day 35 ありがとう
綺麗な家だよな。
俺が住んでるこのアパートの一室はかなり古いはずだが、今までにない程に整然と片付けられて花まで飾られてると、それなりに綺麗な家に見える。
女神やテレシアちゃんと……いや、女神とテレシアちゃんが片付けてくれたお陰なんだけど。
おまけに食生活も整ってきた。
不思議なもんだよな、俺自身は何もしてないし何も変わってない筈なんだけど。
誰かの人生に触れただけでこうも簡単に変わっていく。
今までの俺だったら、とっくに元の散らかった家に戻ってるだろうな。
……まぁいいや、買い物行こ。
痛み止め買わねえと。
雑な支度で出た町は既に夕方を迎える準備に差し掛かり、学生達も家路についていた。
太陽を追いかけて咲いていたであろう、花屋の店先の花も心なしか一日をやり遂げた雰囲気で並んでいるように見える。
のらりくらりと辿り着いたスーパーで、独り者なのに家で待つ誰かの為のお菓子と夕飯の材料を適当に見繕い、薬コーナーに行くと既に薬剤師はいなかった。
一番強い痛み止めがよかったんだけどな。
まぁ、いっか。
用もないのに、併設されてる100円ショップに寄ってから家路につくと、来る時にも気になった花屋の店先に売られている白い花が目についた。
小さく筒状に丸みを帯びた花弁が円を描くように並び、幾重にも重なってドームを作っている真っ白な花。
真ん中辺りが、わずかに淡い黄色を滲ませている。
…………俺みたいなのがやる事じゃないな。流石に恥ずかしいし。
アパートの階段を登り切った辺りで、俺の部屋に灯りが点くのが見えた。
「ただいまー」
家にいたのは思った通り、女神だった。
「あ、おかえり!」
「……これやるよ」
人生で初めて一人で買った花束。
花束ってか、赤と黄色のリボンが巻かれた小さな網籠に五本の白いダリアが飾られた物。
別料金だったけど、なんとなくこれにした。
……リボンの色も俺が選んだ。
「……ぷっ……ふふっ! ありがとう、綺麗なお花ね」
「ダリアって名前なんだってさ」
本当に嬉しそうなのは嬉しそうなんだけど、何がツボに入ったのかずっと笑ってやがる。
そりゃあ、柄にもない事したよ。飯でも奢る方が俺には合ってるだろうよ。
でもな、女性に対する真面目で真摯な感謝ってのが思い浮かばなかったんだよ!
それに、この花……なんかこう……いや、やめとこう。
これは俺の心に伏せておこう。言ったら確実に爆笑される。
「でも、急にどうしたの?」
「……買ったんだよ」
「…………ふふふっ!」
あー、ちょっと後悔。
喜んでるから別にいいんだけど。
これ、今後ずーっとこの事でイジられそうだな。
「そんなに面白いかね」
「だって、なりたがこんなキザな事するんだもん。お花屋さんの前で勇気出してるなりたを想像したら……ふふ……!」
「…………」
「ねえ、この花はなりたが好きな花?」
「いや、初めて見る花」
「どうしてこの花を選んだの?」
なんとなくお前っぽいからだよ……
「なんとなくだよ……」
「……なんとなく、私に似てる?」
なんだこいつ……妙に感が鋭いな……
まさか、よくわからん魔法で心を読んでるんじゃないだろうな。
買った物をしまいながら横目で女神を見ると、女神の笑いは微笑みに変わっていた。
「…………。あ、そういえば皆は忙しそう? 呼べない? テレシアちゃんとかフィーメさんとか」
「どうかしら? 呼んでみる?」
「でっかいケーキ買ってきたからさ、呼べるだけ呼んで。……俺の知ってるやつだけな?」
「わ、わかってるわよ?」
「あと、ついでにその花は神殿かどっかに置いてこいよ」
「持ってちゃダメ?」
「……俺に貰ったとか言うなよな」
一人では食べ切れないであろう、大きなホールケーキを二つ買ってきた。
シンプルなショートケーキが一つと、どうせなら異世界には無さそうな物をと抹茶のケーキを一つ。
スーパーの中にある小さいケーキ屋のやつだけど、中々美味いんだよな。
……これ、誰一人来なかったらどうするか……
そこまで長くとっておけないし、女神と二人で合計一ホール?
……あ、いいや、テレシアちゃんとマリアさんに食べさせれば。
そんな心配を打ち消すかのように、異界への扉から最初に現れたのは魔王オルフレヴネだった。
「ケーキ?」
「え? うん」
「誕生日なの?」
「いや、単純に皆で食おうと思って」
「何かあったの? シャロムに花まで贈っちゃって」
「……は?」
「最初、ハイテンションで何言ってるか分からなかったわよ。なりたが花くれてケーキだからなんとかって」
……あの女神、殴りてえ。
続けて現れる、血の気のない顔のフィーメさんはケーキどころではないように見える。
「……あ、フィーメさん……ケーキ食べられます?」
「……ケーキ、食べます……」
「大丈夫ですか?」
「……うん……二徹後なんで……甘いの食べたい……」
「お、おお……お疲れ様……」
一刻も早く寝た方がいい気がするけど……役に立ったなら何よりだな。
その後も続々と現れる異世界の住人達。
なんだかんだで世話になった人も、俺が不快にしたかもしれない人も全員が集まった。
これが女神の人望だけではなく、俺の声に応えてくれたのだと信じたい。
姉妹で並んで紅茶を淹れてくれているテレシアちゃんも
リンゴに似た果物を持ってきてくれたレカさんも
抹茶の粉をいやらしい薬なのではないかと疑うトーラさんも
手伝える事を探してあたふたするメギも
自分は少しでいいと遠慮するロードさんも
真っ黒なドレスに真っ黒な角が生えた長い黒髪の知らない女性も
ケーキを女神への捧げ物だとして祈りを捧げるハレルも
白い花を抱える女神も
同じ時の中で、世界を超えて俺の人生を変えた人達だ。
それが感謝していい事なのかは分からないが、応えられないのならせめて感謝とお礼だけはしたい。
……もし、俺がもっと心の強いまともな人間なら異世界に行ってたんだろうな。
ごめんな、こんな人間で。
「俺、こういうの苦手だから誰かケーキ切って」
誰も動き出さない中、女神が真っ黒なドレスの女性に包丁を渡した。
「シェムー、こういうの得意でしょ?」
シェムー?
シェムー……シェムー……聞いたことある名前だぞ?
……あ……思い出した。
「お前、ドラゴンか……」
「あ、はい。この姿でお会いするのは初めてでしたね。ドラゴンのシェムーです」
……デカい。
シンプルにデカい。
魔王は推測で185か6cmくらいありそうだが、それよりデカい。
そんなシェムーさんが器用にケーキを切り分けていく。
ショートケーキの断面から覗くイチゴやみかん、抹茶ケーキから垂れる黒蜜、飲み慣れた温かい紅茶、どれも集まった者達の目を輝かせている。
各々の希望通りのケーキを配り、みんなで頂きますの挨拶と共に始まる小さな感謝祭は真夜中まで続いた。
結局、みんなが持ち寄ってくれた料理で夕飯を済ませるという本末転倒な事になってしまった。
こりゃあ、またお礼しないとな。




