day31 お風呂
今日は五日に一度の風呂の日。
勿論、五日に一度しか体を洗わない訳ではない。水道代が高くなるので普段はシャワーなだけ。
……毎日入りてえけどなぁ。
とりあえず、先に髭を剃ろうと風呂場の椅子に座った時だった。家の中で鳴る、扉が開く音と足音が異世界の訪れを告げた。
もう気にしないけどな。
……覗き込んだ鏡に映る風呂場のドアの磨りガラスに紫色の頭の小柄なシルエット。
「メギ? どうした?」
「あの……お背中流します!」
「やだ」
五日に一度の風呂は流石に邪魔されたくない。それに昔から風呂は一人でゆっくり入りたいタイプなんだよな。銭湯とかも意地でも行かなかったし。
「……一緒に入ってもいいですか?」
と言いながらタオル1枚のメギが勝手に風呂場に入ってきた。5日に一度の風呂をオ◯マと入るのかよ……
「もう脱いでるじゃん……」
「なりたさんの入浴、サポートします!」
「言ってる事は立派だけど、やろうとしてる事は訪問介護だねぇ」
「お背中、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ、別に」
「……お背中、流しちゃダメですか?」
「そういう類の妖怪か、お前」
「夢魔ですよ!」
「知ってるよ! 人の背中ばっかり狙いやがって、背中洗いとかに種族名を変えろ」
「だって! せっかく契約して貰えたから視覚的に分かりやすい奉仕をしたいじゃないですか!」
「大体お前、夢魔の癖に起きてる人間の前にホイホイ現れていいの?」
「夢魔って言ってもカタン族なんで」
「他の夢魔は夢の中だけしか現れないの?」
「…………」
「なんだお前……」
「とにかく、お背中流します!タオル貸して下さい!」
仕方なくタオルを貸すと、丁寧に石鹸を擦りつけ始めるメギ。正直な事を言うと消費が激しいから液体のボディソープ使って欲しかったな。
しっかりと泡立てて、緊張した面持ちで俺の背後にしゃがみ込んだ。
「それでは、執り行います!」
「待って、何すんの?」
「え?」
「なんだ執り行いますって、儀式か」
「初めてのちゃんとした奉仕なので……」
「……普通に洗うだけでいいからな?」
細かく円を描くようにシャカシャカと俺の背中を洗うメギ。
これ背中の洗い方じゃねえな……研磨されてる気分だ……しかも、時折感嘆の声が聞こえる。
端から見たら危ない光景だよ……
「汚れてる所はありますか?」
「それは……お前が判断してくれないと。俺からは見えねえもん」
「それじゃ、立ってください」
「なんで?」
「お尻とか裏腿を洗うので!」
「タオル返せ」
何が悲しくて男にケツ洗われなきゃいけないんだよ。
面倒な夢魔の絡みを終えて自分で全身を洗い、やっとの事で五日振りの入浴。風呂を有難がる程に何かを頑張った訳ではないが、気持ちいいものは気持ちいい。
「…………」
「…………体洗ったら?」
「えっ……いえ、そんな」
「…………」
「……気になるな」
「はい?」
メギは風呂に入るでもなく、体を洗うでもなく棒立ちしている。
……気になるなぁ。
「いや、もうここまできたら入ったらいいじゃん」
「そんな……なりたさんと同じお湯に入るなんて……」
「なんか腹立つなその言い方」
「お気になさらず、ゆっくり温まって下さい!」
「いいからまず体洗えよ。あ、背中流してやろっか?」
「ええ⁉ ダメですよ!」
「はい、ご返盃」
ボディガードのような姿勢で棒立ちするメギを無理矢理に座らせ、丸洗いして浴槽に押し込んだ。
「ちょっと窮屈ですけど……大丈夫ですか?」
「まぁ、野郎二人だからな」
「本当は私がなりたさんのお風呂をサポートするつもりだったのに……」
「それよりテレシアちゃんの所で上手くやってる? 本人は何も言ってないけど」
「それが、クビになっちゃいました」
「クビ⁉ お前何したの?」
「何もしてませんよ? なりたさんに手伝うように言われましたって伝えて……なりたさんに名前を頂いたって話をしたら急に不機嫌になって……結構です! って言われまして」
「本当か? 他は何もしてないの?」
「してないですよ! テレシアさんの家に行って最初の出来事ですもん」
「あー、でもアレだ、姉妹で二人暮らしだ。男の手伝いはちょっとデリカシーなかったか」
「そんな……なりたさんの指示だったのに……」
「後で俺から説明して謝っとくよ」
「今はなりたさんの屋敷の掃除とか、屋敷のキノコの手入れをしてます」
俺の屋敷? キノコ? このアパートの事? 確かに階段の所に変なキノコ生えてるけど……手入れ?
「俺の屋敷って……?」
「神殿の敷地にあるなりたさんの屋敷ですよ? 女神様がいい物件が無かったからってわざわざ建てたんです」
「聞きたくなかった情報をありがとうな……」
神殿の敷地内に……俺の屋敷?
しかもキノコを育ててるの?
もう冒険なんかさせる気ねえな。
余計な事に頭を悩ませたせいなのか、長湯しすぎたせいなのかは分からないが頭がクラクラしてきた。
「俺はもう上がるけど、入ってていいよ」
あー、軽く頭が痛え。さっさと髪乾かして何か飲も。
誰かと風呂か。それも家族ですらない人……いや夢魔と。想像もしなかったな、今回は無理矢理押し入られたんだけど。
……頭痛ぇな。
ドライヤーの温風浴びるの億劫だし後でいいや。
部屋に戻ると、シャンプーや石鹸などの入浴道具が並んだ籠をぶら下げた女神が、俺を見て目を丸くしていた。
「え……こんな所で何してるの……?」
「俺の家で俺に言うセリフか」
「お風呂は?」
「もう終わったけど。入りたいならメギが上がったら入ったらいいがな」
「……メギと入ったの?」
「入ったってか、勝手に入ってきたみたいな」
「お風呂、もう一回入りましょ!」
「あ、お湯抜かないでな? 洗濯に使うから」
「メギとは入るのに……私とは入らないのね……」
「異性だからなあ」
「インチキ!」
「インチキ? え? 何が?」
「…………」
「意地悪って言いたかったんだろ?」
「…………とにかく! もう一回入りましょう!」
「やだよ、ただでさえのぼせ気味なのに」
ムスッとした女神は俺を見ながら異世界に戻っていった。
珍しい、いつもならもっとゴネるのに。まぁいいや、冷たいもん飲も。
と思って立ち上がった時だった。
「さ、テレシアちゃん!」
女神がテレシアちゃんを連れて戻ってきた。
「何度も言ってるけどテレシアちゃんを巻き込むなって」
「なりた」
「…………」
「私、テレシアちゃんと入るから」
「それは別にいいけど、まだメギが入ってるよ」
そんな何気ない言葉に反応したのは、テレシアちゃんだった。
「え、メギさんが入ってるんですか?」
「ほぼ一緒に入ったからそろそろ出てくると思うけど」
「えっ……一緒に、ですか?」
「背中流したいとか言って勝手に入ってきてさ」
「…………」
……一瞬、凄く面白く無さそうな顔したな……
こんな状況を知ってか知らずか、戻ってきたメギは上がりました〜、と間の抜けた事を言っている。
そんなメギを見てテレシアちゃんは
「早く帰っては? 風邪引きますよ」
と言う言葉の冷水を浴びせている。
「テレシアちゃん……? 大丈夫?」
「はい、大きなタオルを持ってきたので」
俺が心配したのはそこじゃないんだけどな……
「じゃあ……メギはとりあえず異世界に戻れよ。俺はコンビニかどっかに行ってくるから」
「え……? あの……お風呂は……」
「さっき入ったよ。今上がったとこ」
「一緒に入らないんですか?」
「そりゃそうだよ」
「で、でも! タオルを巻いて入るので!」
「そういう問題じゃないし、さっき入ったし、三人で入るのは無理だし……」
「頑張れば入れます!」
「頑張らないで。とりあえず一時間くらいで帰ってくるから、女神と入りな」
「お風呂上がりに外へ出たら風邪引いちゃいますよ?」
「風呂入ってる間だけだよ。嫌だろ、風呂入ってる時に野郎がすぐそこにいるの」
黙って見ていた女神もテレシアちゃんの両肩に手を置き「二人で入りましょ?」と説得している。
財布とスマホだけを持って外に出ると、火照った体に丁度いい風が吹いていた。
…………誤解だな。
大人の男性が近くにいなかったから、今の感情が恋愛感情だって誤解してるんだろう。後で後悔しないようにしてやらないとな。
……一時間くらいか……コンビニじゃなくてスーパー行こ。




