表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鼓星  作者: 吉川元景
109/134

仕上がる、仕上げる

出陣前夜。

私はもはや、初日のような「焦り」や「無駄な力み」を一切見せなくなっていた。

「……来い」

赤川殿が短く命じ、全力の横一閃を放つ。

本来なら、私の細い腕では受け止めることさえできず、そのまま首が飛ぶような一撃。

私は、一歩も引かなかった。

踏み込むと同時に、スッと上半身を紙一重で沈める。

振り抜かれる木刀の風が、私の髪を乱す。だが、私の視線はすでに赤川殿の喉元を射抜いていた。

赤川殿が「……っ!」と息を呑んだ時には、私の切っ先が、彼の喉の皮膚を微かに掠めて止まっている。

「……仕上がったな」

赤川殿は、満足げに、けれどどこか悲しげに呟いた。

自分の命を「使い捨ての刃」として研ぎ澄ませた者だけが持つ、冷たく、静かな殺気。これがあれば私は厳島の戦いに参加できる。

「今の動きであれば、乱戦の中でも殿を護り抜ける。……だが雫、忘れるな。お主のその動き、長くは持たぬぞ。

雫、よく聞け。お主の身体で、数刻もの間、まともに刀を振れると思うな」

赤川殿は私の両肩を強く掴み、その瞳を覗き込んだ。

「良いか。敵を『斬ろう』とするな。敵の刃が来る道を、ただ『避ける』道へと変えろ。お主はただの木の葉だ。嵐の中にあっても、風と喧嘩せぬ限り、木の葉は破れぬ」

赤川殿は、私の腰に、特別に軽く、けれど鋭く研がれた業物を差した。

「……呼吸だ。吸うことより、吐くことを意識せよ。細く、長く、命を繋ぐように。……お主が呼吸を止めるのは、殿に刃が届く、その刹那だけでよい」

私は、泥を舐めた特訓の日々を思い出しながら、静かに頷いた。

特訓の最後の方では、赤川殿の猛攻を数刻の間、一度も「力で受け止めず」に、ひらりひらりとかわし続け、隙を見ては喉元に切っ先を突きつけるまでになっていた。

「……赤川殿。私、いけます。……殿の影に、なってみせます」

その声には、もう震えはなかった。

身体は確かに細く、脈も速い。けれど、無駄な動きを全て削ぎ落とし、「最小の動きで最大の守り」を実現する、異質な剣士が完成していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ