Another path 少女
「あら……こんな所まで……。きっと会いに来たのね」
あの世の分かれ道で立ち止まる女神様はちょっと考えるような仕草で呟いた。
その姿や声色はなりたさんと一緒にいる時の女神様じゃなくて、見慣れたいつもの女神様だった。
「女神様?」
「流石に手が足りないわね」
「私にできる事はありますか?」
「魂が必要ね。なりたを第六生界へ連れて行くにしても魂がないとただの肉体だわ」
「なりたさんの魂……ここにあるんでしょうか?」
「ええ。……そうね、手分けしましょうか。光でできた大きな木を探して欲しいの」
「光でできた木、ですか?」
「詳しく説明してる時間はないから見つけてもらう事になるけど、できる?」
「……頑張ります!」
「カベルをここに出しておくから、魂を見つけたらそのまま私の神殿で待ってて。私はなりたが突飛な事をしないように引き止めておくから、なるべく急いでね? ほら、なりたって臆病な癖によくない方向へは思い切りがいいから」
女神様とは別々の道。
怖くはない。不安なだけ。
ここが見知らぬ場所だからでも死後の世界が怖いからでもない。
私になりたさんの魂を見つけられるかどうかが不安。
でも、やるしかない。
岩山のような、まばらに草が茂る道を早足で歩き続けると、道に沿うように小さな小屋が建っていた。明かりも点いている。
女神様が詳しく説明する時間がない、と説明を省いたその信頼を裏切る訳にはいかない。
小屋の扉をノックすると、少しして真っ黒な人が出てきた。
マネキンを真っ黒に塗ったようなその人は私を見下ろして首を傾げた。
「あの……」
「疲れたでしょう、中に入りなさい」
「え? ……すみません、急いでるんです。光でできた木を知りませんか?」
「お茶でいいですか?」
「あの、お気遣いなく。光でできた木を探してるんです」
「キッチンにあったかな」
「……そうですか。失礼します」
あまりいい人? ではなさそう。
急いで話を切り上げて小屋から離れ、振り返ると小屋の前からまだこちらを見ている。
簡単に見つかるだなんて思ってない。
景色があまり変わらない道を歩き続けていると足音が増えている事に気づいた。
振り返ると、さっきの黒い人がついてきている。
軽く走ってから再び振り返ると、先程と同じような距離で付いてきている。
なぜ付いてくるのかを訊ねた所で、まともな答えは返ってこないか、そもそも会話が成立しないというのは目に見えてる。
このまま警戒しながら進むしかない。
所々に誰かがいた形跡がある。
朽ちかけた水筒や割と新しい肩掛け、折れた杖……。
そんなものから、ふと視線を前に戻すと黒い人が立っていた。
振り返ると、そこにも黒い人。
「二人……」
「ちょっと休もう」
「急いでるので……失礼します」
横をすり抜けようとした私の腕を黒い人が掴んできた。
温かくも冷たくもない、温度の無い手が気持ち悪い。
「ここにいよう」
「放して下さい!」
後ろからもう一人の黒い人がこっちに来る。
無我夢中で手を振り払うと黒い人は一瞬怯んだような動きをしたが、諦めてはくれない。
私は、自分で考えるよりも先に落ちている折れた杖を拾って、思い切り黒い人を突き刺した。
黒い人がブルブルと奇怪な動きをしながら膝をついた隙に横をすり抜けて全力で走った。
目的はわからない。とにかく私と一緒にいたいみたいだったけど……構ってる暇なんてない。
折れた杖を片手にどれ程走っただろうか、恐る恐る振り返ると黒い人はいなくなっていた。
道中に光でできた木は見当たらなかった。
ここから見えるのは元来た道と、遠くにある城のような建物、それから林。
……こんな時に勘を頼りにするつもりはないけど、情報もないので林から調べよう。
一応、木がある場所だし……それとも特別な木だからお城に?
さっきの黒い人の住処だったらどうしようもないから、やっぱり林からにしよう。
あんなのがいるなんて思ってなかった……
でも、ここは死後の世界。死後の世界が平和だなんて誰も言ってない。
沢山の人が歩いて出来上がったであろう道は徐々に雑な石畳に変わり、林の中のどこかへと続いている。
空は濁っているが暗くはないはずなのに、林の中は妙に暗い。
探せるのはこの石畳のが続く場所まで。迷う訳にはいかないから……。
折れた杖を握りしめながら進む暗い林は想像以上に早く、私の心を蝕んでいった。
些細な不安は大雑把な恐怖に変わり、ちょっとした物音や茂みの影にも警戒心が体を締め付ける。
ダメだとわかっていても、立ち止まってしまう。
一度芽生えた恐怖心はそう容易く見逃してくれる筈もなく、意志を汚していく。
それでも……行かなきゃ……。
そう思った時だった。
足元で進行方向に伸びる自分の影に気が付いた。
振り返ると――
「……あなたは……誰……?」
先ほどの黒い人とは真逆の、暖かい光の人が立っていた。
その光の人はゆっくりと私を追い越し、導くように振り向いた。
仲間である確証なんてない。でも、不思議と敵意悪意があるようには思えなかった。
私にもっと勇気があれば選択肢は多かった筈。
でも、今の私にはついていく事しかできなかった。
敵意悪意がない存在ってだけでもこんなにも心強い。
この光の人は怖くない。むしろ側にいて欲しい。
あなたは誰?
木々が減って、徐々に開けていく。やがて朽ちた石碑や木の杭がまばらに現れた。
そして――
「……墓地?」
長い事誰も立ち入っていないような墓地に辿り着いた。
こんなにも不気味な場所なのに、光の人は迷うことなく進んでいく。
そして、この朽ちかけた墓地の中でも異質な、綺麗な墓碑の前で立ち止まった。
墓碑の前には白い石棺が横たわっている。
光の人はゆっくりと振り返ると私を見つめながら石棺を指さした。
……中に入ってる物を想像すると、指さした意図を否定したくなる。
でも、きっと何かがある筈。
ひんやりとした石棺の蓋に手を掛けて押すと、拍子抜けする程に軽々と動き出し、半ば勝手に石棺が開いたような感覚だった。
中は……空っぽ……?
いや、何かある。これは……銃?
リボルバー……だっけ……弾も入ってる。けど、拳銃なんて使えない。
持ってるだけでも無いよりはマシ……なのかな?
向けるだけでも武器になるかな……
銃には「アキメナスー4U」と刻印されている。
「あの……これって……あれ?」
この不気味な墓地で私は一人になっていた。
見渡しても光でできた大きな木はない。こんな場所に光る物があれば嫌でも目に付く筈。
辺りを見回しても道はない。
来た道を一人で戻るしかないらしい。
使えもしない拳銃と折れた杖をしっかりと握り、引き返す暗い林。
もし、あの黒い人に襲われたらどうしよう。
この拳銃を向けたら逃げてくれるかな?
逃げてくれなかったら……
不安から逃げるようにやっとの事で元の場所に戻ると、そこには光の人が待っていた。
城を指差して私を見てる。
「……お城……あの、一緒に……来てくれますか……?」
光の人はゆっくり腕を下ろすと、静かに首を横に振った。
最初からそのつもりだったけど、やっぱり一人で行くしかない。
唇を噛み締め、手にした拳銃をお守りのように握り直した。




