厳島の戦い―死の予感(赤川目線)
明日からの激戦に備え、鋭い目付きで刀を検分していた。
「……赤川殿。折り入って、お願いがございます」
その男にしては少し高めの声に、手を止めた。
雫殿が歩み寄ってきた瞬間に、奥歯を噛み締めた。
雫殿は三月の気鬱からようやく立ち直ったばかりの、まだ震えるような細い首筋を一撫でするように見つめながら、
今度こそ、自分を置いて逃げてくれとか、そんな悲しい遺言を吐くつもりではないかと怪しんだ。
「何だ。遺言なら聞かぬぞ」と、わざとぶっきらぼうに返し、そのまま武具の確認を続けた。
殿(隆元)に子が生まれる度に大病にかかり厄を代わりに身に受け死にかけておる女子のように細く弱々しい小姓(同僚)だ。
稽古も付けたが、同行させるのが不安なほど身体は崩れかけの状態だ。
過去に戦場で記憶を失くし、昔のことを覚えていないとも殿からも聞いておる。
遺言なんて聞いてしまえばこの厳島の神に攫われてしまうのではないかと不安になってしまうではないか。
そんな儂に雫殿は
「景様が……小早川隆景殿が、この戦で、命に関わるほど危険な目に遭われます。……どうか、あのお方を助けて差し上げてください。お願いします……っ!」
まっすぐ澄んだ目で訴えてきた。
その目に自分の動きが再度止まった。
本来なら、「戦場で将が危険な目に遭うなど当然のこと。」や「武勲を上げ死ぬことは誉れだ。」と一蹴するところだろう。
記憶を失くし、厄を身に受け、想像の斜め上をいく雫殿はなぜ…
「……なぜ、それを儂に言う。殿(隆元)ではなく、儂に。」
「赤川殿なら、……誰よりも早く、戦場を駆け抜けてくださると思ったからです。」
ああ、まっすぐだ。嘘では無いのだろう。本当に不思議なお方だ。
かつて魂をあちら側に置いたことで、神仏の声を拾えるようになったのではないか。
その言葉に、赤川殿はふっと口角を上げた。
ここまでまっすぐ誰かに信頼してもらうのはいつぶりだろうか…。
ワシワシと雫の頭を撫でながら
「そのようなことは起きぬ。…と言いたいところだが、何があるか分からんのもこの戦場じゃ。気にかけておく。」
と安心させるように撫でくりまわして言った。




