day17 ドラゴン
「ねぇねぇ」
特にやる事もなく、畳に転がっている俺に異界の扉越しに話しかけてくる女神。
珍しいパターンだ、部屋に入ってこないなんて。
「行かないぞ」
「今日はちょっとお願いがあるの」
「いつもお願いしに来てるだろ」
「あの、ね。……一日だけこっちに来てくれない?」
「一回行ったら戻ってこれねぇって言ってたじゃん」
「ちゃんと戻れるようにするから‼ 一日だけ‼」
「今度はなんだよ」
「……ドラゴン倒して?」
まともに聞いても絶対に話にならないのは目に見えているので、無視をする事にした。
「…………」
「…………」
「…………」
「……ドラゴン……倒してくれたらちゃんと戻すから、ね?」
「……今日何曜日だっけか……」
「今日、水曜日」
「…………」
「……ねぇ、ドラゴン倒し」
「無理に決まってんだろ、中学生になったあたりでカナヘビに触るのすら嫌になったんだから」
「触らなくていいの! 倒してくれれば!」
「…………」
「ねぇ……ドラゴン……」
珍しく本当に困ってるっぽい雰囲気。でもドラゴン関係の事など相談されても俺も困る。
女神がひょっこり顔だけ出してきた。
「ドラゴン暴れてるの?」
「……うん……」
「なんで?」
「眠りから……目覚めたから……」
「いや……寝起きが悪いとかそういう話じゃないんだろ?」
「うん……」
「何切っ掛けで暴れだしたんだよ」
「……眠りから……目覚めたから……」
「お前、何かやっただろ?」
「…………」
「やったんだな」
「あなたがこっちに来てくれないから……休眠中のドラゴンを起こしたの。勇者にしか倒せない呪いをかけるから勇者に倒されてちょっとだけ封印されてって頼んだら……急に怒り出して……じゃあいいよ、本当に暴れてやるから!って言って……」
「その……ドラゴンってのは? 何か邪悪な存在なの?」
「いえ? 昔から山に住んでるドラゴンよ?」
「山に住んでて?」
「たまに水源の場所とか食料が沢山ある場所とかを人に教えてた……」
「つまり、山で眠ってただけの親切な方を起こして呪って悪者扱いしたの?」
「……悪者っていうか……ちょっとだけ封印されてって。お礼も用意してあったのに……」
「俺が倒すより、お前がちゃんと謝った方が絶対に早いし丸く収まるぞ」
「……討伐……」
「しない。大体な、ドラゴンがいないからそっちに行かないとか言ったか?」
「ドラゴンがいないからどうにもならないって、夕飯の時に言ってたじゃない‼」
「ゲームだよ‼ なんだよ現実にドラゴンがいないから困るやつって‼ 変態じゃねぇんだよ!」
「……あなたが……ほら……曖昧な事言うから……」
これは本当にヤバいんだろうな。目が泳ぎまくってるし、テンション低いし。
それに……俺は危うくドラゴンと戦わされる所だったのかよ……
「なぁ」
「ありがと……」
「行かねぇよ。何か書く物持ってこいよ」
「……あ、勝手に扉を動かさないでね?」
「俺にそんな能力ねぇもん」
暫く待つと女神は紙と羽ペンとインク……を持ったテレシアちゃんを連れてきた。
「挑戦状書くの?」
「俺は書かねぇし、挑戦状じゃねぇよ」
「え?」
「はい、じゃあまず……反省……いや、謝罪文って書け」
「テレシ」
「お前が書けお前がやらかしたんだから‼」
渋々と書き始める女神。
だが、謝罪文という単語を書き終えると手を止めてこちらを見つめてきた。
「…………」
「…………」
「……ダメですよ、女神様。少しは自分で考えないと」
こいつ、俺が文章を全部考えてくれると思ってたのか……
「えー……無理よ、私文才無いもの」
「伝えたいのはお前の文才じゃない、誠意だ」
「……私、女神なのにドラゴンに謝るのー……?」
その時、テレシアちゃんがポツリと気になる事を言った。
「早く許して貰わないと神殿が潰れちゃいますよ?」
「神殿狙われてるの?」
テレシアちゃんの話では、大筋は女神が話していた通りだが街ではなく神殿を破壊しようとしてるらしい。因果応報である。
それに対して女神は呆れた様子。
「ちょっと非常識よね、神殿から攻撃するとか」
「神殿からって訳じゃないだろ、神殿だけ狙われてるんだろ」
「で、次はなんて書けばいいの?」
「自分で考えろよ、自分でやらかしたんだから」
「えーーーー…………あ、そうだテレシアちゃん、神殿の噴水の前にある屋台のクレープ屋さんとサンドイッチ屋さんからいくつか商品貰ってきて! 私の名前使っていいから!」
「的屋に集られてんのかお前の神殿」
「何がいいですか?」
「うーん……ドラゴンが好きそうな……お肉っぽいやつ?」
「まぁ、菓子折りみたいな……手土産ってのはいい考えだと思うけどちゃんと謝んないと受け取って貰えないぞ」
「大丈夫よ、私と一緒に食事ができる権利を貰えるんだから」
「やれ。ドラゴンさんには悪いけどやってキレられてこい」
そうこうしていると、女神が出しっぱなしにしてた異界の扉から何かがゆっくりと出てきた。その何かは扉に詰まる感じでその動きを止めた。
何かの一部だろうか、艶のある黒い硬質で光沢のある何か。大きな穴が2つ空いており、等間隔で風が吹く。
スーパーとかの天井にあるでっかいエアコンくらいの風圧だ。
「っ!? ……えー……何か……えー……ちょっと女神……何か出て……えー……」
「あ、ちょっと、扉壊さないでね?」
慌ててテレシアちゃんがその物体を軽くトントンと叩くと、物体はほんの少しだけ後退した。
「ダメですよドラゴンさん、なりたさんの部屋が壊れちゃいますよ!」
「え、これドラゴン? これ鼻先か!」
これが…………ドラゴンか……鼻先しか見えないけどすげぇな。これ、触っていいかな?
扉からはみ出た鼻先をそっと撫でると硬く滑らかな手触りとひんやりとした温度を感じた。
「……おお……」
「ドラゴンに触れるのは初めてですか?」
「あ、はい。……ん? 今のドラゴン? ドラゴンが喋った?」
それは穏やかで凛とした若い女性の声だった。
「はい、俺です」
「メスなのか……」
まぁ、メスのドラゴンキャラも今や多いけど……なんか勝手に年老いた渋い感じのドラゴンを想像してた。
それに……これはどうでもいいんだけど、こんな穏やか〜なタイプの俺っ子っているんだな……
「女性、って言って貰ってもいいですか?」
「あすみません……」
怒られた。
「ねぇねぇ、一緒にお茶会してあげるからもういいでしょ?」
「それならまぁ……いいですけど……」
はぁ?
まぁ……ドラゴンさんがいいなら別にいいけど、何かが釈然としねぇな。
……お?
畳の上、ドラゴンさんの鼻先よりやや下あたりに大きめのポテトチップス程もある黒い物体がある。
手に取ってみると、薄くて硬いドラゴンさんの鱗だった。
…………本物のドラゴンの鱗。……お、ちょっと柔軟性はあるんだな。
紙ヤスリで磨いた金属みたいに艶があり、滑らかだ。
割と重さもあるな。
「やだ……なりた……あなた何してるの……?」
「え? いや……ドラゴンさんの鱗が……」
「…………」
「……え?」
この不意に理由もわからず始まった冷たい空気を気遣うようにドラゴンさんが介入してくれた。
「あのー、物珍しさというか……好奇心? で拾ったんですよね……?」
「ま、まぁ……好奇心というか……」
「え、ええ。大丈夫ですよ?」
「え? は、はあ……。……え?」
女神の今までにない程の冷たい視線が痛い。テレシアちゃんまで不安そうな表情で俺を見ている。
落ちたドラゴンの鱗を拾うのはそんなに悪い事なのか?
変態を見る目で俺を見ていた女神が口を開いた。
「いつまで持ってるの?」
「これ、貰っちゃダメ?」
俺のこの発言で、空気が凍てついた。
まるで時が止まったかのような静寂を破ったのはテレシアちゃんだった。
「なりたさん……それはちょっと……」
「…………」
追撃と言わんばかりに女神も口を開く。
「貰って……何に使うの……?」
「何って……コレクション……みたいな?」
「っ!? ……やだ……」
ゾッとした顏で俺を見ながら少し距離を置く女神とテレシアちゃんを見て、とりあえず理解した。
鼻先しか見えないドラゴンさんからも、なんか冷たい空気というか……ドン引きしてる雰囲気を感じる。
俺は今、女性から見たらかなり気持ち悪い事をしているらしい。
「あの……なぁ……なんか……なんだろうな」
とりあえず、元凶であるこの鱗を異界への扉に詰まるドラゴンさんの隙間から異世界へと放り込み、二人と一匹の反応を見てみた。
相変わらずの冷たい空気と変態を見る目。
「なりた……まさかあなた……私やテレシアちゃんの髪の毛とかも集めてるんじゃ……」
なるほど、そういう事か……
「あのなぁ、こっちの世界にはドラゴンとかいないんだよ! 空想上の生き物なの! だから珍しくて拾ったんだよ! 別にドラゴンさんの性別とか気にした事ねえよ‼」
「へー。真っ先に鼻先とか撫でてたのに?」
「珍しいからだよ!」
「へー。そう」
「…………」
「テレシアちゃん、行きましょ」
ゆっくりと後退していくドラゴンさん。
テレシアちゃんの手を引いて去っていく女神。
女神に手を引かれて俺から目を逸らしつつ去っていくテレシアちゃん。
扉の向こうから「気にしないでね、シェムー」と言う女神の声が聞こえる。
恐らく、ドラゴンさんを慰めている。
この誤解は解けなかった訳だ。
……まぁ……仲直りはできてるみたいだからいいか……
そっと異界への扉を閉めると、扉もドラゴンさんを慰める声も消えた。
俺は恐らく、この世で本物のドラゴンに触った唯一の人間になった。
その代わり、変態というレッテルを貼られた。
……なんだよ……これ……
…………寝よ。




