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女神がきたりて  作者: 阿能比等
第二章
20/38

day19 お姉さん

 極めて小さな声で


 俺は女神に言った。



「俺……こういうの嫌だわ……」








 休日の事。

 昼飯を買いに外に出て、家に帰ると窓の近くに敷かれた俺の布団に、見知らぬ女性が寝ていた。


 長く真っ直ぐな金髪に青白い肌の女性が仰向けに寝ていた。


 俺の布団で寝ていた。


 俺の布団で、勝手に、寝ていた。


 熱があるのか、顔は湯上がりの如く赤い。

 そして……何がとは言わない。布団の上からでもわかるくらい大きい。確実に女神以上だ。

 その女性の側でリンゴの皮を剥く女神。


「俺……こういうの嫌だわ……」


「へ?」


「いや……不潔扱いする気はないけどさ、俺の布団……」


「ダメよ? 女の子にそんな事言ったら」


「…………うん。その人どなた?」


「マリア!」

 

 誰だよ……


「うん……」


「テレシアちゃんのお姉さん!」


 …………

 何故、連れてきてしまったのか。体調悪いんじゃなかったか?


「そっとしといてやれよ、可哀想に。風邪だっけ?」


「ええ。テレシアちゃんがちょっと忙しいから代わりに面倒を見てるの」


「だからって俺の布団……。それ起きてから剥いてやれよ、変色しちゃうから」


「大丈夫よ、すぐ食べるから」


 と、シャクシャクとリンゴをかじる女神の横で、マリアさんが軽く咳込みながら目を覚ました。

 テレシアちゃんと同じ碧い瞳で俺に気付くと、上体を起こし、両手を揃えて丁寧にお辞儀をした。


「あ……なりた様ですか? 申し遅れました、テレシアの姉のマリアです。妹が」


「テレシアちゃんにはお世話になってます、なりたです」


 俺はこういう社交辞令じみた挨拶が嫌いだ、だから遮った。マリアさんには悪いけど。

 実際、世話になってる事の方が多いしな。



「体調どうです?」


「お陰様でとても良くなりました」


 …………

 ……見た目というかなんというか……恵まれた体をしてるというか……


 弱ってなきゃいけない決まりなんかないんだけど……それにしてもな体つきなんだよな……グラビア雑誌の表紙にいてもおかしくない程に。


「とりあえず……熱測ります? えーっと、あった。これを脇に挟んでもらって、終わると音が鳴るんで」

 

 なんとも言えない静寂の時間が一分ほど過ぎると、体温計が軽快な電子音を鳴らした。受け取った体温計が告げた体温は…………三十九度一分。


「……マリアさんこれ……大丈夫?」


「ええ、お陰様でとてもよくなりました」


「それは気のせいだよ‼ 女神お前、魔法とかでなんとかならないのかこれ」


「うーん、何度か試してみたんだけど何故かダメなのよ」


「効かないの?」


「魔法自体は掛かってると思うんだけど……」


 ……こんな女神がいていいのか?人間の病気が治せない女神なんているのかよ。

 大体、こいつが女神らしい事をしてるのを見たことがない。

 異世界の戦争の設定といい、まさか……こいつ、大した能力を持ってないんじゃないだろうな。


「…………」


「あ……今、私の事を無能な女神だって思ったでしょ!?」


「思ったよ」


「絶対にそう思ったでしょ! そういう目をしてたもの!」


「だから、思ったんだって」


「女神の力を使えるなら治せるもん!」


「使ったらダメなの?」


「ルール違反なのよ。女神の力はイレギュラーかつ人間が原因に関わらない、世界の危機に直結する事じゃないと使っちゃダメなの」


 この……なんだろうな。偶に女神の口から頭の良さそうな単語が出る時、なんかムカつくな。


「女神の力でマリアさんを治したら、お前の世界に行くわ」


「そんな事言われても……」


 って事は本当にダメなのか。


「冗談だ冗談。本来なら魔法使うとすぐに治るの?」


「ええ、勿論! マリアに使ったのは第一種の魔法だから本来ならすぐに完治する筈なんだけど」


「一種?」


「第一種治療魔法。専門の資格を持ったヒーラーしか使ってはいけない強力な治療用医学魔法よ」


「資格持ってんの?」


「…………」


 女神に無免許医の肩書が追加されたその時、出し放しにされていた異界への扉からテレシアちゃんが飛び出してきた。


 「あ、すみません! 姉がお世話になってしまって……」


「それはいいんだけどさ、本当に風邪なの? 熱がとんでもねぇ事になってるけど」


「お医者様が言うには……」


「……女神、悪いんだけどまた金の板持ってきてくれよ」


「ええ」

 

 女神は横着して、以前お金をコピーした時と同じように金の板を出した。

 こいつの世界で金の価値が低いのは、こいつが原因なんじゃないか……?

 まぁ、今は気にしない事にしよう。


「とりあえず、市販のやつで一番強い薬を買ってくる。マリアさん、食欲は?」


「いえ、食欲はありません」


「ありそうだな」


 正方形のタイル程の金の板をポケットにつっこんで、真昼の商店街へ。

 人生二度目の金の密輸。前回もそうだったけど、これはどこで手に入れたのか? と訊かれないか不安で仕方がない。商店街の買取屋がそこまで真面目そうではないのが助かる。

 それに、ここじゃないと鑑定ができないとかで買い取ってくれないし。

 

 商店街の店を梯子するように、薬局やスーパー、青果店を巡る。

 金を売って得たお金は全部使い切ろう。

 後で罪悪感とかで気分悪くなるのは目に見えてるからテレシアちゃんとマリアさん用の買い物に全部使っちゃえ。

 

 まるで夕方の専業主夫のように商店街を歩き回って、家に帰るとマリアさんは再び俺の布団で眠りについていた。

 

「テレシアちゃん、悪いけどお姉さん一回起こして。……あれ、テレシアちゃんは?」


 いなかった。忙しいみたいだな。

 代わりに女神がマリアさんを優しく起こしている。

 

「テレシアちゃんはお泊りの準備に戻ったの。すぐに戻るわ」


 ……断れねえよな、流石に。

 目覚めて再び頭を下げるマリアさんの首から上と熱は本当に洒落にならなさそうな感じだし。


 「マリアさん、普通の食事食べれる? キツイなら果物とかもあるけど」


 「あ……そんな……」


 「とりあえず準備するから食べてみような」


 こういう遠慮がちな人との会話は、強制的にさっさと話を進めるに限る。


 ……ほとんどインスタント食品だな。

 スープとか、おかゆに冷凍のうどん、ゼリーやアイス……

 あと俺が気に入ってる栄養ドリンクのアグラオフォティスβ。

 あ、アイス冷凍庫に入れないと。

 ……米とかうどんの文化あんのかな?

 

 とりあえずスープとパンを用意して、マリアさんが食べている間に果物の準備をする事にした。マリアさんが食べられなくても、女神とテレシアちゃんが食えるだろ。

 女神と一緒に食事をとるマリアさんを眺めていると、テレシアちゃんがタオルや着替えを抱えて戻ってきた。


 「わぁ……すみません、お食事まで……」


 食事はどうでもいいが、着替えが二、三着あるのが気になる。

 

 連泊なの?


 「気にしなくていいよ、女神が出した金が元だし。忙しそうだけど大丈夫?」


「はい! ちょっと離れた場所の仕事を請け負ったので、お給料を受け取りに行ったりしてました」


「……。テレシアちゃん、台所にまだ食事あるから一緒に食べな。女神、ちょっと大家さんに人を泊めるって伝えに行くから一緒に来て」


 女神を家から連れ出し、大家さんの部屋に向かう事なく、少し離れた場所で女神に向き直った。

 人を泊めるくらいなら一々報告する必要などない。


「雇えよ」


「へ?」


「お前の神殿でテレシアちゃん雇えよ」


「……? ……⁉」


 雷に打たれたような反応をする女神。

 本当に気付いてなかったのか……てっきり何か事情があって、そうしないんだとばかり思ってた。

 

「掃除とか料理とか、なんかあるだろ?」


「でも……いいのかしら? ズルにならない?」


「人間として神殿で働くんだからいいだろ。お前の世界は貧しい人間を助ける手段があるのに有耶無耶にする世界なの? だとしたら期待外れだぞ」


「…………」


 「そりゃあ……責任があるのはわかるし、じゃあ他の貧しい人は? ってのもわかるけど”テレシアちゃんを助ける”って感じで切り分けて考えない?」


「……神殿前の庭園の管理があるの。ちょっと大変だけど大丈夫かしら?」


「テレシアちゃんに判断してもらおう」


 話は纏まったと判断して部屋に戻ろうとすると、足音が一つしかない。足りない足音の代わりに、女神が俺を呼び止める小さな声が聞こえた。

 

「ねぇ、なりた。私……嫌な女神だったのかな……」


「…………。端から見たらそうだったかもな」


「…………」


「でも、こっから先でテレシアちゃんが幸せそうにしてれば、それが誤解だったって誰にでもわかるだろ」


「……そう……かな……」


「……とりあえず戻ろう。ごめんな? 強く言っちゃって」


「大丈夫……」


 部屋に戻ると、2人は食事を終えて果物に手をつけずに待っていた。

 とりあえずマリアさんに風邪薬を飲ませてから、テンションが無に帰った女神を座らせた。

 りんごや缶詰めのみかんを出すと、やっと少し和やかな雰囲気になった。


 女神以外は。


「テレシアちゃんさ、神殿で働かない?」


「神殿……ですか?」


「さっさ女神が言ってたんだけど、庭の手入れする人が必要なんだと」


「……でも……」


「外仕事になるだろうから大変だろうけど、とりあえずやってみたら? 信用はできねえかもしんないけど、信頼できるとこで働いた方がお姉さんも安心するでしょ」


「……女神様は、あの……信用できます……」


「テレシアちゃん、私の神殿で働いてくれる?」


「はい! お世話になります! 私、頑張ります!」


 姉妹揃って深々と頭を下げようとするのを肩を掴んで阻止して、マリアさんを布団に戻してからテレシアちゃんにある約束を持ちかけた。


「で、さあ、2つ約束して欲しいんだけど」


「約束……ですか?」


「一つは、仕事が合わなくて辞めたくなったら俺に言って。ある程度モラルに反する方法を使ってでもちゃんと辞められるようにするから」


「え⁉ あ……は、はい……え……あの……」


「二つ目は、これからまとまったお金が手に入ると思うけど、お姉さんを別の医者に診せてあげて。できれば二人くらい」


「でも、両親がお世話になったお医者様が……」


「悪意はなくても間違えたり、気付けなかったりする事はあるよ」


 顔を逸らして俯いた女神を無視して、とりあえず二つの約束を交わした。

 なんか……嫌な予感がするんだよな。

 思い過ごしなら最高なんだけど、熱がな……


 俺は医者じゃないし、病気の事に詳しい訳でもないからこれくらいしか助言はできないけど、ないよりマシだろう。


 さて……次は……


「なあ女神。もし、俺が異世界で冒険するとしたら、テレシアちゃんは何になんの?」

 

「え? テレシアちゃんは……キツネ?」


「そんな役職ねえだろ。魔法使いはレカさんだろ? で、女騎士……まあ戦士枠はフィーメさん。俺は勇者枠なんだろ?」


「テレシアちゃんはテレシアちゃんでいいわよ。私は女神枠で、オルフレヴネは頼れる仲間枠?」


 魔王が同行するなら、俺らはどこに向かうんだろうな……



 こうして、普段は取り合わない異世界や冒険の話に付き合ってやると、女神の似合いもしない暗い顔も、徐々に見慣れた顔に戻るのだった。

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