仕上がる、仕上げる
出陣前夜。
私はもはや、初日のような「焦り」や「無駄な力み」を一切見せなくなっていた。
「……来い」
赤川殿が短く命じ、全力の横一閃を放つ。
本来なら、私の細い腕では受け止めることさえできず、そのまま首が飛ぶような一撃。
私は、一歩も引かなかった。
踏み込むと同時に、スッと上半身を紙一重で沈める。
振り抜かれる木刀の風が、私の髪を乱す。だが、私の視線はすでに赤川殿の喉元を射抜いていた。
赤川殿が「……っ!」と息を呑んだ時には、私の切っ先が、彼の喉の皮膚を微かに掠めて止まっている。
「……仕上がったな」
赤川殿は、満足げに、けれどどこか悲しげに呟いた。
自分の命を「使い捨ての刃」として研ぎ澄ませた者だけが持つ、冷たく、静かな殺気。これがあれば私は厳島の戦いに参加できる。
「今の動きであれば、乱戦の中でも殿を護り抜ける。……だが雫、忘れるな。お主のその動き、長くは持たぬぞ。
雫、よく聞け。お主の身体で、数刻もの間、まともに刀を振れると思うな」
赤川殿は私の両肩を強く掴み、その瞳を覗き込んだ。
「良いか。敵を『斬ろう』とするな。敵の刃が来る道を、ただ『避ける』道へと変えろ。お主はただの木の葉だ。嵐の中にあっても、風と喧嘩せぬ限り、木の葉は破れぬ」
赤川殿は、私の腰に、特別に軽く、けれど鋭く研がれた業物を差した。
「……呼吸だ。吸うことより、吐くことを意識せよ。細く、長く、命を繋ぐように。……お主が呼吸を止めるのは、殿に刃が届く、その刹那だけでよい」
私は、泥を舐めた特訓の日々を思い出しながら、静かに頷いた。
特訓の最後の方では、赤川殿の猛攻を数刻の間、一度も「力で受け止めず」に、ひらりひらりとかわし続け、隙を見ては喉元に切っ先を突きつけるまでになっていた。
「……赤川殿。私、いけます。……殿の影に、なってみせます」
その声には、もう震えはなかった。
身体は確かに細く、脈も速い。けれど、無駄な動きを全て削ぎ落とし、「最小の動きで最大の守り」を実現する、異質な剣士が完成していた。




