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VS遺跡の主4

 短剣が——弾かれた。

 刃先は確かに核に触れた。赤い光に、届いた。

 でも——浅かった。


 鱗が閉じる力に押し返され、手首が捻られる。刃が、核の表面を滑って——外れた。

 次の瞬間、衝撃が来た。

 主の前足が、僕を薙ぎ払った。



 体が、宙を舞った。

 壁に叩きつけられる。肺から空気が抜ける。視界が白く明滅した。


 ——痛くない。


 《戦乙女の加護》が、痛みを消している。

 でも、体が動かない。腕に力が入らない。立ち上がろうとして——膝が折れた。

 主が、咆哮を上げた。


 さっきまでとは違う。怒りに満ちた、地を揺るがす咆哮。

 核を傷つけられた。それが——主を、本気にさせた。


 主の動きが、変わった。

 速い。さっきの比ではない。

 四本の足が床を蹴る。巨体が、信じられない速度で迫ってくる。


 僕は転がった。爪が、壁を抉る。石の破片が降り注ぐ。

 立ち上がる暇もない。次の攻撃が来る。

 尾だ。横薙ぎに振られる。


 跳んだ。尾の上を越える。でも、着地した瞬間——


 ——顎が、開いていた。


 牙の並んだ口が、目の前にあった。


「ユウ!」


 銀色の影が、僕を突き飛ばした。

 ヒルデだ。

 牙が、空を噛む。ヒルデの髪が、数本——切れて舞った。


 間一髪だった。


 距離を取った。

 ヒルデと並んで、主と対峙する。

 彼女の息が、荒い。弱体化した体で、限界に近い動きをしている。


「……浅かったな」


 ヒルデが言った。


「核に届いたが、砕くには至らなかった」


「わかってる」


 僕は短剣を握り直した。

 手が——震えていない。

 恐怖がないからだ。普通なら、今の攻撃で心が折れている。何度も殺されかけた。体はボロボロだ。


 でも——頭が、冷えている。

 考えられる。まだ、考えられる。


 主が、こちらを睨んでいた。

 赤い目が、怒りで燃えている。胸の傷から、黒い血が流れている。

 でも——致命傷ではない。核は、まだ無事だ。


「もう一度、同じことをやっても——通じない」


 ヒルデが言った。


「咆哮の瞬間を狙うと知られた。次は、そう簡単に吠えない」


「……じゃあ、どうする」


「考えろ」


 ヒルデの金色の瞳が、僕を見た。


「お前の《記録》は、何を刻んだ。今まで見たもの、感じたもの。その中に——答えがある」



 主が、ゆっくりと近づいてくる。

 時間がない。考える時間が——


 ——待て。


 《記録》を、遡った。

 この戦いが始まってから、刻んできたすべて。

 主の動き。攻撃のパターン。体の変化。


 そして——核を狙った瞬間。

 あの時、何が起きた。

 胸の鱗が開いた。核が露出した。短剣を突き刺した。


 でも——弾かれた。

 なぜだ。


 ——鱗が、閉じたからだ。


 咆哮が終わった瞬間、鱗が閉じ始めた。その力に押し返された。

 つまり——咆哮の一瞬では、足りない。

 もっと長く。もっと確実に。核が露出している時間を——引き延ばす必要がある。


 主が、跳んだ。

 僕とヒルデは、左右に分かれた。爪が、中央の床を砕く。

 距離を取りながら、考え続ける。


 核が露出するのは、咆哮の瞬間だけか。

 《記録》を、さらに遡った。

 戦闘の最初。主が動き出した瞬間。攻撃を繰り出す時。


 どの瞬間も——鱗は閉じていた。

 胸を守るように、隙間なく覆っている。

 開くのは——咆哮の時だけ。


 いや——違う。

 もう一つ、あった。


 第一形態から第二形態に変わった瞬間。

 あの時、主の体は——変形していた。

 全身の鱗が波打ち、背中の突起が伸び、筋肉が膨張し——


 胸の鱗も、開いていた。

 核が——光っていた。

 形態変化の瞬間。体を作り変える時。その間、核は——露出している。


「ヒルデ」


 僕は叫んだ。


「形態変化の時——核が開く」


「何?」


「第二形態になった時、胸の鱗が開いていた。変化の間、核は——無防備だ」


 ヒルデの目が、わずかに見開かれた。


「……なるほど。それなら——狙える」



 だが——問題がある。

 主は、すでに第二形態だ。これ以上の形態変化が——あるのか。

 《記録》を、探った。


 この遺跡の主。古い存在。ヒルデの言葉が、頭を過ぎる。

 『古い存在には、核がある』

 核は——生命の源。それを守るために、体がある。鱗がある。


 でも、核を傷つけられた時——


 ——守りを、強化しようとするはずだ。


 体を変える。もっと硬く。もっと強く。

 つまり——第三形態。

 核が傷ついたから、さらなる変化が起きる可能性がある。


「ヒルデ」


「何だ」


「核を——もう一度傷つける。そうすれば、形態変化が起きるかもしれない」


「……危険な賭けだな」


「でも、それしかない」


 ヒルデが、僕を見た。

 厳しい目。でも——否定はしなかった。


「いいだろう。やってみろ」


 主が、動いた。

 今度は尾からだ。横薙ぎではなく、叩きつけ。上から振り下ろされる。

 僕は横に跳んだ。尾が床を砕く。衝撃で体が浮く。


 着地して、主の横に回り込んだ。

 横腹が見える。さっき傷をつけた場所。鱗の隙間。


 ——狙う。


 短剣を構えて、踏み込んだ。

 主が反応した。前足が振られる。でも——遅い。横腹を守ろうとして、動きが大きくなっている。

 その隙に——刺した。


 鱗の隙間に、刃を差し込む。深く。奥まで。

 黒い血が、噴き出した。


 主が、絶叫した。

 咆哮ではない。苦痛の叫び。

 体が——痙攣した。


 僕は短剣を引き抜いて、後ろに跳んだ。

 主の体が——変化し始めた。

 鱗が波打っている。筋肉が膨張している。背中の突起が、さらに伸びている。


 ——来る。


 第三形態への変化。

 僕は、主の胸を見た。

 鱗が——開いていた。


 赤い光が、露出している。核が——見えている。


 ——今だ。


 走った。

 全力で。主に向かって。

 変化の途中。体が不安定な状態。反撃は——来ない。


 核が——目の前にある。

 赤く脈打つ光。生命の源。

 短剣を——構えた。


 これで、終わらせる。

 踏み込んで——


 ——足が、止まった。


 変化が——終わっていた。

 主の体が、完全に変わっていた。

 第三形態。


 さっきより——大きい。鱗が——厚い。そして——

 胸の鱗が、閉じていた。



 間に合わなかった。

 変化の時間が——短すぎた。

 第二形態への変化より、ずっと速かった。


 僕は急いで後ろに跳んだ。

 第三形態の主が——動いた。

 速い。第二形態より——さらに速い。


 爪が迫る。避けられない——


「ユウ!」


 ヒルデが割り込んだ。両腕で爪を受け止め——弾き返した。

 でも、その反動で——ヒルデの体が、吹き飛んだ。

 壁に叩きつけられる。崩れ落ちる。


「ヒルデ!」


 彼女は——動かなかった。

 気を失っている。いや——息はある。でも、これ以上は——動けない。

 僕は、一人になった。


 第三形態の主と——一対一だ。


 恐怖は——ない。

 《戦乙女の加護》が、すべてを消している。

 心臓が暴れている。肺が悲鳴を上げている。体中が痛いはずだ。


 でも——聞こえない。感じない。

 頭の中が——静かだった。

 無音の世界。


 心臓の鼓動だけが、遠くで響いている。

 これが——加護の真価。

 絶望的な状況でも。一人になっても。体がボロボロでも。


 考えることを——やめない。


 主が、こちらを見ていた。

 赤い目。怒りに燃える目。

 でも——その目の奥に、何かがあった。


 焦り。


 ——焦っている。


 なぜだ。主の方が圧倒的に強い。僕一人では、勝てない。

 でも——焦っている。

 《記録》が、その理由を探った。


 主の動き。体の状態。傷の深さ。

 横腹の傷から、血が流れ続けている。核にも、僕の刃は届いた。

 ダメージが——蓄積している。


 第三形態になったのは、防御を強化するためだ。でも、それは——体への負担も大きい。

 主は——消耗している。

 僕も限界だ。でも、主も——限界に近い。



 勝ち筋が——見えた。

 言葉にする。頭の中で、整理する。

 一つ。主は消耗している。長期戦になれば——持たない。


 二つ。核を守るために第三形態になった。でも、核が傷ついている以上——修復に力を使っている。

 三つ。第三形態は第二形態より強い。でも——それは、無理をしているということだ。


 無理を続ければ——どこかで、綻びが出る。

 僕がやるべきことは——耐えること。

 避けて、逃げて、時間を稼ぐ。


 主が限界を迎えるまで——生き延びる。


 主が、動いた。

 爪が迫る。避ける。尾が来る。跳ぶ。顎が開く。転がる。

 一つ一つの攻撃を——ぎりぎりで躱していく。


 《記録》が、パターンを刻み続けている。

 第三形態の動き。第二形態との違い。速度。威力。軌道。

 少しずつ、見えてきた。


 第三形態は速い。でも——動きが大きい。攻撃の予備動作が、わずかに増えている。

 体が大きくなった分、小回りが利かなくなっている。

 そこを——突く。


 爪が振られる。予備動作を見て、左に跳ぶ。爪が右を通過する。

 尾が来る。軌道を読んで、伏せる。尾が頭上を通過する。

 避けられる。まだ、避けられる。


 時間が——過ぎていく。

 どれくらい経っただろう。一分か。五分か。十分か。

 僕は避け続けた。ひたすら、避け続けた。


 体が重い。腕が痺れている。足が震えている。

 でも——動ける。まだ、動ける。

 主の動きが——鈍くなってきた。


 さっきより、遅い。攻撃の間隔が、広くなっている。


 ——効いている。


 消耗が、限界に近づいている。


 主が——止まった。

 荒い息を吐いている。体が——震えている。

 胸の傷から、黒い血が流れ続けている。核の傷も——塞がっていない。


 修復に力を使いすぎた。第三形態を維持するのに、限界が来ている。

 そして——

 主の体が——揺らいだ。


 鱗が、波打ち始めた。筋肉が、痙攣している。


 ——形態が、維持できなくなっている。


 第三形態が——崩れようとしている。

 そして、崩れる時——また、変化が起きる。

 体が作り変わる時——核が、露出する。



 主が——咆哮を上げた。

 苦痛の叫び。怒りの叫び。

 体が——縮み始めた。


 第三形態が崩れていく。鱗が剥がれ落ちる。筋肉が萎んでいく。

 そして——胸の鱗が、開いた。

 核が——露出した。


 赤い光が、脈打っている。傷ついた核が、剥き出しになっている。


 ——今度こそ。


 僕は——走った。

 最後の力を振り絞って。

 核に向かって。


 短剣を——構えた。

 赤い光が、目の前にあった。

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