day 34 聖女
朝早くの町内清掃から帰り、昼過ぎくらいまで寝るかと横になろうとした時だった。今では家鳴りくらいにしか感じなくなった異界への扉が現れた。
朝に起きるという慣れない文化で疲れ切っていたので、扉が開く前に布団を被り、寝たフリで女神をやり過ごす事にした。
足音は二つ。
テレシアちゃんかな?
音で情報を探っていると、いつもと雰囲気の違う声色の女神が声をかけてきた。
「なりた君、起きて」
…………なりた……君?
なんか気持ち悪いな。起きたくないけど今までにない展開に、女神の狙いが気になる。
「なりた君、もう朝よ? 起きて?」
なーにがなりた君だよ、そんなお淑やかな感じじゃないだろお前は。
仕方ねぇな……一回起きて、しょうもない作戦だったら無視して寝よ。
「……ああ、女神か……何?」
寝起きを装って起き上がると俺を見下ろしていたのは二人。
露骨な作り笑いの女神と、その隣に立つふわっとした長い癖毛が目を引く銀髪のシスターっぽい人が立っていた。
黒い帯状の目隠しをつけてるけど……俺の事が見えてるのかな、俺の軽い会釈に反応した。
女神は普段の有様から考えられない優雅な所作で気色の悪い挨拶をした。
「御機嫌よう、なりた君」
「……うん……」
この……女神のこの感じは一体いつまで続くんだろ。
似合わねえな。それに無性に腹が立つ。
「…………」
「…………」
なんだよ、これ。
お前からアホみたいな挨拶してきて黙るなよ。
妙な態度をとる女神の様子を探っていると、シスターが俺の前に両膝をついて座った。
おお、近くで見るとよくわかる。貼り付けたような笑顔ってやつか。
「私はシャロム聖祷会の大聖女、ハレル……ハレル・ニオイズルです。あなたが、なりたさんですね?」
なんなんだ、その内容は知らなくても不要だってわかる会は。
「そうですけど。女神の聖女?」
「あらあら、信仰心が足りないのね」
「足りないってか……信仰はしてないです」
「あ?」
「えっ」
「さあ、女神……様! にご挨拶を」
様、を妙に強調したところを見ると、女神に様をつけろって事か。
信仰心が足りないってそのことを言ってたのか。
「……俺が? 俺の部屋にきた女神に?」
「当然です。むしろ起きて待っていなさい」
「おい女神、この人お前の信者?」
女神が答える前に、小さな悲鳴を上げた聖女が突然バッタリと倒れた。
そんな怪奇現象を眺めていた女神は特に驚いた様子もなく
「あら……」
と倒れた聖女の頭の下に座布団を差し込んだ。
「……え、何? 大丈夫なの? 何かの発作?」
「多分、不敬アレルギーだと思う」
「へぇ。よくわからんけど、まともに相手したくないタイプだ?」
「私への信仰心が薄かったり、不敬な者を見ると理性が揺らいで平常心を失うの」
「それアレルギーじゃねえな、ただの狂信者だよ」
「あまりに不敬な者を見ると気絶しちゃうから、なりたも気を付けて?」
「気を付けろって言われてもなぁ。お前に優しくすりゃいいの?」
「うーん……女神と信者みたいな感じの方がいいかしら? 私が女神らしくない時も反応しちゃうから、ちゃんと合わせてね?」
「だからお前、さっきは気色悪い感じだったのか」
その時だった、畳に倒れていたハレルが悶え始めた。
腹出して日向ぼっこしてる猫みたいだな……
「あ、ほら、私に不敬な事を言うから」
意識が無くても反応すんのか? ……ちょっと面白いな。
「……女神って女神らしくないよな」
聖女は依然として意識を取り戻さないまま、電気ショックを受けたかのように跳ね上がった。
やっぱり意識が無くても反応するんだな。
これ……アレルギーとはちょっと違うんじゃないか?
「ダメよ? ハレルで遊んじゃ」
「もう一回だけ」
「ダーメっ」
「女神ってアホだよな」
…………あれ、反応しねえな。
「…………」
「生きてるよな?」
「……きっと誤作動よ!」
「なんか女神らしくない事言ってみ」
「私、人類滅ぼしたい!」
聖女は爆風に煽られたかのように台所のある板の間の方へ激しく転がっていった。
「……女神ってアホだよな」
…………やっぱり反応しねえな。
「…………」
「多分だけどさ、こいつ内心お前の事をア」
「ハレル! 起きて!」
現実から目を逸らしやがった。
女神は今更に駆け寄って心配する素振りを見せている。
間違いない、聖女が信仰してるのはこの女神じゃなくて自分の中の理想的な女神だな。
やっとの事で目を覚ました聖女は、女神に起こされながらゆっくりと立ち上がり、そのまま誘導されて
「その当たり前の如く俺の布団に寝かすのやめない?」
俺の布団に横になった。
しかも、聖女は多分俺を睨んでる。目自体は見えないけど、顔付きでわかる。
「なりたさん……あなたは女神様に相応しくないようですね……」
「逆に聞くけど、こい……女神様に相応しい人ってどんな奴だよ」
俺が女神様って言ったのが余程嬉しかったのか、女神がキャッキャとはしゃいでるのが癪に障る。
「それは勿論、女神様を一心に信仰し、女神様の為に毎日命を捨てられる人です」
「お前なんで生きてんだよ。さっさと相応しくなれよ」
「いいですか? あなたの心は汚れているんです。女神様の寵愛を受けておきながら不敬を働くとは……反省なさい‼ この愚か者‼ 痴れ者‼ 変態‼」
「……なぁ、そんな俺が女神の世界に行って冒険するとしたら、どう思う?」
「あなたのような穢れた心を持つ痴れ者が女神様の世界に足を踏み入れるなど、決して許されません! 女神様への冒涜です! 例え女神様が許しても、このハレル・ニオイズルが断じて許しませんよ‼」
女神が許したならお前は許せよ、女神の聖女なんだから。
それはいいとして、ハレルの熱弁を聞いた女神は……
「あっ……え……ハレ……あ……えっと……ハレルあの……」
裏目に出たな、この馬鹿め。
「まぁ、聖女がそう言うなら仕方ないよな」
「待って待って待って‼ ハレルはなりたを誤解してるのよ!」
布団を掛けてしっかりと横になったハレルは信仰対象を必死に説得している。
しかも女神が言い負かされつつある。
…………騒がしいな。
女神がバカなのは前からだけど、聖女といいこれまでの面々といい……
馬鹿で持ったる我が世なりけりってのは真実らしい。
馬鹿なのは俺も一緒だけど。
ハレルには悪いけど大人しくなってもらうか。
「なぁなぁ」
「女神様がなんと言おうと、この痴れ者を第六生界に連れて行く事は許しません! 冒険のお供ならこのハレルを」
「なぁって」
「なんですか痴れ者!」
「俺、女神を抱いた事あるよ」
「……くっ…………はっ…………」
俺の布団で安らかになったハレルはピクリとも動かなくなった。脈は……ある。
嘘は吐いてないよな。女神を抱きかかえて部屋から摘み出した事あるし。
酔った女神を抱きかかえて布団に運んだ事あるし。
「なぁ女神、こいつ……なんで連れてきたの?」
「ハレルがどうしても会いたいって言うから」
「なんで?」
「私に相応しいか確かめたい! って」
「……うん。お前さ、ハレル苦手だろ」
「…………」
「あー、入浴中の女神様だー」
ぅえへへ……、と気持ち悪く笑うハレルを見る限り信仰とも違うな、これ。
「ハレルの言う事は気にしなくていいからね?」
「うん、まぁ……気にはしないけど、行くかどうかは別問題だな」
「ねぇなりた、もう一回女神様って言って?」
「やだー」
「ケチ!」
こういう、対処のしようのない相手に好かれる苦労はよくわかる。
思い知ったか、女神。




