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女神がきたりて  作者: 阿能比等
第一章
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day2 交渉

挿絵(By みてみん)



「おはよ! もう少し待ってて? メインディッシュがすぐにできるから!」


 目を覚ますと、台所から女神の声が聞こえた。

 この女神というのは、例えば愛しの彼女だったり憧れの幼馴染などの例えではない。文字通りの女神、つまりは昨日のあの女である。


「…………」


「あ、苦手な食べ物とかある?」

 

 作る前に聞かないか? そういうの。

 

 寝起きからあの女神がいた。

 しかも人の台所で勝手に料理を作っている。フライパンを振る音と何かが焼ける匂いが部屋に充満していた。

 

 昨日追い出した筈なのに、一体どうやって入ったんだか。


「お前さ……もう、いい。警察呼ぶ」


「刑殺?」


 首を傾げる女神を無視して、スマホに手を伸ばすと使ってないアプリの通知に紛れて、天気予報アプリから雨の通知がきていた。

 女神になど構っている場合ではない。とは思っても、その考えとは裏腹に絡んでくる女神は挨拶のように昨日の聞いたセリフを投げかけてきた。


「あなたは、女神に選ばれし勇者として魔王を倒すのよ!」


 画面を見ると時刻は十時。俺にしては珍しく早めに起きた。が、細々とやらなくてはならない事が多い一日だという事を思い出して、また横になりたくなった。

 しかも、スマホの横に置いてあった物を見て、急用もある事を思い出した。

 これ、今日までだったの忘れてた……


「…………」


「私の管理する世界に転生しなさい!」


 午後から三時間くらい雨。降り出す前に行った方がいいな。


「…………」


「魔王を倒したあかつきには……ちょっと何それ‼」


「うるせーなぁ……スマホだよスマホ」


 女神が俺の真横に滑り込んできた。


「火‼」


 台所に戻って火を消した女神は、さっきと同じ感じで俺の横に滑り込んでスマホを堂々と覗き込んできやがった。

 別に今は変な物見てる訳じゃないけど、ポストを勝手に覗かれるような感じがして、なんか嫌だ。


「……これ、こっちの世界のポータブルギルド?」


「え? 何?」


「ポータブルギルド。ほら、依頼の確認とか文通とかするあれよ」


 そんな物まであるのか。なんか俺の思ってた異世界と違うな。

 魔法が電気と機械の代役みたいな世界を想像してた。

 

「あれったって、俺は見た事ねえもん。でも話聞く限りじゃ大体同じだろうな」

 

「手持ちなのね、ちょっと不思議」


「随分ファンタジーとかけ離れた物があるねえ。そっちだと形が違うの?」


「ええ、宝石みたいな結晶を脳幹に入れたり。装備品に装着したりするの」


「あーそう、SFに片足突っ込んでるんだ」

 

「あなたの脳幹にも使えるわよ?」


「やだよ、そんなの」


 一拍間を置いて、女神は思い出したかのように俺の持つスマホにそっとタオルをかけた。


「え、何してんの?」


「聞いてないんだもん! 何それ! 女神の話を無視してまで弄るような物なの⁉」


「お前さ、この部屋で女神とかデカい声で言うなよ。バカだと思われるだろ」


「だって女神だもん。大女神だもん」


「なんだ大女神って……。よし、行くか」


「っ⁉ 待って! ここから行けるわ!」


 そう言って空中に手をかざすと我が家の台所兼玄関に、淡く光る花柄の金の装飾が施された真っ白な扉が現れた。結婚式場とかにありそうな扉で、真正面から見ると高級なクローゼットにも見える。


 女神が開くその扉の向こうは、まるで宇宙空間のような光景が広がっていた。

 深い紺色の空間に無数の星々が瞬き、淡い光の帯が螺旋を描いて現れては消えていく。遠くには色とりどりの惑星らしきものがゆっくりと回転し、その表面には緑や青、金色の光が波打っていた。


 時折、流れ星のような光の筋が横切り、どこか遠くから聞こえてくるような美しい音楽めいた響きが空気を震わせている。

 重力を感じさせない浮遊感と、どこまでも続く無限の広がりに、思わず息を呑みそうになった。


 それはそれとして、そんな事より……


「……おい……」


「あなたは一回入ると戻れなくなるから、忘れ物には気をつけてね?」


「消せ」


「なんで?」


「何したんだお前、元に戻せ!」


「だって、行くかって……」


「大家さんに叱られたら敷金分お前から取るからな」


「死期金……?」


 この女、会話にならないのは最初からだが本当に日本語が通じねえ。

 俺が溜息をついている間も頭に疑問符を浮かべてこちらを見ているが、その反応をしていいのは俺である。


 面倒臭ぇな、さっさと送り帰すか。こんなのに構ってたら雨に閉じ込められる。

 

「ここを通れば異世界に行けるんだな?」


「なりた、頭いい!」

 

 あー、殴りてぇ。

 

「……わかった、お前も一緒に来い。一緒に行こ」


「ええ! 行きましょう!」


 なんか……おやつを目にしたゴールデンレトリバーがオーバーラップするんだよな。


「ちょっと怖いから先に行って。ついて行くから」


 扉の前に立った女神に膝カックンすると土下座のような体勢で扉の中に消えて行き、ドアを閉じると扉も消えた。

 床に傷は付いてないし、大丈夫かな。

 さっきまでの異世界への扉も、女神も、全てが夢だったかのような静けさだ。


 だが、キッチンには作りかけの料理が残っている。見た事のない葉物の野菜とエメラルドグリーンのキノコの……これは……ソテーかな?

 ……なにこれ。美味しそうではあるけど……形容しがたいな。


 面白そうではあるよな、異世界。

 思ってたほど不便でもなさそうだし、思ってた異世界とも少し違うみたいだし。

 ……だからって、俺の何かが変わるとは思えないな。異世界で同じ生活になるだけだろう。

 

 まぁ、いいや。料理は後で味見程度に食べてみるとして、とりあえずDVD返しに行こ。

 せっかくクーポンで無料だった新作の映画に延滞金なんか取られたら、たまったもんじゃない。

 雨が降る前に済ませてしまおう。

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