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女神がきたりて  作者: 阿能比等
第一章
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day3 再臨

day3 再臨

挿絵(By みてみん)


 十五分。


 トイレに入ってからの時間。

 特に体調が悪い訳ではないが、スマホを弄りながらトイレに入ると妙に長く籠もってしまう。動画を見たり、どこの誰かもわからない人のSNSを眺めたりとしょうもない事をしているうちに、気づけばこんなに時間が経っている。

 そろそろ出ようとした時だった。


「~~~~♪」


 風呂場から何か聞こえる。ってかシャワーの音がする。

 トイレを出て風呂場を見やると……いる。曇りガラス越しに人影が見える。


「おい!」


「あっ! 出てきたの? お腹大丈夫?」


「出ろお前! 何勝手に使ってんだ!」


「まだ終わってないからもう少し待ってて? ~~~♪」


 戻って来れないんじゃなかったのか。昨日、異世界の扉に放り込んだ筈なのにどうやって戻ってきたんだ、この女は。

 結局一時間近く風呂場に立て籠もっていた女神は、バスタオル一枚で出てきた。

 髪から水滴が滴り、風呂上がりの湯気を纏っている。


 この部屋の主である俺だって二十分くらいでさっと済ますのに、この女……

 

「戻ってこれてんじゃん……」


「あの扉はなりた用よ? 女神は自由にこっちに来られるもの。 楽だから私も扉から入る事が多いけど」

 

「人ん家に自由に来るんじゃねえよ」


「私の世界に来て魔王を倒して!」


「それはそれとして、ちゃんと拭いてから出てこいよ」


 床と畳に足跡が付いてるのが地味に嫌だ。

 

「…………」


「ほら帰れ」


「勇者になったら」


「帰れ」


「……絶対ダメ?」


「ダメ」


「一日だけ来てみない?」


「行かない」


「なんで⁉ 異世界よ⁉」


 女神が無駄に近い距離感で詰め寄ってくる。

 バスタオル一枚で近づいてくるから、力技が行使できない。


「脈絡が無さすぎるんだよ。いきなり現れて異世界行って魔王倒せって、そんな攻めた勧誘ねえよ」


「だからぁ、あなたは私に選ばれたのよ。だから、ね? 異世界、行きましょう? ね?」


「なんで俺が聞き分けが悪い感じになってんだよ」


「どうして来てくれないの? 大女神サロっ、シャロム・オルザラッハが直々に誘いに来てるのに」

噛んでんじゃねぇよ。

 

「今で満足なんだよ、俺は」


「……なりた、大切な事を忘れてる」


「大切な事?」 


「無理に思い出してとは言わない。でも、私はなりたを私の世界に連れて行く」


「勝手にしろ、行かねえから」 


「どうして?」

   

「行く理由がねえもん、この平和な日本で平均的な生活をしてる人間が危険な旅になんか」


「これが……平均的……?」


 

 ――この時、女神シャロムは日本の庶民を敵に回した――

 

 

「一回引っ叩いていい? 今までの分もこの一回にまとめてやるから」


 古い小説家が書いてたから、貧しさを誇るのは富を誇るより卑しいってのは分かってるが、こちとらこの生活水準でここまで生き延びたんだぞ。

 

「そんな事したら勇者になる権利を剥奪するわよ⁉」










「帰って冷やせ。俺の家の水とか氷を使うんじゃねぇよ、バカになんねぇんだから……」


 女神は体に巻いたタオルを軽く直してから

 

 床に散らばる雑誌やゴミ袋をどかして座布団を敷き

 

 座布団が裏表逆になってる事に気づいて、それを直してゆっくりと背を向けて座り込んだ。



 肩が小さく震えている。どうやら泣いている設定のようだ。

 ……猿芝居である。……あ一瞬こっち見た。


「……血……出てない……?」


「丸めた雑誌にそこまで攻撃力ねぇよ」


「……っきて……」


「え?なんて?」


 わざとらしい、か細い声で何か言っている。


「薬草……取ってきて……」


「なんだ薬草って……」


「王都の周りに沢山生えてるから……」


 女神の癖に薬草使うのかこいつ。

 それに雑誌で引っ叩かれたくらいで怪我って虫か何かか。

 うわ、しかも座布団湿って……もういいや、さっさと追い帰そう。

 

「……わかったよ。この前の扉出せよ」


 嬉々として振り返る女神の顔からは先程までの弱々しさが瞬時に消え去り、溢れんばかりの笑顔になっていた。

 異界への扉を開く女神を流れるように押し込んで、ドアを閉じると異界への扉は消えた。どうやら扉は閉じると消えるらしい。

 

 あ、服……忘れて行きよった。


 畳の上には白を基調とした上着と白いスカート、それに下着類が畳まれて置かれている。

 上着は赤いホルターネック風のデザインで、胸元から首元にかけて赤い布が巻かれるような仕組みになっている。

 スカートをひっくり返してみると、裏地が鮮やかな赤色になっていて、歩くたびにちらりと見えるような作りらしい。

 

 腰回りには金色の装飾が施され、どっちかというと神官服か祭典用の踊り子の衣装のような印象だな。

 

 触ってみると思ったより軽くて滑らかな生地で見た目からして高級そうだけど、異世界の布なのだろうか。

 ……ん? ……お?

 ……縫い目がない……

 実際にこんな服を着て歩いている人間がいる世界、それが本当に存在するらしい。

 これだけを見ると本当にちゃんと女神だな……

 

 もう少し……なあ。俺に夢でも見る余裕があったなら……

 いや、馬鹿な事を考えるのはやめておこう。こういうのは、考えても不毛な後悔と出口のない自問自答が始まるだけで何も得られやしない事を俺は知ってる。

 

 とりあえず適当に畳んで、ビニール袋にでも入れとくか。下手に洗濯とかして取り返しのつかない事になったらヤバそうだしな。

 次に来た時に返せばいいだろう。

 ……女神のケツの形に湿った座布団……

 …………一枚しか無いのによ。嫌だなぁ……こういうの……

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