day25 レベル
眠りの浅い朝、人の気配でなんとなく目が覚めた。
「……あ゙ぁ……おはよ……お、魔王……」
寝起きから女神ではなく魔王がいる。横になったままの俺の視線の先に魔王が座ってる。
「おはよ、オルでいいわよ」
「……ん……あれ、女神は……?」
「まだ来てないか、今日は来ないか。毎日来てるの?」
「…………」
来ない日もある。
来ない日……魔王……あれ……女神来てない……
ん……?
……魔王が先……?
………………
……………………
――た、そろ――――なり――
「…………ん……」
なりた――そろそろ――
「なりた! そろそろ起きなさい!」
「うお魔王! あ……悪ぃ……」
魔王を放置して二度寝してしまった。
「オルでいいって。あなたいつもこんな時間まで寝てるの? もう十二時よ?」
……またやっちゃった……
今日は午前中に買い物済ませて午後はのんびり……ってか寝て過ごそうと思ったのに。
女神は来てないのか。
台所には黒い扉が出してある。デザインや大きさは女神が出す扉と同じだが、色が黒い。
初めて見たけど……まぁ、何となくわかる。異界への扉の魔王バージョンだな。
「で、どうしたの?」
「これ」
指差された、魔王の傍らに置いてある肩掛けベルトのついた大きめの金属の箱。
開かれた箱には1.5Lのペットボトル程の大きさの赤い魚が数匹入っていた。
大きな目と、トゲトゲしいヒレが目を引く。
「うわ、デカいな……釣ってきたの?」
「うん。この前なりたが買ってきてくれた釣り竿で」
「へー、こんなデカいのが釣れるんだ」
「お土産。お昼に食べましょ」
なんか悪い気がするな。お金も貰ってるし、お礼の回復薬も貰ってるのに。
でも、こういう食材はシンプルに助かるな。昼飯代浮くし。
「これ、どうやって食べるの?」
「魔界デスカサゴだから揚げたり煮たり。どっちが好き?」
「煮魚の方が好きかな」
なんか物騒な単語が名前についてた気がするが、まぁ……大丈夫だろう。
生姜……ある。砂糖、醤油、みりん、ある。酒は……葬式の時に貰ったやつでいっか。
「ヒレに毒あるから気を付けて。私は鱗剥ぐから」
「毒あるのか……食べて大丈夫だよな?」
「勿論。買ったら高いんだから」
おお、高級魚か。
……ん? あ、まだ生きてる……
「こ……オルさん、これ……まだ生きてるよ?」
「釣ってきたばかりだし。目とエラの間の少し上辺りを刺して」
「え、刺すの? この辺?」
「もうちょい上」
魔王に教わった場所に包丁を刺すと、魚は一度だけビクリと跳ねて動かなくなった。
「お、これでいいの?」
「口開いてる?」
「口……開いてるな」
「じゃあ大丈夫」
これで終わればただの釣り人の知恵で済んだ。
魚を締め終わった俺の全身が暖かな光に包まれた。光は一際強くなり、俺を中心に螺旋を描いて立ち上る金の光も加わって、ゆっくりと消えた。
「はっ…………」
「全部煮る? 半分は別の料理にしない?」
「いや……え、今の何? 俺……光ったけど……」
「レベルが上がったんでしょ。一匹は刺し身にしていい?」
「え……いいけど……ちょっと待て、レベルって?」
「レベルよ、レベル。唐揚げも作る?」
「ちょっと待てよ、話を進めるなって。レベルって何? 俺どうなったの?」
「だから、レベルが上がったのよ。魔界デスカサゴは分類的には魔物だから」
えー……
ちょっと待ってくれ、これは流石に受け入れられねえよ。俺の初めてのレベルアップの経験値源は魚かよ。
嫌だなこれ……嫌だなぁ……異世界生活するつもりはなかったけど、どうせならちゃんとした相手でレベルアップしたかったなぁ……魚は流石に……
「リセットさせてくれ!」
「レベルを? 無理よ。せっかく上がったんだからいいじゃない」
「俺の初めてのレベルアップ、魚だぞ?」
「大丈夫よ、市場の人達もタイミングによっては上がる事もあるから」
「それってあれだろ、既にそこそこのレベルの人達だろ?」
「大丈夫よ、こっちでのレベルは持ち越されない気がするから」
気がする、って……もっとハッキリ言い切って欲しかったな……
異世界に行くつもりはないからな、レベルなんて気にしても仕方ないか。
でも、一応女神には黙っとこ。レベルが上がったなんて知られたら俺が修行したみたいに捉えられる。
今はこの魚に集中しよう。目とエラの間の少し上辺りを刺して……お、口が開いたから大丈夫かな。
ある程度想定はしていたが……また、光った。まただ。レベルが上がった。
「高いな……」
「え?」
「経験値高いな、この魚」
「なりたのレベルが低」
「やめろ!」
異世界に行かないとしてもなんか傷付く。
「今の時代、戦闘職の人でもレベルなんて気にしないわよ」
「そっちの時代はよくわかんねえけど、これでも昔はボクシングやっててジムで伝説持ってるんだぞ」
「ボクシング?」
「パンチだけで戦う格闘技」
「強かったの? 女神の話だと戦闘はまず無理だって……」
……その話は覚えておこう。
「社会人ヘルスコースで……短期間にもっともBMI値を下げた……」
「…………深くは聞かない事にする……」
「……よし、作ろう‼ どうせ後で女神も来るだろうからできる料理は全部作ろう!」
自分で言ってて情けなくなってきたので、全て忘れて料理に専念する事にした。
魔王と二人掛かりで作る魚料理がテーブルの上を埋めていく。どこか無骨で質素だがこういう料理が逆に良い。アニメの料理回とかならもっとお洒落な料理になるんだろうが、そんな事は一人暮らしの男と釣り人に期待してはいけない。
料理が完成し、炊き忘れたご飯の代わりにカップ麺を用意していると、案の定女神が魔王の扉から現れた。
「あー! 密室で二人きりで何かしてる!」
「勿論料理だよ、見りゃわかるだろうよ」
「オルフレヴネと? 二人きりで? 料理を? へー?」
「お前塩ラーメンでいい?」
そして始まる真っ昼間からの豪華な魚パーティー。
なんだかんだ言いながら、たった一人の主賓の女神も魚料理を楽しんでいる。
誰か……と言うより女神の為に作った料理もある。俺がこいつの為に料理を作った。自画自賛したい訳じゃないけど、人としてのレベルは上がってるな。
なんて事を考えていると魔王が思い出したように口を開いた。
「あ、そういえば……なりたが格闘技で伝説作った事があるんだって」
「え……? ……なりた?」
こいつ……唐突に魔王やりやがって……!




