動け
「……は、あ……っ、……ぁ……」
視界が真っ白に染まった。
地面が跳ね上がったのか、自分が沈んだのかも分からない。三度目の「吹っ飛ばされた」衝撃の後、私の身体はついに泥の上でピクリとも動かなくなった。指一本にすら、自分の意思が届かない。心臓が、耳元で早鐘のように「もうやめろ」と叫んでいる。
心臓が……肺が……身体が痛い。
吐きそうだ。力が入らない。苦しい。なんとかして。こんな私を戦える身体に……だれか助けて。
「……もうよい。雫、そこまでだ」
頭上から降ってきた赤川殿の声は、先程までの厳しさが嘘のように、ひどく掠れて、力なく響いた。
彼の手元から、木刀が力なく滑り落ちる音が聞こえる。
「……仕上がらぬ。間に合わぬ。……お主は、厳島へ行く前に、ここで死ぬ。……もう諦めてくれぬか。お主が死ぬところなんぞ殿だけじゃない儂もみとうない……」
赤川殿が、私の傍らに膝を突いた。
その大きな手が、私の泥にまみれた肩に触れる。でも、そこにはもう、私を突き放すような強さはなかった。
ただ、震えている。
……やだ。……そんな、絶望したような声を出さないで……!
私は、動かない指を必死で動かそうと、泥を掻いた。
唇が震え、熱い塊が目から溢れ出して、泥と混ざり合う。
「……っ、がんば、らなきゃ……っ。いかな、きゃ……いけないのに……」
喉の奥から、掠れた、掠れた泣き声が漏れる。自分でも驚くほど、子供のような、情けない声だった。
「……赤川、殿……お願い、です……私を、壊していいから……っ。あと一歩、……あと一歩、速く……させて、ください……」
私は、顔を上げることすらできず、地面に顔を押し付けたまま、嗚咽を漏らした。
歴史を知っているから。
私だけがそれを変える「バグ(不純物)」になれると信じているから。
ここで私が立ち止まれば、あの優しい人が、冷たい史実の闇に飲み込まれてしまうかもしれない。
「……行かなきゃ……私が、行かなきゃ……隆元様が、死んじゃうかも……っ、嫌だ、そんなの……っ!」
「雫……」
赤川殿が息を呑むのが分かった。
私の口から溢れた、悲痛な、そしてあまりにも具体的な「死」の予感。
彼は私の肩を掴む手に、痛いほどの力を込めた。
「……馬鹿者が。……お主、そこまで……そこまで、己を削って……」
赤川殿の大きな身体が、小刻みに震えている。
動けない私をゆっくりと抱き上げる。
「……もう、動けぬではないか。……呼吸すら、まともに出来ておらぬ身体で……こんなに軽く、細く、脈も早いと言うのに……」
「……う、ごく……動きます……! 部品だ、って……決めたから……動け、動け……っ!!」
私は自分の脚を、自分の腕を、呪うように叩いた。
涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃだったけれど、瞳の奥の火だけは、赤川殿を射抜くほどに激しく燃え盛っていた。
その執念に、赤川殿はついに、天を仰いで慟哭を飲み込んだ。
「……分かった。……分かったから、泣くな、雫。……お主のその命、儂が最後まで、研ぎ澄ませてやる。だから今日は休むぞ。」
それは、赤川殿が私の「死」を覚悟し、同時に「奇跡」に賭けることを決めた、血を吐くような誓いだった。




