day6 狐
夕方、バイト終わりのこの時間。
帯に短し、たすきに長しって感じの微妙な時間。
こういう時は真っ直ぐ家に帰るに限る。
特にやりたい事も無いしな。あちこち寄ると余計なお金使うし。
塗り替えられたばかりのアパートの階段を上り、我が家に帰ると今や懐かしくなった部屋の光景が出迎える。
お、今日は女神来てねぇな、珍しい。
いない内にたまには早めにシャワーでも浴びるか。いつも寝しなに仕方なく浴びる感じだし。
最近はもう、同居人かってくらいに家にいる時間が長くなった。
ってか世界の危機っぽい事言ってたのに女神がこんな所に来てて
「バスタオル、洗濯機の上に置いとくわね〜」
いいのだろうか?
魔神だか魔王だかをなんとかする手伝いをした方がいいんじゃないだろうか。
まあ、俺には関係ないけど。
風呂から上がり部屋に戻ると、女神の隣に十二、三歳の巫女装束風の服を着た、金髪のボブへアに青い瞳の少女が座っていた。
上手い事やってんな、遠目に見たら本当に巫女装束に見える。
「……今度はなんだよ……」
「ほら、見て!」
女神が嬉しそうに紹介する少女の頭には、左右で色の違う獣の耳が生えている。
右は黒、左は白。よく見ると形も微妙に違うな。
少女は不安そうに、申し訳なさそうにこちらを見ている。
「……うん……」
なんというか、滅茶苦茶だけどコスプレにしては出来が良すぎるな。
「狐の巫女よ!」
「世界観めっちゃくちゃだな」
「こういうのが好きなんでしょ? この前あなたが私の世界に捨てた本、アレがヒントになったわ!」
「いや、俺の好きなジャンルじゃねぇよ。それにその服間違えてるよ、それ死人の着方だよ」
この際どうでもいい事なのかもしれないが、襟が左前になっている。
「だってあの本には……ねぇ? オユキちゃん?」
「…………」
少女が反応しない。
「オユキちゃん?」
「え? あ、私ですね、はい!」
慌てて返事をする少女。
たしかあのキャラ、お雪って名前だったな。
「君、名前は?」
「テレシアと申します。……あ、オユキと申します」
混乱してるな。それにイントネーションがタヌキなんだよな。
「あなたの旅のパートナーにしてあげる!」
「いやいいよ、好きなジャンルじゃないんだって」
「だってあの本に」
「漫画雑誌だよ! 別に全部好きだから読んでる訳じゃねぇよ!」
「えー……」
「あんなもん暇つぶしの為に惰性で買ってんだよ!」
「あの……」
小さな声で様子を窺いながら、テレシアちゃんがおずおずと手を挙げている。
「ん? どうした?」
「私は……人間に戻ってもいい……でしょうか?」
……あ、これ……テレシアちゃんの獣耳……本物だな、これ。
「……お前、やったな」
「はい? わ、私が何か……」
「いや、君じゃない。大丈夫大丈夫。おい女神」
「…………」
女神が顏ごと視線を逸らした。
こいつがこういう反応をする時は大体、悪いことをしたか何が問題か分かってない時だ。
「お前それは一線超えてるぞ」
「…………」
「戻せるんだろうな?」
「……別に……耳が動物で尻尾が生えてるだけじゃない。たいして変わらないわよ」
「戻せ! ……え、尻尾? これ解決するまではもうお前と一切交渉しないからな!」
「……テレシアちゃん、神殿の泉に入れば戻るわ」
「そ、そうなんですか? でも、そこまで気にならないので大丈夫ですよ? 戻れるならって思っただけなので」
この子はこの子で、気にしなさすぎだろ。
「ほら、扉出してあげるから」
「お前も行けよ、今日はもう無理だぞ」
女神は「私、今とっても呆れています」という顔を作って机に頬杖をついた。
深く溜息をつくと……
「人間って……やっぱり愚かね」
「はあ?」
「戻したらこっちに来るって言ったのに……」
「言ってねぇよ。戻すまで交渉しないって言ったんだよ帰れ!」
「…………裏を返すとこっちに来るって事でしょ?」
「返せてねえよ!」
その時、異界の扉がぼんやりと光って、中から髪も服もびしょ濡れになったテレシアちゃんがよろよろと出てきた。
巫女装束は水を吸って重そうで、金髪も顔に張り付いている。
それでも獣耳はしっかりと残ったままだった。
「あのぉ……すみません、テレシアです」
「あれ? なんで戻ってきちゃったの?」
何故か女神も首を傾げている。
なにも言わないところを見ると、こいつにとってもイレギュラーなんだな。
「なんか……あの……洗ったんですけど……」
「……治ってないな。ちゃんと洗った?」
「はい、一応頭も洗ったんですけど……」
……ダメだったらしい。
「女神」
「…………私、帰るね」
「待てこら!」
いつもの女神からは考えられない程に素直に帰ろうとする女神。
それを捕まえる俺。
オロオロするテレシアちゃん。
「帰れって言った!帰れって言ったもん‼」
「これをなんとかしてから帰れ‼ ちょ……強えぇ……テレシアちゃん! 引っ張れ!」
女神の力が思ったより強い。このままだと俺が逆に異世界に引きずり込まれる。
「放して変態! 狐! ……あ……」
女神の姿は既に異界の扉の向こう側に完全に消えていた。
だが、女神の腕を掴んでいた俺の右腕だけが扉の中に引きずり込まれ、あろう事か女神にガッチリ掴まれている。
この女、ついに力技に出やがった。
「お前が狐にしたんだろ! あ! ちょっと待ってテレシアちゃん! こいつ引っ張ってる! 俺を引きずり込もうとしてる‼」
「えええ!? ど、どうします!?」
テレシアちゃんは俺の横でオロオロとしながら、どうしていいかわからずに女神を引っ張ろうとしたり、やめたりでこっちと異世界を右往左往している。
「強ぇ! こいつ力強ぇ‼」
「ダメですよ女神様! なりたさんが怪我しちゃいますよ!」
テレシアちゃんは扉の向こうで必死に女神に呼びかけているが、女神は女神でテレシアちゃんに手伝うように言っているのが聞こえる。
「殴れ! テレシアちゃん、殴れ!」
「え…………」
「おっぱいとおっぱいの間の少し下! 殴れ‼」
「で、でも……女神様、凄くこっちを見てます! まっすぐこっちを見てます!」
「やれ! テレシアちゃん! 殴れ! おっぱいとおっぱいの間の少し下!」
一瞬、間をおいて女神の手は離れた。恐らくテレシアちゃんが頑張ったのだろう。
にしても……無関係な人を巻き込むなよな……本人はそこまで深刻には考えてないっぽいけど。
あ、扉消しとこ。




