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女神がきたりて  作者: 阿能比等
第三章
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day21 悪酔い

 夜も更けて、夕飯も済ませてちょっとダレ始める時間。


 俺は――


「もう帰ったら? そろそろ寝た方がいいよ、本当」


「えーーーー……なりたさんも飲まないうちに帰られたら女神様が戻ってくるまでもう一杯なりたさんももう少し本当に飲まないんですかぁ?」


「なに言ってるかさっぱり分かんねぇよ」


 酔ったフィーメさんに絡まれている。

 年齢は知らないけどいい歳してスウェットみたいなのを履いて上はブラジャーだけ。

 最初は目のやり場に困ったが、今はさっさと帰って欲しいという感情しかない。


「私アレなんですよぉ、今朝から新しい観光地の文章が紹介の文章……宣伝のパンフレットの文作ってて昼に観光地に本当、食べに行って写真撮ったりして……もう全然浮かばないし紹介する程の事もなくて、ちょっと残業してぇ、本当になんか紹介する事ないんですよぉ。それで帰りに女神さまと行く前にベイクユーで焼き菓子買ってこうと思ったら今日は19時で閉店だったんですよぉ」


「……うん……」


 帰りに焼き菓子買って帰ろうとしたらいつもより閉店が早かった、ってだけの話だな。

 この状態のフィーメさんと二人きりは中々辛い。


「……ぐすっ……」


「……え? ……泣いてんの?」


 何が切っ掛けかはわからないが、小さな嗚咽を漏らしながら泣き始めた。

 もうこれ、水かけるか何かして無理矢理にでも酔いを醒ました方がいいんじゃないか?

 

 そもそも女神が勝手に連れてきて、勝手に飲み会始めてこうなったんだし。

 俺が介抱するいわれはない。


「私ダメですか?」


「いや、ダメじゃないよ。頑張ってるじゃない」


「でもぉ……うっ……私、本当は市街警備課がよくて……でももう枠がなくてぇ……うぇ……」


「まぁ……やりたい仕事に就いてる人の方が少ねぇよな。そんでも観光の情報とかは絶対に役に立ってるんだし、ダメではないんじゃないの?」


 あまり刺激しないようにゆっくりとフィーメさんを立たせてトイレへ誘導した。

 さっきから嗚咽に混じって嫌な予感のするえずきを漏らし始めた。

 異世界からの吐瀉物を畳に撒かれる前にトイレへ押し込んでおこう。


 それでもフィーメさんはトイレの扉越しに愚痴を続けている。


「観光ってほとんど自分じゃないですか? 私、いつも友達とですもん……そんな観光事業の情報とかより旅行先とかのアレで回りますもん」


「何言ってるかよくわかんねぇけど、誰かがそれをやって欲しくて、フィーメさんがそれをやってるなら立派な事なんでない? 誰だって自分のやりたい事を優先したいんだし」


 トイレを流す音がして、フィーメさんが出てきた。


「私転職したぁい……」

 

「おい待て待て、なに出てきてんの?」


「おしっこ出たぁ……うぐ……」


「いや……いやいや、それは知らねぇけど出てくんなって。中にいろよ、吐きそうなんだろ?」


「大丈夫だもん……うぷ……」


「いやいやいやいや、とりあえずいつ吐いてもいいように中にいろって!」


 言う事を聞かないので仕方なく水を飲ませて横にした。

 これ……なんか……俺、何してるのこれ……?


「ちょっとフィーメさん、仰向けはダメ」


「やっぱり私ダメなんだぁ~~」


「横向いてって! 死んじゃうから!」


 フィーメさんを横向きに寝かせる為に奮闘していると、異界の扉から軽いステップで女神が飛び出してきた。


「おー待たせ! え……ちょっとなりた……あなた何してるの……?」


「見ての通りだよ、フィーメさんを横向きにしようとしてるんだよ」


「……エッチな事」


「してねぇよぉ‼」


「あ、そうだ! なりたも飲む?」


 女神が差し出す茶色い液体の入った丸いボトル。

 ここに来た時、明日はバイトだから飲まないって言ったんだけどな。


「なにこれ」


「キノコのワイン!」


「気持ち悪ぃなあ!」


「美味しいのよ? 天然のクロエルフダケとタケタケのワイン、7年ものなの」


「まーた微妙な年数の物を……」


 ボトルをテーブルに置いてフィーメの頭を膝に乗せた女神はフィーメさんの顔を、まるで我が子でも見るように微笑みながら覗き込んでいる。


「不思議よねぇ、こんなに泣いててもずーっとこの仕事を続けてるの。もう十二年になるかしら」


「……長いな」


「どうせやりたい事もないならお金目当てでも人の助けになる事を仕事にしたかった、そう言ってたわ」


 自分が努力してる人間だなんて一度も思ったことはないが、人としての模範を見せつけられたようでフィーメさんから目を逸らした。

 皆なにか背負って頑張ってるんだな……。俺は……いや、やめとこ。

 考えたってどうしようもない現実や今と喧嘩になるだけだしな。

 …………

 ……キノコのワイン……グラスに注ぐと滑らかな波を立てた。

 ちょっと粘度があるというか、重いのか。


 一気に飲み干すと、甘い香ばしさと旨味のような味が口に溢れた。


「おお……なんか……独特というか……甘香ばしいっていうか……」


「ね? 美味しいでしょ?」


「まぁ、不味くはないな。和食とかに合いそう」


「それね、酔わないの。キノコの成分が酔った感じにしてくれるから次の日に問題を残さないのよ?」


「それ別の問題があるな! 飲んじゃったじゃねえかよ!」


「大丈夫よ、大体三時間くらいで元に戻るから」


「そういう問題じゃねえ。テーブルにキノコ生やしてんじゃねえよ!」


「キノコ? あ……もう効いてるのね」


 気付けば大きなキノコになっている女神はキノコのワインを飲むとさらにキノコを部屋に増やし始めた。

 フィーメさんにもキノコが生えている。

 俺も、もう一杯飲んでみた。


 程よく怠くなった体を横たえると、大小様々な色とりどりのキノコたちが部屋中に生えているのが見える。

 こうやって考えると、俺も十分キノコだ。

 俺の些細な悩みなどこのキノコの前ではただのキノコだ。

 思えば俺の人生もキノコだったのかもキノコ


 キノコ


 キノコ……







「なりた!」


「……皆してソテーかよ……」


「なりた! 起きて!」


 ……女神だ……


「……ありがとな……」


「へ? なりた、朝よ?」


 朝……朝? 窓の外はまだ薄暗い。

 体が痛いと思ったら台所のある板の間で寝ていたらしい。

 畳の上まで這いずってスマホを確認すると時刻は四時半だった。


「……お前……いつも何時に起きてんの……」


 そのまま這いずって布団の上まで行こうとしたが、俺の布団にはフィーメさんが寝ていた。

 ……もう……いいや……体が怠いし頭も重くてぼんやりする……

 布団の端を枕にして再び寝ようとした時だった。


「あ、まだ寝るの?」


 女神は眠るフィーメさんの隣にゆっくりと座り、ぐったりと横向きに倒れる俺の頭を軽く持ち上げて自らの膝に乗せた。


「なんだよ……」


「いいからいいから」


「……お前、優しいよな」


「ふふ、急にどうしたの?」


「……昔さぁ……」


「…………」



 次に目を覚ました時、俺は布団の端を枕にしてねており、布団には女神が寝ていた。


 テーブルの上には「昨晩はお騒がせしました。お先に失礼します」というフィーメさんからの書き置きが残されている。



「おい女神……」


 女神を起こそうと思ったが、フィーメさんが寝ていた場所に女神が寝ていた事を考えて起こすのをやめた。

 大方フィーメさんが起きるまで律儀にずっと膝枕してたんだろう。

 ……変わった奴だよな。

 お前に応えてやれないんだぞ。それがわからないお前じゃないよな?

 

 俺は女神に布団をかけ直し、静かに支度をして無音でバイトに向かうのだった。

 

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