Knight night フィーメ・カーレッジ
左側を耳にかけた長く真っ赤な髪、これが一番目を引く。背中を飾るように徐々にウェーブがかかっている。
そして赤い瞳。流石にここまで赤いのはこちらの世界にはいない。
襟や腰の辺りに金のラインが入った紺色のフォーマルな上着はどちらかというと軍服のようだ。
たしか……国営騎士団? の分隊の広報なんだっけ?
…………公務員さんだよなぁ。初めて会った時の鎧も式典用って言ってたな。
「なりたさん、持ってきましたよ!」
そんなフィーメさんと真夜中の会合。まぁ、ちょっとした飲み会に近いんだけど。
フィーメさんに異世界を紹介してもらうのが今回の飲み会の目的。とりあえず、女神達が暮らしてる国の地図と世界地図を持ってきてもらった。
「おお、デカいな!」
「こちらが王都エラギナの地図で、こちらが世界地図です」
「エラギナって言うんだ。ここに皆が住んでるの?」
「大体そんな感じなのかな、魔王様は魔界で、テレシアちゃんはこのちょっと外れにある小さい村に住んでます」
王都エラギナ……大陸はおよそ等分に五つに分かれている。その大陸と比較する限りかなりデカいな。
長方形の都。端に鎮座する城から伸びるように国が形成されてる。
反対側の端には……神殿か、これ。こんなデカい神殿だったのか、あいつの神殿て…………
「あ、そうだ、ビールとか……あとワインと、この前話した米の酒ね」
「ああ、ありがとうございますー! 私も葡萄酒と妖精酒と、こちらに無さそうな食べ物を持ってきてみました」
葡萄酒とワインって同じ物なんだな、似て非なる物だと思ってた。
フィーメさんが持ってきてくれた物の方が色が綺麗だ。透明感のある赤い宝石のような色で、アルコールも強い。
妖精酒と呼ばれた物は、透明感のある薄い緑の酒。
なんか……なんだろ、液体の表面が虹色にテカってるというか……変な膜が張ってるな……
「とりあえず飲みながら話そうよ。葡萄酒頂いていい?」
「あ、どうぞ遠慮なく。私はお米の酒を頂きます」
お互いに持ち寄った酒を交換するように乾杯。
異世界の葡萄酒は…………甘い。コク深く甘い。
これは美味しいな。見た目も綺麗でお洒落だ。
フィーメさんの方は……ダメそうだな。
「この葡萄酒凄いな……。下世話な話、高いんじゃないの? これ」
「こほっ……そこまで高くはないですよ? アフォンソという葡萄酒でして、醸造の途中で白葡萄の蒸溜酒を混ぜるのが特徴なんです」
「へぇ、こういう甘いの好きなんだよな」
「このお米のお洒は……独特ですね……」
「……俺も……あんまり……」
「ははは……なんか、すみません……」
「大丈夫、大家さんが飲むから」
地図を眺めながらの飲み会は思いの外盛り上がった。
異世界の国や文化、種族や歴史……
変な話、女神の妙な異世界プレゼンよりも異世界を深く感じる。
それに、女神は思ってたよりちゃんと女神をやってるらしい。
「魔界ってどんな感じなの?」
「魔界は魔族が住む……なんと言ったらいいか……魔族以外には過酷ですが、魔族には快適な土地なんです」
「地続きなんだ……勝手に別の世界を想像してた。ヤバい場所って訳じゃないの?」
「はい、住むには過酷ってだけで観光とかは普通にできますよ? 青い太陽を見に行くのが一番人気ですね」
「太陽青いの?」
「魔界の太陽は青いんです」
「……太陽二つあんの?」
「え、ええ。こちらは一つなんですか?」
「一つだけど……」
お互いに「マジか……」という顔を提供し合った所で、ある事に気が付いた。
「これ……この世界って左右対称なんだな」
王都エラギナの丁度中心から鏡に映したように左右対称になってる。
「女神様によると、最初に創った世界を写しとって繋げたそうです」
「…………女神って凄いんだな……」
「魔王様と共同で成したそうですよ」
「魔王と?」
「女神様と魔王様は同じ存在なんです。同じ存在の別の存在というか……私達も深く理解できないんですが……」
「なんか、分かるようで分からないような……」
俺ら人間とは違う存在。それを思い知らされるような話。
なんだか、複雑な気分だな。存在が遠く離れていった気がする。
余計な懸念や不安を無視するように新たな話題を始めようとフィーメさんを見た時だった。
……凄い勢いでビールを飲んでる…………大丈夫かな……
「美味しいですね! こっちの麦芽酒!」
「……ああ、ハクタクビールの一番オーソドックスなヤツだから」
ビール飲んでるんだよな? なんか、真っ赤な顏して真夏に麦茶飲むような勢いで飲んでるけど本当に大丈夫かな……
髪も目も赤いから首から上が真っ赤だ。
「あ! なりたさんも!」
「俺はビールはあんまり……」
「妖精酒飲んで下さい!」
「……それ……さ、どんな酒なの? 表面になんか薄い膜みたいなのが張ってるけど」
俺の質問に答える事無く、フィーメさんはコップ一杯に妖精酒を注いでいる。
「はいどうぞ!」
「フィーメさんこれ、どんな酒?」
「妖精酒ですよ、よーせいす!」
……怖ぇな……
せめて何でできてるか知りたいんだけど……
「何酒? 素材というか……」
「妖精のお酒です! 飲んで下さいよ美味しいんですからぁ‼」
「わかったわかった、飲むよ…………うわなんか……」
ハチミツみたいな甘味と、溶けたプラスチックみたいな臭いがする……
しかも胃が熱い。
「ごめん、これ苦手だわ……」
「いいですよ、別に。私はもうなんか……もう……んーー……」
四つん這いのまま迫ってきたフィーメさんは座ってる俺にサイか鹿が突撃するように縋りついてきた。
この人、アレだな……酔うと面倒くさいタイプの人だな。
「フィーメさん、水。一回水飲もうよ」
「ふん……ふ……なりた!」
「……なあに?」
「ひざまくら! 膝枕してあげますから!」
「いいよ。完全に悪酔いが始まってるな」
フィーメさんはごろんと横になり、俺の足に頭を乗せた。
お前がされる側なのか。こりゃあ泊ってくパターンかな、女神は魔王と温泉に行くとか言ってたし。
「フィーメさん、布団で寝よ。風邪引いちゃうから」
「……なんですか、体目当ての犯行ですか?」
「馬鹿な事言ってないで。ほら一回起きて」
「私の方が年上なんですからね‼」
「フィーメさんの年齢なんか知らねえもん」
「三十二!」
「知らねえからな、フィーメさんが勝手に暴露したんだからな」
ストレス溜まってんのかな。まぁ、公務員だもんな。
「……そういう顔するんだー……三十路で……恋愛経験もなくて……うだつの上がらない公務員で……お家と城を往復する人生の女だからって……」
「聞こえなかった聞こえなかった。ほら、立って」
「……んふ…………ぅ……まくら……」
フラフラと立ち上がったかと思うと、自力で異界への扉へ入っていった。
大丈夫かな。
……あ、地図忘れてった。
すげぇな。王都の地図には細かい建築物も載ってる。ギルド……ギルド……あった。城の敷地にあるんだ。
…………この、国を縁取るようにある緑色のは全部葡萄畑か! 名産かな?
残された地図で一人異世界探索をしていると、枕を抱えたフィーメさんが戻ってきた。
「え……何してんの?」
答える事なく枕を布団の横に落として布団に倒れ込んだ。
俺の枕使うならなんで自分の枕を持ってきたのか……
「なりた! もう寝なさい!」
「……いや……寝るけど……。向こうに戻ったんだから向こうで寝たらいいだろ、なんで戻ってきたの?」
「……ぐふ…………」
「ぐふ、じゃなくて。フィーメさん?」
「なりた! 寝なさい!」
「そこで寝るのはいいけど絶対に吐くなよな」
半ば意識不明のフィーメさんに布団を掛けると、せっかく掛けた布団を押しのけるように横向きになり、掛布団を抱き枕のようにして急に眠った。
…………
「……フィーメさーん?」
……寝たな。
ちょっと、ちょっとだけ覗いてみるかな。女神は温泉行くって言ってたし、フィーメさんはこの有様だし覗くなら今しかねえんじゃないか? フィーメさんが帰れなくなっちゃうから間違えて閉めちゃわないようにしないとな。
見慣れた宇宙のような景色が広がる扉の向こう、そこへ意を決して頭を突っ込んでみると——
そこは四畳半くらいの部屋だった。中央に置かれた机には酒の瓶や空き缶、食べかけのお菓子や使い終わったコップ達……ベッドの上には脱ぎ散らかされた服……
俺は、何も見なかった事にして、頭を異世界から帰した。
異世界ではなく何か生々しい物を見てしまった……まぁ、あんなもんだよな、一人暮らしって。
とりあえず俺も寝るか、そう思って振り返った先で——
「うわっ!!」
フィーメさんが起き上がっていた。布団に座ったまま虚ろな目でボーっとしている。
「……私……なりたさんの冒険が始まっ……で、帰ったら就職……仕事変える……」
「……上手く……いくといいな……」
勿体ない、せっかく公務員なんだから。
そんな言葉が言えなかった。他人から見て真っ当な道が本人の歩きやすい道とは限らない。歩いていて楽しいかまで考えたらなおの事だ。俺みたいに日の当たる道より逃げ道の方が安心して歩ける奴だっている。
自分を変えようとしている人に、偉そうに言える事なんて他人には無い。
しばらくぼーっとしてたフィーメさんは再びバッタリと布団に沈み、今度は朝まで起きる事はなかった。




