days still continue 女神がきたりて 3
女神が突き付けた言葉は、声を出そうとした俺の喉を掴んで黙らせた。
「…………」
「自分勝手で、臆病で……何もわかってない」
何も言えなくなった俺に女神は続けた。
「自分でも分からなくなったんでしょう? 最初は気づいてた筈なのに、今みたいに自分に言い訳ばっかりして。今だけでいいから、弱い自分に守ってもらうのはやめて」
「…………」
「私は臆病で弱くて優しいあなたが好きなの。約束を守ってくれるあなたや、強いあなたなんて望んでない。ねぇなりた、何一つ上手くいかない私が嫌いだった? なりたを私の世界に連れていけない私に失望した?」
むしろ楽しかった。変わった日常がいつまでも続いて欲しかった。
気紛れに現れる女神も、女神が連れてくる異世界の住人も手放したくなくてどうしようもなかった。
それが真実だ。
「あなたは卑怯よ」
俺は、卑怯だ。
「あなたはただの怖がりよ」
俺は、怖がりだ。
「あなたの隣に、私はいるの」
「……ありがとう」
「ありがとう」
答えなんて目の前にある。その答えが見えないフリをしても目の前に差し出してくれている。
問題はシンプルで、俺がその答えを受け取るかどうかだ。
受け取ればいい。
今より、悪くなる事なんて無いんだ。
例え異世界に俺の望むような未来が無くても、女神はいる。何もできない俺を知ってる人達がいる。
…………ダメだ、踏み出せねぇ。
何がそんなに怖いのか自分でもわからない。
「お前の世界に……行きたい……」
「残念だけど、私に死者を転生させる能力はないの」
「……そっ……か……」
妙に安心した自分がいる。
このままだと地獄行きなのにな。こんな時でも俺は今に留まる事をやめられないらしい。
「神は人の信じる心で力が開花していくの。私が初めて得た力は、自らの姿を創る力」
「あの時の……」
「ええ。その後も沢山の力を得たの。でもね、死者転生の力は選ばなかったのよ。あなたたち人間とは違って生命や魂の循環を知っていたから、価値を感じなかったの。あなたも生きてる内に連れて行けばいいと思ってたんだから。それなのに勝手に死んじゃって……ここでいじけてるし……」
「最後の一言、必要か?」
「ねぇなりた、さっき私の世界に行けないってわかった時、安心したでしょう?」
「安心ってか……いや、なんか……してたな……」
「ダメ。それじゃダメなの。思い出して、私に願ったあの日の事を。何を思ったの?」
「退屈から逃げたかった。思うようにやりたい事やって、行きたい場所に行きたいと思ってたよ。子供だったし」
「歳は関係ない。その時、あなたは自分のできる事を望んだの。今みたいにまだ起きてもいない未来や、もう終わった過去を恐れていなかったから、あなたは私を信じられたのよ」
女神はそっと俺の手をとり、まっすぐ俺を見つめた。
「この手が私に触れた時、あなたは自分を信じてた。だから私はあなたを信じる事ができた。もう、答えは出たでしょう?」
それが女神の導き出した答えと同じかどうかはわからない。
でも、ある答えが俺の頭を掴み、逃げる事も目を逸らす事も許さない。
俺は、自分を信用できない。
何をするにも、自分が何もできないかもしれない、上手くできないかもしれない、望んだ通りにできないかもしれない……そんな自分で作り上げた不安が側にいた。
だから……最初から何もしなければいい、なんて幼稚な自己防衛に徹していた。いや、必死に縋っていた。
ガキの我が儘と臆病者の選択。
それが今の俺なんだ。
だから、こんなにもシンプルで優しい世界に怯えてる。
女神が長い事現れなかった事も、望んだ未来が訪れなかった事も関係ない。
全ては俺から始まってる。
……そろそろ……いい加減にしないと……
今、動き出さなければ全てを失う気がする。
「……なぁ女神。俺の事、好きか?」
「ずーっと」
「俺もだ」
……鼓動を感じた。
ここにきてから、いや……ずっと意識すらしていなかった心臓が急に動き出したような感覚だった。
「……いいタイミングね、テレシアちゃん」
「テレシアちゃんも来てるの?」
「ええ。今は私の世界に戻ってるわ。活躍してくれたのよ?」
「後でお礼しないとな」
「ええ、そうね。……さぁなりた、私の世界に来て?」
「おう、行こう」
その刹那、女神の体が柔らかな光を発して俺を照らした。
淀んだ空に一筋の光が差し、俺のすぐ近くをスポットライトのように照らしている。
そこへ向かって女神が手をかざすと、白く輝くガラスの破片のような物が巻き上がり、何かを形成していく。
現れたのは黄金の輝きを放つ装飾の施された真っ白な階段と、その先にある見慣れた異界への扉だった。
扉は既に開いている。
行くしかないから行くんじゃない。
裁きを受け入れる事もできる。
ここに留まる事もできる。
駅から抜け出して当て所なくさまよう事もできる。
だが、俺が選んだのはこの先なんだ。
先に階段を数歩登って振り返る女神。
差し出された、女神の白く温かい手。
「悪ぃ、下ろしてくれ」
「行かないの?」
「いや……自分で行く」
真っ白な階段をしっかりと踏みしめ、ゆっくりと登る。
見守る女神を追い越して扉の前に立つと、向こうで待ってる仲間達や未来の気配を感じる。
その時だった。
背後から感じる柔らかな女神の匂いと共に、未来へ向かって立つ俺の両膝の後ろに押すような軽い衝撃が。
前のめりに、土下座のような姿勢で扉の向こうへ崩れ落ちる俺。
「んおぁっ?」
女神がきたりて
新たな世界へ……
女神がきたりて end
生というものはどうも不可逆ではないらしい
残酷の定義は六等星の存在を認めるか否かによって変わる
主観というものは決して曖昧ではなく、選択の瞬間に訪れる己なのである




