Another path 少女 2
城の門は、私が近づくのを待っていたかのように重々しく口を開けている。
一歩、また一歩と石畳を踏みしめて巨大な鉄の門をくぐり抜けたその直後だった。
背後で逃げ道を断つような轟音が響いた。
振り返ると巨大な鉄の門が固く閉ざされていて、内側から押しても引いても、びくともしない。
「そんな……」
どこか別の帰り道を探すしかない……
得体の知れない城に取り残された静寂を破るように、城の中から扉を開けて何かが出てきた。
あの黒い人だ。
マネキンのような、表情も体温もない漆黒の輪郭。
それが一人、私に縋り付こうとするかのようにヨタヨタと迫ってくる。
「こないでください……!」
使い方も狙い方もわからない拳銃を向けて叫んでも、止まってはくれない。
ただ、もうこれしか頼れる物がない。
引き金にかけた指が強張る。
思い切り引き絞ると、予想以上の衝撃が腕を突き抜けた。
乾いた銃声が一発。
掌が破裂したような感覚がする。
弾丸は黒い人の頭上を大きく逸れ、背後の石壁を虚しく砕いた。
黒い人は怯みもしないどころか、その音に反応したかのように歩みを速める。
二発目。
力一杯両手で引き金を引き絞りるも、弾丸は地面を抉った。
湿っぽい土が舞い上がるが、黒い人を止めることはできない。
黒い人の手が私の喉元に届きそうになったその瞬間。
半ばパニックになりながら、銃口を目の前の胸元に押し付けるようにして、三度目の引き金を引いた。
放たれた三発目が、黒い人の胸を貫いた。
その瞬間、黒い人の体がブルブルと異様に震えだし、叫び声とも空気が漏れる音ともつかない奇怪な音を立てながら、膝から崩れ落ちていく。
「あ……」
黒い人の体は急速に形を失っていった。
熱に当てられた蝋細工のようにドロドロとした黒い液体へと変わり、苦悶にのたうち回りながら石畳へと溶け込んで消えていく。
まるで夢か幻のように、あとには何も残らなかった。
震える手で拳銃を抱きしめた。
光でできた木……なりたさんの魂を見つけなきゃいけない。
一人でも、なりたさんの魂を見つけ出すって決めたんだから。
顔を上げて城の奥へと続く暗い廊下を見据えると、得体の知れない恐怖に睨み返されたような気がする。
巨大な鉄の門を背に、静まり返った城内へと足を踏み入れた。
外の荒涼とした景色とは打って変って、城の中は驚くほどに整えられてる。
磨き上げられた大理石の床、汚れ一つない壁面。けれど、そこには生活の匂いがまったくない。
長い間、誰もいないけど掃除はされている、そんな異質な清潔さが不気味。
長い廊下の入口まで進んだ時、私は息を呑んで足を止めた。
そこにいたのは、さっきまでの黒い人よりも一回り大きな黒い人だった。
弾はもう二発しかない……見つかったらもうダメかもしれない……
咄嗟に、窓際に掛かっていた厚手のカーテンに身を隠した。
心臓の音が体の外にまで聞こえてる気がする。
隙間からそっと様子を伺うと、信じられない光景が目に飛び込んできた。
大きな黒い人が、近くにいた別の黒い人を……まるで泥を啜るように自らの中へと引きずり込み、飲み込んでしまった。
飲み込むたびにその体躯はより大きく、より禍々しく膨れ上がっていく。
嵐が過ぎ去るのを待つように、指が白くなるほど拳銃を握りしめてその怪物が去るのを待った。
足音が遠のいて静寂が戻った隙を見て、近くの部屋へと滑り込む。
一刻も早く身を隠したいから、部屋を選ぶ余裕なんてない。
そこには、四方の壁を埋め尽くす膨大な蔵書が。
書斎……いや、図書館?
上を見上げると、高い天井近くまで届く本棚の二階、そこにある壁に真鍮の輝きを放つ鍵束が吊るされているのが見える。
あれがあれば道は増えるし、黒い人を閉じ込められるかもしれない。
壁に掛けられた古びた梯子を、一段ずつ音が鳴らないように慎重に登る。
いつあの怪物が戻ってくるかわからない。
本棚の陰に身を潜めるようにして息を殺し、ようやくその鍵束を手に入れた。
急いで梯子を降り、書斎を後にしようとした、その時だった。
背後から伸びてきた温度のない黒い手が、私の細い腕を力任せに掴んだ。
「みんなまってるよ」
振り返る余裕なんてなかった。至近距離に迫る、あの大きな黒い人。
叫び声を飲み込みながら押し付けるように拳銃を突き出して引き金を引くと、衝撃と湿った破裂音と共に黒い人が大きくのけ反り、手が離れた。
さっきまでの黒い人なら、これで溶けて消えてたはず。
けど、この怪物は違った。
膝をついて、不気味に全身を震わせながら耐えてる。死んでない。
その時、膝をつく大きな黒い人の背後から別の黒い人が近づいてくるのが見えた。
だが、大きな黒い人はその腕を伸ばし、同胞を掴んで飲み込んだ。
「え、あ……ウソ……」
目の前で、怪物の姿が歪んでいく。
飲み込んだ個体の名残か、その腰のあたりからもう一つの上半身が這い出すように生え、二つの頭、四つの腕を持つ醜悪な姿へと変貌を遂げた。
立ち上がる怪物。
もう弾は一発しかないのに、構ってられない。
本能的な恐怖に突き動かされ、廊下を全力で駆け出した。
背後からはドタドタと重い不規則な足音が追いかけてくる。
走りながら、手の中の鍵束を必死に確認した。
どれも同じような鍵だけど、その中に一つだけ見覚えのある紋章が刻まれた鍵がある。
たしかこの紋章……
廊下に鍵と同じ紋章が彫られた重厚な扉がある。さっきカーテンに隠れた時に見たのを覚えてる。
震える手で鍵を差し込み、回すと期待通り開いてくれた。
滑り込むように中へ入って、内側から鍵をかけた。
……引き抜いた鍵の先端がない。
ガタガタと扉が激しく揺れる音がしたけど、すぐに止まった。
荒い呼吸を整えながら前を向くと、そこには月光に照らされた、静謐な中庭が……そして何より……
「…光でできた……木…あった! 見つけた‼」
綺麗……
まるで弦のない竪琴のような形の、白く暖かい光の木。キラキラと光の粒子が舞っている。
触れてみると、人肌のように暖かい。まるで大好きな人に触れてるみたい。
……流石にこの木を持って帰るのは無理だよね……
そうなると……近くには何も落ちてないし……
「……あ…!」
木の上の方から伸びる枝に何かがぶら下がっている。
よく見ると、木に実る果実のように沢山ある。
木登りなんてした事ないけど……
まっ直ぐな木じゃなくて助かった。
必死に木を登り、木にぶら下がる何かを確認すると、それは小さい光の玉が入った四角いカンテラのような物だった。
そこかしこの枝や瘤にぶら下がってる。
…………わかる。
見た目は全部同じだけどわかる。
不思議な感覚だけど、人の顔を見るような感覚。
ここから見える中には、なりたさんの魂はない。
もしかして、光の木は一本じゃないの?
ゆっくりとずり落ちるようにして降りて、光の木の周りを一周するようにして見上げても、なりたさんの魂はない。
どうしよう……
…………疲れた……
光の木に寄りかかるように座ると、いくらか冷静になれた気がした。
視界の端に何かが光ってる。
…………疲労に下げられた頭を上げてそちらを見ると……カンテラが落ちてる……
…………もう……なりたさん……
寝起きのなりたさんのようにフラフラと立ち上がり、カンテラを拾い上げると、慣れた暖かさを感じた。
間違いない。
…………ふと、なりたさんの魂が落ちていた場所の少し奥を見ると、中身の無いカンテラがいくつも転がっている。
しかも……その空のカンテラには黒い何かがこびりついている。
その黒い何かは地面に点々と続き、中庭の出口に続いている。
他の空のカンテラも一様に同じ。
反射的になりたさんの魂を抱き締めた。
もし、ここに来たのがもっと遅かったら……
考えちゃダメ。まだ終わってないんだから。
これを神殿に届けなきゃ。
……まだ、弾は一発ある。
一回外に出て城壁を辿るように周れば、門以外にも出口があるかもしれない。




