Another path 少女 3
なりたさんの魂が入ったカンテラをスカートのベルトに通して、拳銃を扉の鍵に向けた。
……外したらもう出られないかもしれない。でも押し付けて撃つのも怖い。
黒い人より硬そうだし。
だが、引き金を引く前に扉は引き剥がされるように開いた。
入ってきたのは、更に大きく歪な形になった黒い人だった。
…………なりたさん……必ず連れて帰る。
……邪魔ばっかりしないで!
「大方、他の仲間を食べてたんでしょ! 邪魔しないで下さい! あなた達と一緒に留まるつもりなんてない!」
扉はあの化け物が引き剥がしてくれた。
上手く周り込めばここから出られる。
怪物を誘導するように逃げ回るも、怪物は以外に機敏ですり抜けるのは無理そう。
木を中心にして怪物と場所を入れ替えるように周り込もうとした、その時だった。
空のカンテラに足を取られて、石畳に膝と手をついた。
顔を上げると、怪物が出口を塞ぐように立っている。
……もう、ダメ……
諦めかけたその瞬間、中庭が白く染まった。
光の人だった。
光の人が強く優しく光を放っている。
怪物が大きくのけ反るように怯んでる。
今しかない。
折れた杖を両手で握り直して、思い切り怪物の体に突き立てた。
怪物が悶えるように身を捩る。
その時、左の上半身の胸の辺りが、ぼんやりと光っているのが見えた。
光の正体を確認しようとしたけど、怪物の薙ぎ払った腕がそれを邪魔した。
弾かれて、石畳に叩きつけられた私の体は呼吸を止めてしまった。
朦朧とする視界の中、光の人が私の前に立っている。
怪物に向かって、私を庇うように。
「……ダメ……」
立ち上がれない体を無理矢理立ち上げて怪物を見ると、光の人をゆっくりと捕まえていた。
震える足を無理矢理動かして、走った。
杖は怪物の体に刺さったまま。その杖を足場に、黒い体によじ登った。
温度のない体、その左の上半身の光に銃口を押し当てて……
……最後の一発。
乾いた音と弾が何か硬い物に当たる音が中庭に響いた。
左の上半身が激しく痙攣し、そこから光を帯びたカンテラが、そしてカンテラに入っていたであろう弱々しく瞬く小さな魂が弾き出された。
あれは……怪物の魂?
その時、空間が割れるように何かが現れた。
巨大な眼球がいくつも連なった、首飾りのような存在が不規則に回りながら宙に浮いている。
それが弾き出された魂を見た瞬間、全ての眼球を一斉に怪物へ向けた。
怪物が後退りして逃げようとしている。
だが、地面から現れた無数の白い手がそれを許さず、怪物の体を掴んで地面へ引きずり込んでいった。
悲鳴とも呻きとも分からない音が遠くなって、怪物は跡形もなく消えた。
眼球のネックレスは怪物の魂を静かに回収すると、来た時と同じように空間に溶けて消えてしまった。
全てを終えた気がしてその場にへたり込んだ。
膝も手も情けないほど震えてる…
カンテラをぎゅっと胸に抱いたまま、しばらく動けずにいると、そっと誰かの手が私の頭に触れた。
見上げると、光の人が怪我もなくただ静かに私の隣に立っていた。
温かかい。
光の温度じゃない。
もっと別の温かさ。
「テレシア……よく頑張ったわね……」
聞いた事のある声……
「……あなたは……誰……?」
光の人の輪郭が、一瞬だけ揺れた。
そこに、私が知っている顔があった。
「お母……さん……」
声も涙も出なかった。ただ、その温かさに縋るように抱きついた。
写真の中でしか知らなかったお母さんは、私をしっかりと抱き締め返してくれた。
しばらくして、お母さんは静かに言った。
「城の主がいなくなったから、今なら門が開くわ」
「うん……」
「テレシア、一つだけ教えておかないといけない事があるの」
お母さんの声は穏やかだった。
怖がらせないように、でもちゃんと届くように。
「あなたはね、生まれた時から不思議な力があるの。魔力を中和して分解する力を持って生まれてきたの」
「……魔力を……?」
「無意識に使ってるから自分では気づいてなかったと思う。でも、それがマリアへの回復魔法を分解してしまってるの。女神様の魔法も、ヒーラーの魔法も、あなたの近くでは効きにくくなってしまう……」
胸が痛かった。ずっと治らなかった姉の病気、 女神様が首を傾げていた理由。
それは私だった……
「お姉さんを……治すには……」
「あなたが離れた場所で、ちゃんとした治療を受けさせてあげて。あなたが離れていれば、魔法は届くから」
「……うん……絶対に……そうする」
「約束よ」
「約束……うん……」
もう一度、お母さんが強く抱き締めてくれた。
「大切な人が待ってるんだから、行きなさい」
「…………」
「テレシア、必ずまた会える。これは嘘や慰めなんかじゃなく、約束よ」
「…………」
「私もお父さんも、いつだってあなたを待ってるわ。だから、今はやるべき事をやるの」
「……うん……」
光の人に戻っていく温もりを、最後まで感じていた。
光の人……母さんはゆっくりと中庭の木に溶けるように消えていった。
城の門は、開いている。
なりたさんの魂の入ったカンテラをしっかりと抱えて、女神様と別れた場所まで歩き出した。
私を信じてくれた女神様、私を守って送り出してくれた母、私を待ってるなりたさん……その全てに応えたいから。
体が重い……
…………体が痛い……
………………もっと……話せばよかった…
女神様と異世界に行った事……姉の体調が少し良くなった事……神殿で働くようになった事……なりたさんの事…………
そうだ…………姉さんにも……治るって伝えないと…………
………………
…………やっと……見えてきた…………
扉は開いてる……もし……ダメだったら…………扉の中に…………なりたさんの魂を投げ入れたら……誰かが…………
…………あと……少し……あと…………少し……
…………やっ……た……
倒れ込むように扉をくぐると、見慣れた神殿の前に出た。
……起き上がれない私を、魔王様が見下ろしてる。
「……魔王様……あの…………これ……神殿に……」
「…………」
魔王様は、なりたさんの魂を私のお腹に置いて私を抱き上げた。
そのまま神殿の中の入った事が無い部屋に運ばれる。
屋内なのに、まるで真昼のように明るい五角形の部屋。流れる水が部屋を縁取ってる。
中央には水が溜まった台座がある。
その前に私は降ろされた。
「この台座よ。それを開けて台座に置きなさい」
「魔王様……これを……」
「…………」
魔王様は私を見下ろしたまま、なりたさんの魂を受け取ってくれない。
「……魔王様……」
「…………」
……私が……みんなに応えるって決めた……
先にカンテラを開けて、落とさないように……崩れ落ちないように……片足づつ、しっかりと……
台座に置いた後なら、そのまま倒れてもいい。
なりたさんの魂をカンテラごと台座の水の中に入れると、魂は水に解けるように消えた。
……終わった。
……あとは……女神様がなりたさんを連れてきてくれるのを……
台座にもたれるように倒れる私を抱き上げて、どこかへ運んでくれる魔王様の顔を見上げながら、私は意識を手放した。
Another path END




