歴史のズレと私のやるべき事
三度の出産を経験し、この時代で命を繋ぐことの重さを嫌というほど知った。けれど、それと同時に、私の背筋を凍らせる一つの事実に気づいてしまった。
歴史が、ズレ始めている……。
いや、私が介入しなければ私の知っている「史実からズレる」という事実だ。
私がこの時代に存在し、隆元様の傍にいることで、本来起こるはずのない事象が生まれている。
もしくは史実通りになるために毛利家のある程度の歴史を知っている私がこの時代に送り込まれたのではないか?
私が積極的に動かなければ、私の知る「史実」は崩れ、愛する人たちの未来さえも消えてしまうかもしれない。
徳鶴丸が生まれ、陶隆房が「晴賢」を名乗った。
来るべき時は近い。毛利家の、そして日本の歴史の大きな転換点——「厳島の戦い」。
ここで歴史が大きく狂うなら、私が史実へ戻すパーツにならなきゃいけない。
隆元様を守り、史実通りの勝利を毛利に。
そのためには、私が小姓として、誰よりも近くで彼を護る盾にならなければならない。
「赤川殿。……私に、戦い方を教えてください。最短で、確実に息の根を止める術を」
夕闇の練兵場。赤川殿の困惑に満ちた瞳が、私の痩せ細った身体をなぞる。
三度死にかけた、この身体。たしかに産後の肥立ちも悪く、心臓だっていつ止まるか分からない。でも、そんなことはどうでもいい。私の命は、歴史を守るための「部品」でいい。
「吉田郡山にいれば、お主の身は安全だ。……それが、私や……そして殿の願いでもある」
赤川殿の優しい言葉。それが、今の私には一番痛かった。
安全な城で祈っていればいい? そんな贅沢、私には許されない。
「……赤川殿。私は、神などではありません。……ただの、隆元様の小姓です」
私はゆっくりと顔を上げた。
視界の端が少し揺れるけれど、脳内のスイッチを切り替える。
目の前にいるのは、信頼する赤川様じゃない。私を「戦える道具」へと作り変えてくれる唯一の職人だ。
「……拾え」
足元に放り投げられた木刀。泥の冷たさが指先に伝わる。
私はそれを拾い上げた。
武道の経験なんてない。
戦国時代の武骨な剣術とは違う。
けれど現代の保健体育の授業で習った知識や自転車通学で毎日坂道を登っていた経験がある。
ただ一点、最短距離で重心を移動させ、加速する。
大丈夫。そして良かった。まだ、動ける。……私は、あの影になるんだ。
一歩。
かつて通学路の坂道を一気に駆け上がった時のように、太ももの筋肉を「回転」のイメージで爆発させる。
「っ、おのれ……!」
赤川殿が息を呑み、反射的に後ろへ跳んだのが分かった。
私の木刀は、赤川殿の懐、急所へと吸い込まれるように滑り込む。
私はもう「雫」という女の子でいるわけにはいかない。
大切な人を守るためなら、歴史を維持するためなら、私は喜んでこの時代の「死神」になる。
目の前の赤川殿の驚愕を、冷めた目で見つめている自分がいた。
これが、私が選んだ「歴史への介入」の始まりだった。




