spooky day 幽霊
もう……なんなんだよ……
食料も火もない、仲間もいない。
寒い。
雪山の中、吹雪に抱かれて横たわる俺に救いはないらしい。
まぁ、どうせ夢なんだけど。
だって雪山の中で布団に横たわってるんだもん。
それになぁ、俺みたいに行動範囲が自由にゃんこ以下の人間が雪山なんぞに行く訳がない。
にしても寒いな……
「それでね、なりたったらコロッケにお醤油かけたの!」
女神と……
「いますよねぇ、そういう人!」
誰だ……? 誰かが話してる。
しかも俺の事についてどうでもいい事を薄ら笑ってる。
別にいいだろ、醤油で食べるやつだってそこそこいるよ……
あー……寒い……寒い……
「寒い……」
目が覚めて最初に目に映ったのはテーブルを挟んで見知らぬ女性と談笑する女神だった。
どうせ異世界の誰かだからそれはいいんだけど、寒い。
なんで? もう現実じゃん……
「あ、起きた! サキさん、なりたが起きたわよ!」
「あ、おはよ!」
寝起きからあんまり相手したくないテンションだな。
真っ白な着物に、綺麗に前髪が切り揃えられた長い黒髪と真っ白な肌。
そして何より気になるのが頭に巻かれた白い物。
日本の昔話とかの幽霊がつけてる三角形のアレなんだけど……なんか形が違うんだよな……
本来は三角形が付いてる部分にハート型が付いてる……しかも顏が描いてあるし。
「……どなた?」
「え? なりたは知ってるでしょ?」
「女性の知り合いなんかいねえもん」
まったく話が見えてこない中、見知らぬ女性が真実を語った。
「あ、なりたには姿を見せてあげた事がないんです。はじめまして、この部屋にお前を住ませてやってる地縛霊の秋水 咲です!」
地縛霊。
アレか、入居の際に大家さんが言ってた幽霊か。
「俺の思ってた幽霊と違ぇ」
「地縛霊です」
「成仏しろよ、OB感覚で出てくんなよ」
「ここは私の部屋なんで」
「塩かけてやろっか?」
「ぇ……?」
「家にある塩、瀬戸内海の天然塩だぞ。かけてやろっか?」
「…………」
女神がサキを庇うようにテーブルの塩をとって俺から離した。
「なりた、落ち着いて? 悪い人じゃないから仲良くしましょ?」
「幽霊だろ。なんかさっきから寒いのもこいつのせいか」
「ああ、すみません。なりただけが寒いのは私がお前からエネルギーを失敬してるからなんです」
「あ?」
「いや、だって……人に見えるようにするには、生者のエネルギーが必要なんで。え、普通わかりません?」
「…………水飲も」
台所に行き、コップをとるフリをして詰め替え用の塩をちょっと多めに出して握り込む。
片付けるの面倒くさいけど、まぁいいや。
俺は、妙に傲慢な悪霊に握り込んだ塩(瀬戸内海の天然塩218円)をぶち撒けた。
瀬戸内海の裁きを受けるがいい。
「きゃぁああぁぁあ!!!!」
サキの絶叫と共に……
塩が当たったであろう部分だけ消失するサキの真っ白な着物。
「…………」
思ってた効果と違う。
「な、何するんですか⁉ この変態!」
顔を真っ赤にして立ち上がり、雑な水玉模様の如く穴だらけになった着物を隠すように我が身を抱いている。
座ってた方が隠せたんじゃないかな。
「もうついて行けねぇや。展開が馬鹿馬鹿し過ぎるんだよ」
「ちょっとなりた! サキさんになんて事をするの!」
「取り憑かれてんのかお前」
サキを気遣いながら慰める女神、そして悪霊という聖と魔のコンビは暴漢を見る目で俺を見ている。
やってる事が地縛霊も女神も同じってどういう事なんだよ。
「なりた、サキさんに謝って!」
「やだー」
「ダメ、心がこもってない!」
ダメだ、いつもの事だけど会話が成立しねえ。
「何しに来たんだよお前」
「ぷっ……来てないですけど? 元からここにいましたけど? なんなら、なりたがここに住み着く前からいましたけど?」
再び台所に行こうとした俺を女神が両腕を広げて阻止した。
いいのかお前、悪霊の味方で。
「この敵対関係の構図は引っ張るからな……忘れねえからな」
どうせ、ろくでもない話が始まるのは目に見えていながら仕方なく座ると、いそいそと続いて座り始める二人。最初に口を開いたのは女神だった。
「なりた、サキちゃんのスペースを作ってあげて」
「二万円」
この後に言われた事は覚えていない。
というよりも二人同時にガヤガヤ文句を投げ付けてきたせいで聞き取れなかった。
「わかったわかったわかった! うるせぇなぁ。スペースってなんだよ、仏壇みたいなのが欲しいって事?」
「いえ、そういう事じゃなくて。板の間と畳で分けません?」
「あのさぁ……どっち選んでも何かしら失うじゃん。台所と冷蔵庫は板の間だし、布団とかは畳じゃん」
「工夫して考えて下さいよ、それくらい」
「幽霊って触れるの?」
「え、どうでしょう?」
「殴っちゃダメ?」
「死者を敬うって概念はないんですか⁉」
「お前なんで死んだの? ここで死んだんだろ? この部屋で」
「……聞いてくれますか?」
「大家さんに自殺したって聞いたけど」
「あの海賊ババァ……自殺じゃないです!」
海賊ババァという単語はすぐに忘れよう。
一生大家さんの顔を見られなくなっちゃうから。
「じゃあ死因は?」
「え、なんか……あ、熱っ! お尻熱い! あっつ!」
「どうしたどうしたお前……落ち着けよ、暴れんなって」
「なんかお尻熱い!」
飛び上がったサキのお尻を見ると、着物に丸く穴が空いて尻が丸出しになっていた。
「……ふっ……お前……塩の上に座っ……ふ……ふふ……」
流石に女神も俯いて肩を震わせている。
「とにかく! 私は自殺じゃないんで!」
「何が……ひひっ……あ、あったの?」
「実は私、こう見えてずっと友達がいなかったんです」
「そう見えてるよ」
「それで……ある時、凄い文化に出会ったんです。ソロキャンプって知ってますか? 私、ずっとキャンプに憧れてたんです。でも……一緒にキャンプする友達なんていなくて……だから、ソロキャンプを知ってすぐに必要な物を集めたんです」
どうでもいいけど女神の目が潤んでるな。
「キャンプで死んだの? だったらキャンプ場に居着けよ」
「ちょっとマムシが多いけどキャンプに良さそうな山も見つけて、明日はキャンプ! って感じだったんです……」
マムシに殺られたのか?
「前日の夜……ちょっと待ち切れなくて、夕飯の魚を焼くのにキャンプで使う炭とグリルを使ったら……気が付いたら死んでました」
「馬鹿もケツも丸出しじゃん。度し難い馬鹿だなお前」
「とにかく‼ ここは私の部屋なんで!」
要するに、ここに住ませろって事か。
……何かないかな、上手い事断れる口実。
こいつと同居は嫌だなぁ……
「成仏はしたくないの?」
「特には。食費もかからないですし、老いないですし、ぼっちでも恥ずかしくないですし」
「ご両親とか待ってるかもよ?」
「両親も祖父母も存命です」
「ならそっちに憑けよー……」
「だから、地縛霊なんです! この部屋とアパートの周囲にしか居られないんですよ!」
自爆霊の間違いだろ。
「そのシステム、なんとかならないの?」
「うーん……女神様は何か知りません?」
「多分だけど、この部屋にサキちゃんの痕跡があるんだと思うの。思い出の品とか、体の一部、写真や家具とか」
引っ越して来た時にそんな物はなかった気がするけど。
とりあえず写真と家具は違うな、入居時に部屋はスッカラカンだったから。
とすると思い出の品もか。
じゃあ……
「体の一部ってどのレベルまで採用されるの? フケの一粒とかも採用されるなら無理だぞ」
「フケなんか出てませんよ!」
「髪とか爪や歯みたいな、ある程度の大きさの物よ」
…………掃除すんのかよぉ……
こんな自爆霊の為に? 部屋中を?
「なぁ、女神の力でなんとかならないの? これ」
「サキちゃんの協力があればできるかも! サキちゃん、手を握らせて。それからこの部屋で生きていた頃の自分を強く思い出して」
おー、なんかファンタジーな感じ。
これ天井裏とか床下って言われたらどうしよ。大家さんに説明できないしなぁ、こんな事。
「見えた!!」
「声大きいよ、アパートなんだぞ」
「なりた、押し入れを探して! そこにサキちゃんの生の形跡を感じるの!」
押し入れ……冬用の毛布とか使わない鞄とかが雑多に放り込んであるだけなんだけど。
サキに関係ありそうな物は……ないよな、やっぱり。
…………ん? …………お……うわぁ……
「女神、割り箸とって。それっぽいの見つけた」
割り箸を受け取り、物入れになった引っ越しの時のダンボールに壁際へ押し潰された
「これだろ」
女性用の下着、つまりはパンティーを割り箸で引っ張りだした。
「…………」
「…………」
割り箸でパンティーを摘む俺と、何も言わない二人、そして止まる時間。
なんなんだよ……
「サキちゃん、あれはサキちゃんの?」
「……ち……がう……し。……私のじゃないです……」
「え? じゃあ……な、なりた?」
「勿論俺のじゃねえよ! 変態じゃねぇんだから!」
「そうですよね……なりたは下着ってより女性のソロ活に興奮してますもんね」
「…………はあ?」
「あ、気にしないで下さい。男の人は……まぁ、そういう生き物だって分かってますから」
「サキちゃん、もしかして見たの⁉ その……なりたのソロクエスト……」
「食いついてんじゃねえよ! いいから、これどうすんだよ! お前のだろこれ!」
サキは目を逸らして俯き、真相を語り始めた。
「もし……彼氏ができたら……必要かな〜って……」
「……それは深掘りしないとして、お前のなんだな?」
「はい……」
…………これ、どうするか。
こんなの持って寺とか神社に行ったら通報される。
「女神、これどうすりゃいいの?」
「焼けば大丈夫よ」
「………嫌なんだけど………」
俺のこの一言を聞いて、何故かサキがキレ始めた。
「はあぁ? ちょっと! じゃあ私のパンティーずっと持ってるつもりですか⁉ キモいんですけど!」
「だってこんなん燃やしたら部屋の中が臭くなるじゃん」
「買った時に一回履いただけですよ! 汚くないです!」
「汚いとかじゃなくて、部屋で衣服なんか燃やしたら臭くなるだろって!」
「外で燃やせばいいでしょ! 馬鹿!」
「こんな物持って外になんか出れるか!」
そんな不毛かつ馬鹿みたいな喧嘩を見ていた女神は割り箸からパンティーを受け取った。
「これがサキちゃんの依り代みたいになってるのね。……なるほど……」
馬鹿の依り代だな。
「女神の力でなんとかできないの? 魔法で一瞬で燃やすとか」
「……ねぇ、サキちゃん。異世界に来ない?」
…………は?
「え? 異世界ですか?」
「うん。転生させる能力は私に無いからゴーストとしてだけど」
「……チート能力とかあります?」
「うーん、無限エネルギーとかどう? 生者から吸収しなくても大丈夫になるわよ?」
「無限エネルギー……無限エネルギーかぁ……うーん……まぁ、いいでしょう。それでお願いします」
…………別にサキがいいなら止めないけど。
異世界がどんな場所か、とか何も確認してないけど大丈夫か?
「じゃ、この部屋はお前にあげます。私は異世界へ行くんで」
「…………お前……あ、いや、なんでもない」
ケツ丸出しで異世界行くの? って聞こうとしたけど、やめた。
この自爆霊、なんか腹立つからこのままにしとこ。
サキはなんの迷いもなく「異世界ジャーンプ!!」と叫びながら異世界へ飛び込んでいった。
「私はサキちゃんを案内してくるわね。あ、オーブンにサンドイッチが入ってるから食べて」
そう言い残して女神も異世界へと帰っていった。
「オーブン? ……ああ、電子レンジか」
…………畳がジャリジャリする……
後で片付けよ。なんかどっと疲れた。
サンドイッチ……お、卵とハムか。
あ、サキがいなくなったって事は……普通の物件を格安で借りてるようなもんか!
……大家さんには秘密にしとこっと。




