day7 勇者の剣
「それは………ダメだろ、流石に」
この日、女神は剣を持って現れた。抜き身で持って現れた。
いつものように、突然現れた彼女の手には現実では見慣れない物騒な代物が握られていた。
見た目は質素だが精巧で、刃は鈍い銀色に光り、柄の下端に大きな宝石が1つはめ込まれている本物の剣。
深い青色の宝石は角度によって光の加減が変わるのがわかる。
偽物ならゲームとかアニメのグッズ専門店で持った事はあるが、刃が付いてるというだけで何もしてないのに妙な緊張感が走る。
空気が張り詰めたような感覚というか、この部屋に似つかわしくない威圧感みたいなものを感じる。
「これ、あなたにあげる!」
女神は満面の笑みでそう言うと、剣を俺に差し出した。
刃先がこちらを向いているのを見て、思わず身を引く……と同時にイラっとした。
「いらない、逮捕されるって」
打ちそうになった舌打ちを飲み込み、丸めた雑誌で剣を押し払った。
真面目な話、こんなものを持っていたら銃刀法違反で確実に捕まる。
「勇者の剣よ?」
「勇者に返してあげなさいよ……」
「勇者はあなたよ?」
「いいから返してこいよ! 大体、そういうのってなんか難しい試練とかやんないとダメなんじゃないの?」
「いいわよ別に。この剣凄いのよ? 普段は街の広場の台座に刺してあって、魔物の侵入とか魔王の呪いとか攻撃を防いでるの。しかも選ばれし者にしか抜けないから盗まれる心配もないわ!」
「それ抜いたらいかん」
想像してみてほしい。
街の人々にとって守護神のような存在だった剣が、ある日突然台座から消えているのを。
きっと大パニックになっているに違いない。警備兵は走り回り、街の人々は不安に駆られ、もしかしたら避難準備まで始めているかもしれない。
「勿論武器としても最強よ?」
「返してこい! 早く!行った事もない筈の街がパニックに陥ってるのが容易に想像できるんだよ! 早く元の場所に刺してこい!」
「この剣で魔王を倒せばパニックも収まるわよ。さ、行きましょ?」
「お前がその剣を返した方が絶対早いわ」
剣を机に置き、わざとらしい溜息を吐いた女神は、全て察しましたと言わんばかりのドヤ顔で頬杖をついた。
今すぐこの剣を女神に使わないのは、一重に俺の優しさである。
「……チート?」
「は?」
「チート能力?」
「チート能力が何?」
「チート能力が欲しいんでしょ?」
「物による」
正直な話、全く興味がないわけではない。
だが、この女神が提案するチート能力にろくなものがあるとも思えない。
「そうね……ゴッドオブアイなんてどう⁉」
「アイオブザゴッドじゃないの?」
「どっちだって同じよ‼」
「それだと目の神様……」
「この能力は凄いわよ! 相手の生命力や魔力が数字となって見えるようになるわ!」
「見えるようになって……?」
RPGゲームのステータス画面みたいなものが見えるということだろうか。
そういうのって戦える奴が手に入れてナンボのチートだろ。
「見えるのよ。ほら、攻撃したらどれくらい生命力が減ったか、とか」
「だから、見えるようになった所でどうなるの?」
「…………病院とかでは活躍してるもん……」
「じゃあそもそもチートじゃねぇな」
「じゃあ……あ、閃いた! 無限薬草!」
「よく分からんけど、いらね」
「食べても減らない薬草作ってあげる! 回復し放題よ!」
「それ割と早い段階で辛くなってくるでしょ。やだよケガする度に草食いまくるの」
「文句ばっかり……」
女神は頬を膨らませて不満そうな表情を見せた。
その顔をしていいのは絶対に俺の方だろう。
「その剣強いの?」
「最強よ! 呪いとかの邪悪な力は跳ね返してくれるし、剣その物も王国の隣の村で一番の鍛治職人がデザインした通りに誰かが作った一級品よ!」
「戻してきなさい」
会った事もない人の事を悪く言うつもりは無いけど、この剣の持ち主だった人……そこそこ舐められてるな……。
「じゃあ……」
「じゃあ、じゃなくて戻してこいって」
女神はまだ何か言いたそうにしているが、どうせろくな提案じゃないのは目に見えてる。
「……戦う感じのチートがいい?」
「こっちで使える感じのチートがいい」
「管轄外!」
「残念だったな」
「ねぇ、何かやりたい事とか欲しい物はないの? いいチートがあるかもしれないわよ?」
女神は縋るような目でこちらを見つめてくる。しかし、俺には明確な答えがある。
「ねぇよ。やんなきゃならん事が沢山あるんだから冒険とか戦いとかそんな事してる余裕ないしな」
仕事もあるし、あんまりしっかりやってないけど家事もある。日常生活だけで精一杯なのに、なんで異世界で戦わなきゃいけないんだ。
「やりたい事をやったら? 仲間を増やしたり、剣術を習ったり、人々を救ったり……」
「俺のやりたい事じゃねぇなあ⁉」
「やりたい事無いんだったらいいじゃない!」
「よくねえよ! なんでやりたい事が無いからって戦いに駆り出されるんだよ! 帰れ!」
道理の欠片もねえな。やりたいことがないからといって、危険な冒険に駆り出される意味がわからない。
「……この剣、ここに置いてくわね」
女神は諦めたような表情で剣を机の上に置いた。
読み終わった雑誌みたいに置きやがって……。
「持って帰れ」
「……持ってると幸運になるわ!」
今度は別のアプローチで説得しようとしているらしい。
「どんくらい?」
「毎日晴れたりとか?」
「いずれ何かしら良からぬ事になるだろ、それ」
「……お金が増える!」
「…………どういう風に?」
「…………」
「増えねぇんだな。帰れ。剣を持って帰れ」
「せっかく持って来」
「テレシアちゃーーん!!! 女神ーー!!! あとこれ持ってってーー!」
出しっぱなしにされていた異界への扉から慌てたような声が聞こえてきた。そしてひょっこりと現れたテレシアちゃんは剣を一目見て目を丸くしている。
「あ! 女神様、その剣って魔王様に頂いた人魔友好555周年記念の物では⁉」
テレシアちゃんの言葉に、俺と女神は同時に固まった。
「は? 友好……?」
「はい、魔王様が人間界と魔界の友好555周年を記念して贈って下さったんです。それが今朝方に行方不明になって困ってたんです」
つまり、これは魔王からのプレゼントだったということか。そして女神がそれを勝手に持ち出したと。
「……あのさ、テレシアちゃん……人間界と魔界って……あれ?」
俺が質問しようとした瞬間、女神とテレシアちゃんが消えた。
まるでいきなりコンセントをぶち抜いた時のテレビの画面の様にパッと消えた。が、異界への扉はまだある。剣もまだある。
これは……女神の仕業なのか、向こうで何かあったのか……判断がつかない。
しばらくして、扉からテレシアちゃんが戻ってきた。
「……あの……剣を……」
「うん、持っていって」
「はい」
テレシアちゃんは剣を受け取ると、安堵の表情を見せた。
「テレシアちゃん?」
俺は彼女を呼び止めた。さっきの話が気になる。
「………………人間界と魔界は戦ってます!」
そう言い残すとテレシアちゃんは帰って行った。扉も消え、部屋には再び静寂が戻った。
平和なんだな、向こうの世界。




