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女神がきたりて  作者: 阿能比等
第一章
1/38

day1 女神降臨



 真っ暗だな。

 右も左もない。黒の中に俺が一人。立ってるのか浮いてるのかも分からねえや。

 ……なんか、慣れた状態というか、なんというか……こんな状態になった事はないんだけどな。


 ……光の粒が目の前にゆっくりと降ってきた。

 なんとなく指先で触れてみると、光の粒は膨らんでいき、サッカーボール程の大きさになった。


 暖かいな……


 ――見つけた――


 ……?


 ――あの日の―― 


 ……いや、もういい。


 


「……んぉ……」


 昼を告げる町内放送に目を覚まして、その日の半分を無駄にした事に呆れて目を閉じると時は夕方に進んでいた。

 バイトが無い日は大体こんな感じ。

 早起きしても三文の得をありがたがる性分でもないし、爽やかな朝より眠気の無い起床の方が癒される。

 

 無理矢理にでも体を起こすと、結局その気合の疲れで何もする気が起きなくなるので、どうしようもなく寝転ったまま天井を眺めていた。

 


「…………」


 一日寝ていただけなのだが、どうしようもなく腹は減る。

 目覚ましには反応しない体も、腹の虫には素直に従うのだった。


 買い物行きたくねぇな。冷蔵庫に何か入ってたかな……


 寝癖だらけのボサボサの黒髪をそのままに、ゾンビの様に起き上がりかけた俺、阿仁谷あにや 和陀なりたの目に映ったのは――座布団に座って目を丸くしながらこちらを見つめる一人の女性だった。


 金色に輝く長く柔らかなウェーブヘアが肩から胸元にかけて流れ、碧とエメラルドグリーンの不思議な瞳がこちらを見据えている。

 白を基調とした衣装は、胸元や腰回り、裏地に赤いアクセントが施され、まるで神殿の壁画から抜け出してきたかのような装いだった。

 ただし、その格好は俺の六畳一間の古アパートには圧倒的に場違いで、畳の上に座る姿は何というか……コスプレイヤーが撮影会場を間違えたみたいな光景だった。



挿絵(By みてみん)





「…………」


「…………」


 暫しの見つめ合いの後、目を丸くしてこちらを見つめる女は、俺が起きたのを見て急にあたふたとこちらに座り直した。

 ……テーブルの上にはお茶とお菓子……カップは俺のだし、お菓子は昨日のバイトの帰りに買ったやつじゃねえか……

 

 そして、その女の第一声は……


「……め……」


「……め?」


「……女神……」


 ……女神?

 

「…………」


「私よ! 女神!」


「出てけ」


 潔く身分を名乗ったはいいが、堂々と不法侵入していい理由にはならないだろ。

 国が国なら撃たれてるぞ。

 

「え……でも」


「あ、出て左側の階段から帰ってな? 人通り多い方から出るなよ、変な噂になるから」

 

 この女神が俺の家から出てくるのを、ご近所さんに見られたくない。当たり障りなく過ごしてきた俺の評価が「妙な女を連れ込んでる男」変わってしまう。


「まずは私の話を聞きなさい! 返事はそれからでも遅くはない筈よ!」


「宗教でしょ?」


「違うわ! 私は女神よ!」


「宗教じゃん」


「…………」


「…………」


「あなたは偉大なる女神である私に」


「お前本当によぉ」


 もういいや。これ以上聞いてやる義理はない。

 せっかくの平穏な日常を、こんな女神のアホな依頼でぶち壊すのは御免だし。


「あっあっ! ちょっ、待っ……!」


 面倒臭いので、まだ何か言おうとしている女神を摘まみ出すべく脇に手を回して抱え上げた。

 腕の中でじたばたと暴れてはいるが、力が弱すぎて全く効果がない。

 必死に何かを訴えかけてきてるけど「近所の人に見られたらどう説明しよう」って事しか考えられねえ。

 こんな格好の変なヤツを抱えて玄関先に出て、誰かに見られたら確実に変な噂が立つ。

 最悪、警察沙汰だ。

 せっかく大家さんと仲がいいのによ……


「帰れ!」


「話聞いてくれたら帰る!」


「何⁉」


「私の世界に転生して世界を救いなさい!」


「やだ!」


「なんで⁉」


「なんでってか、なんなんだお前は⁉ どっから入った⁉」


「私よ! 女神シャロム・オルザラッハ、あなたを異界へと導くべく世界の理を越えて顕現した大女神よ!」


「人ん家に勝手に顕現すんじゃねぇよ、帰れよ」


「ちょっとだけ! 話だけでも全部聞いて! 悪い話じゃないから!」


 悪い話かどうかは関係ない。

 とにかく一刻も早く俺の聖域からこの女を追い出したい。

 外に誰もいない事を確認してから変な女を外に放り投げると、どんな力が働いてそうなったのかは不明だがパワーボムを食らった人みたいな格好になって廊下に落ちた。

 

 流石に少しやりすぎたかな。


 そんな事を考えていると、玄関のすぐ隣にあるガス台の所の窓が勢いよく開いた。


「勇者! 勇者になれるのよ! 魔王を倒」


「勝手に開けんな!」

 

 何ヶ月も開けてない挙句に掃除もろくにしてないから溜まった埃が風に乗って全部台所に……

 閉めようとしたが必死に押さえてやがる。


「あなた、なりたでしょ?」

 

「……なりただけど」


「異世界、ダメ?」


「ダメ」


「……私、諦めないから! なりたを異世界に連れて行くまで何度だって呼びにくるから!」


「……なんで?」


「え? だって……ほら……魔王が復活しそうだから!」


「それでなんで俺が異世界に行くの?」


 え? って顔をしてるけど、なんで俺が素頓狂な事を言った感じになってるんだか。

 なんならこいつの暴挙を見逃してやってる俺の方がまともだろ。

 

「…………」


「それにさっき魔王を倒せって言ってなかった?」


「へ? うん」


「もう復活してるじゃん」


「……しちゃったから倒して!」


「前に倒した人に頼みなさいよ。実績あるんだから」


「前に倒した人? ……は……引っ越した!」

 

「どこに?」

 

 信じられねえ程に目が泳いでる。わかりやすい事この上ないな。

 嘘なんだな。

 

「世界の危機なんだろ? 魔王倒すんだろ?」


「うんうん!」


「俺だぞ? 一般人だぞ? 世界の命運託すの嫌じゃないか?」

 

「全然嫌じゃない!」


「じゃあ誰でもいいな。他あたりな」

 

「…………」


「帰りなよ。もう暗いから」


「……仕方ないわね、じゃあこれを見せるしかないわ」


 女は窓の向こうから俺に手をかざすと、静かに目を閉じた。

 俺はそっと窓に手を掛けるとその隙に、静かに窓を閉じた。


 窓越しに女のかざした手の先が光ってる。

 ……まぁ……家の外で何かする分には別にいいか。


 非日常から振り返るといつも通りの我が家。

 不意を突いて始まった騒動にぐったりして再び布団に寝転ぶと、窓から差し込んでいた夕日は消えていた。

 勇者に魔王って……懐かしい設定だな。俺が子供の頃のゲームの設定じゃねえか。

 もう十年くらい早く来てたら、俺は異世界に行ってただろうな。


 …………まぁ……常識の欠片もない奴に絡まれたもんだ。

 何がしたかったのかは分からないけど、俺はただの男なんだよ。世界なんか救えてたら自分の人生救ってるって。

 

 これは、ここだけの話にしておこう。

 せっかくこの家賃6万円の部屋を3万5000円で借りられたんだ。問題を起こして引っ越すハメになるのはごめんだ。


 ……事故物件で幽霊が出るとは聞いてたけど、まさか幽霊より先に女神が出てくるとはな……

あ と が き


こんな無名の作品を呼んで頂きありがとうございます。

三話までは導入だと思って下さい。

色々始まるのは四話からです。決して派手な戦闘や起伏に富んだ展開はありませんが、ハッピーエンドは約束します(全48話)。


少しでも「面白かった」「気になる」と思って頂けましたら、各種反応をしていただけますと、幸いです。


皆さまからの応援が、なによりもモチベーションが上がります


なにとぞ、よろしくお願いいたします

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