戦で記憶を無くした少年にしていたため、国司の声は少し憐れむような声をしていた。
元相は何も言わず、持ってきた書状を傍らに置くと、退き際に天幕の隅にあった冷えた白湯を下げ、新しい手拭いと、温かな湯の入った桶を音を立てずに運んできた。
そして、去り際に一言だけ、私に微笑みかけた。
「殿も、少しは休まれよ。……雫殿は、殿がこうして支えておられねば、独り地獄へ歩いていってしまうお方。……今夜は、その手を離してはなりませぬぞ」
老臣の背中が闇に消えていく。
私は、元相が置いていった温かな湯を使い、雫の顔をそっと拭った。
温もりに触れた彼女が、眠りの中で「……ぁ、……たか、もと、さま……」と小さく呟く。
「……ああ、ここにいる。どこへも行かぬよ」
私は彼女を抱き直した。
明日になれば、また血生臭い戦場が始まる。彼女は再び、私の影として、冷徹な刃とならねばならない。
だが、この天幕の中、国司元相が見守るこの静寂の間だけは。
この「間違い」だらけの世界で、彼女を守り抜こうと、私は静かに誓った。




