不器用な男共
「……赤川か。雫はどうだ」
練兵場からの音が止んだ静寂の中、隆元様が影のように現れた。その瞳には、寝不足の隈と、隠しきれない悲痛な色が宿っている。
「……先ほどまで。今はもう、指一本動かせぬほどに追い込み、部屋へ戻らせました。……殿、あやつは異常です。武士のそれとは違う、何かに取り憑かれたような……」
「……分かっている。あの子が何を恐れ、何を急いでいるのか。」
隆元様が月を見上げる。その横顔には、孤独な情愛があった。
「赤川。雫を厳島へは連れて行かぬ。城に残す。……あの子は、私のために自分の命を毛利の生贄にしようとしている。そんなことは、私が許さぬ。既に充分過ぎるほど家に尽くしてもらった。3度も命を落としかけるほどに。」
「……本当に置いていかれるおつもりですか」
儂は、主君の言葉に真っ直ぐに問うた。
「左様だ。あの子には、笑っていてほしい。重いものを背負わせすぎた。…儂がどうなろうと、家と共に守らなければならない存在だ。」
「なれば、殿。雫は死にますぞ」
儂の遮るような言葉に、隆元様が息を呑む。
「……何だと?」
「今、あやつを縛り付け、戦から遠ざければ……雫の心は、今宵投げ飛ばした時のあの中身のない身体のように、空っぽになって崩れ落ちるでしょう。あやつは、殿を守れぬ自分を許せぬのです。殿を失う未来を、一刻たりとも受け入れられぬのです」
私は一歩、隆元様へ歩み寄った。
「殿はあやつを『守るべき存在』として守ろうとされている。だが、あやつはすでに『毛利の刃』であることを選んだ。……今の雫にとって、戦場に行かせぬことは慈悲ではなく、最大の拷問にございます」
「赤川……。だが、あの子の身体はもう……」
「本当に何故ここまで頑張るのか不思議なぐらいですな。仕上がらねば置いていくと、私も当初は思っておりました。……じゃが、あやつに宿るあの狂気、あの『未来をねじ伏せようとする意志』を無下にできるほど、儂はあいつを知らない子として扱えぬ。
……あやつの頑張りは、一応見てきたつもりですぞ。」
儂は深く、頭を下げた。
「殿。雫を連れて行きましょう。あやつを『守られるべき者』としてではなく、殿を護る『盾』として認めてやってはいただけませぬか。……あやつが、あやつ自身で在るために」
長い沈黙が流れた。
隆元様は拳を固く握りしめ、やがて、絞り出すような声で呟いた。
「……私は、酷な主だな。……愛する者に、私を護るためにまた地獄へ来いと、命を削れ、下手すれば命を捧げろ。……そう言わねばならぬのか。」
「……いいえ。地獄へ共に行こうと言ってくれるのを、あやつは待っております。」
「それでも雫の身体が限界になれば稽古は即刻止めて置いていく。それを忘れるな。
もしお主が情ではなく本当に連れていくべきだと思えたのなら連れていこう。」
「……連れて行けるように仕上げまする。」
「……ああ。」
殿は本当に情が深い方だ。
その殿の心に触れられる貴重な人材である雫を失うことは避けたい。
だが、男には譲れないものがあり、きっと雫にとってそれが今なのであろう。
先ほどまで雫が転がっていた場所を見る。
「……不器用じゃの。殿も儂もお主もみなみんな。」




