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女神がきたりて  作者: 阿能比等
第三章
32/37

day 30 掃除

 片付かない。

 

 掃除を始めて三時間。珍しく朝から起きて部屋の掃除をしているのだがゴミがゴミ袋の中にまとまっただけ。部屋に散らかった物は位置が変わっただけ。


 昔からこんな感じだから、なんとなくは分かっていたが……片付かない……



 …………いや。


 今、一瞬よからぬ事が頭を過った。



 ――テレシアちゃんに手伝ってもらおうか……――



 それは良くない。

 きっとテレシアちゃんは快く引き受けて、真面目に片付けてくれるだろう。

 だが、この部屋を散らかしたのは他ならぬ俺だ。そして、ここは俺の家だ。テレシアちゃんは一切関係ない。



 とりあえずスマホをちょっと離れた場所に置こう。で、立って片付けよう。


 その時だった。


 異界への扉が現れ、女神が入ってきた。

 ちなみに俺は本当にちゃんと片付けを進めようとしていた。本当である。



「あら、お掃除?」


「うん……まぁ、始めたばっかりだけどな」


「そうだ! テレシアちゃんに手伝ってもらいましょう!」


「……まあ、お前がそう言うなら……まあ、俺としては、なあ? 悪くはないと思うけど?」


 女神がテレシアちゃんを呼びに行き、残された俺は猛省と言い訳を頭の中で繰り返していた。

 

 言い訳がやや優勢である。


 暫くして現れた、頭に頭巾を被ったテレシアちゃんと女神。屈託のない輝くような微笑みをたたえて「お待たしました」と言うテレシアちゃんの顔をまともに見られない。

 日の光が苦手な化け物はこんな気分なんだろうな……


 ニコッと笑って


「よろしくお願いします!」


 と、何故かテレシアちゃんの方が言う。


 これが天罰かぁ……罪悪感が半端ねえな……


「いや、こちらこそ……」


 こうして我が家の季節外れの大掃除が始まった。

 女神は以外にも真面目に散らかった物を片付けている。


「この鞄は全部使ってるの?」


「あー……これ、と……これは使ってる。あとはもう何ヶ月も使ってないな」


「この服は全部洗うの?」


「いや、いいや。来年に着る時に洗うわ」


「このエッチな本は?」


「他の雑誌とまとめといて」


 テレシアちゃんはやっぱり真面目に掃除している。手際よく箒で掃き、窓や床を拭き、ゴミをまとめてくれている。


 俺は……


 二人を眺めている。

 勿論、一番率先してやらなきゃいけないのは分かっているが、どうにも何をしていいかわからない。というか、二人の手際が良すぎてやることがない。


 結果できあがったのがこの他人任せな質の悪い現場監督である。


「……なぁ、なんか欲しいものある? ちょっとそこのスーパー行ってくるからさ」


「あ、時計買ってきて」


「え? なんで?」


「止まってるから、ほら」


 女神が指さす先で、壁に掛かった安物の時計が止まっている。

 一時間経つと鳩の代わりに猫が出てきて鳴くという変な壁掛け時計。

 あれ、確かだいぶ前にUFOキャッチャーでとって、付属してた電池を入れたっきりだったな。


「いいよ、止まったままで。スマホあるし」


 外に出てスーパーへ向かう道すがら、ママチャリに乗った奥さんや子供の手を引くお母さんが俺を追い越していく。

 

 もうそんな時間か。

 

 辿り着いたスーパーもえらく混んでる。

 誰かの為でもなきゃこんな時間にスーパーへ行くような生活じゃないしな。

 こんなに混むんだな、このスーパー。


 商品も閉店間際の夜中のスーパーと違ってバリエーションに富んでいる。


 総菜や菓子パン、お菓子を雑多に買い物かごに入れていく。

 ちょっと憧れてたけど絶対に食べきれないことは目に見えてるので、今まで買うに買えなかった総菜のオードブルも買った。

 唐揚げやデカいソーセージ、春巻き、ポテトなどが詰まっており、中央には少量のエビチリが。


 あ、テレシアちゃん用に果物でも買ってくか。

 ……リンゴ高えな。

 バナナ……バナナと……オレンジ。あ、カットしてあるパイナップルあるわ。

 電池も買ってくか。時計から猫が出るところ見せてやろ。


 ……持って帰れるかな、これ……


 会計を終え、今まで使った事の無かった一番大きいビニール袋に詰まった食材を両手に持って店を出ると夕日もちょうど帰るところだった。家に着くころには夕飯にちょうどいい時間になってるな。


 それにしても……


 俺は一体何をしているのか。掃除を手伝ってくれた人と神へのお礼の買い出しなのはわかってるけど、なんかなぁ。


 女神たちを受け入れつつある俺がいるんだよなぁ。騒がしいのは嫌いだし、基本的に一人が好きな筈だったんだけど。


 街灯がつき始めた道から見上げるこの我が家も随分と騒がしく、賑やかになった。


「ただいまー」


 なんて挨拶も今ではすっかり習慣になっている。

 

 部屋は見違えるように綺麗に片付いており、おまけに窓際に見慣れない花瓶とそれに生けられた見た事もない花が飾られている。テーブルには女神が作ったであろうサラダとスープが並んでいた。


「おかえり!」


 嬉しそうに出迎える女神はどこから持ってきたのかエプロンを着けている。


「あ、なりたさん、お疲れ様です」


 テレシアちゃんが頭巾を取っていつもの笑顔を向けてくる。


「これ、夕飯」


 俺は罪悪感で若干下を向いている。


「あ! やっぱり、なりたは主食ばっかり買ってくるのね。だからサラダとスープ作っといたのよ」


「一人暮らしの男だからな。こんなもんなんだろ」


 買ってきた惣菜を温めてテーブルに並べると、それなりに豪勢な見栄えになった。


 多国籍な惣菜のオードブルに適当なコロッケや巻き寿司、パックに入った煮物。そして女神が作ってくれたサラダとスープ。


「美味しそうでしょう? サラダはテレシアちゃんが作ってくれたの」


 サラダはテレシアちゃんだった。


 そんな料理達を三人で囲む。

 三人揃って「いただきまーす」の挨拶。


 おかしな話だよな。何か変えたわけでもない。女神達がこの部屋に来るようになっただけで、この部屋での日常は随分と人間らしく変わった。


 こんな事なら、向こうの世界で女神達と暮らした方が人間らしく生きられるんじゃないか?



 心配そうに俺を見るテレシアちゃんも

「なりたさん?」


 キョトンとして軽く首を傾げる女神も

「なりた? どうしたの?」



 どうしようもなく日常になっている。それでも嫌な感じがしないから、俺は受け入れてるのだろうか。


「……え? いや」


「頭でもぶつけた?」


「イカれてねぇよ」


 でも……仮に向こうの世界に行ったとして、この日常が続かなかったら? 今は続いてるこの日常が向こうの世界で最悪な形に変化して、それが当たり前になってしまったら?


 ……無理して変える必要はないのかもしれないな。ここまで何も変わらなかった俺が、異世界に行ったからって変わるとは思えないし。


 食事が終わって、何もすることがない時間がやってくる。どう過ごすかでその家の価値観や雰囲気が筒抜けになる、なんとも言えない時間だ。


 俺はせめてもの誠意として二人に果物を渡し、洗い物をした。

 せっかく片付いて綺麗になった台所を汚したくないしな。

 ……まぁ……多分こんな考え方は三日もすればなかった事になるのが俺なんだけど……

 

 ……拭いて棚にしまうのは後でいいか。


「じゃ、私たちはそろそろ帰るわね。早く寝なきゃダメだからね?」


 振り返ると女神たちは帰り支度をしていた。


「あ、帰るの? 珍しいじゃねえ。その果物持って帰りなよ、俺はそんなに食わねえから」


「明日は朝から月に一度の町の大掃除の日なの。早く寝なきゃ」


「おお……なんか悪いな、明日も掃除なのに手伝わせちゃって。また後でちゃんとお礼するから」


「え? お礼ならもうしてくれたでしょう?」


 いくつかの果物を抱えて帰っていくテレシアちゃんと、手を振りながら帰っていく女神。珍しく異界への扉もすぐに消えた。

 なんかさ、お礼って二種類あるじゃん。

 その場でするお礼と、あとでするしっかりしたお礼。

 でも女神は後者を受け取るつもりはない……と言うより、その場でするお礼に満足してるようだった。


 にしても……なーんか最近、一人になると持て余すな。

 ……あ、時計! 時計から猫が出てくるのを見せるの忘れてた……

 先に電池だけ入れとくか。どうせ明日も来るだろうし。

 ちょっと驚かせてやろ。


 ちょっと時計まで手が届かねぇな。これ、どうやって掛けたんだっけ……

 なんか踏み台になるもん……たしか、ちっちゃいアイロン台があったよな。

 洗面所にしまった筈だけど…………あった。


 ミシミシいってるけど大丈夫だよな?


 時計に電池を入れると、時計は息を吹き返して再び時を刻み始めた。

 試しに59分に合わせて1分待つと、小さな窓からニャーという鳴き声と共に尻尾を立てた三毛猫が飛び出した。


 ……なんで……こんなの取ったんだろうな……わざわざUFOキャッチャーで……


 気に入ったからなんだろうけど。


 時刻を合わせて時計を戻そうとしたその時だった。


「おっ⁉」

 

 乾いた破裂音と共に視界は回り――――







「…………っ……ん…………?」


 …………ん……?

 俺は、時計を片手に床で仰向けに寝ていた。

 鈍痛のする頭を上げると、俺の体重に耐えきれずに足が折れたアイロン台が、伸びをする猫のような形になっている。


 …………落ちた……のか……


 時計を確認すると、俺が気絶してる間もしっかりと時を刻んでいたらしく、1時間も経ってる。


 壊れなくてよかった……


 仕方ないので時計は棚の上に立て掛ける事にした。

 気絶して1時間も経ってる……


 それにしても、女神やテレシアちゃんに見られなくてよかった。

 一生笑われるとこだった。

 ……1時間も経ってるよ……頭痛ぇし、こりゃあ中々強くぶつけたな。


 はぁ……寝るか……

 柄にもない事するからこういう事になるんだな。


 時計を見ると、時刻は1時間ほど進んでいた。

 どうやら1時間近く気絶していたらしい。


 俺は布団に倒れ込み、痛い頭を休ませるように自分で気絶した。


 寝際にふと時計を見ると、1時間も経っていた。

 1時間も気絶してたのかよ……

 

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