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VS遺跡の主3

 第二形態の主が、跳んだ。


 ——速い。


 さっきとは、比べ物にならない。

 僕は横に転がった。爪が、床を抉る。石の破片が、頬を掠めた。

 痛みは——感じない。


 《戦乙女の加護》が、すべてを消している。恐怖も、痛みも、焦りも。

 頭の中が、静かだった。

 心臓は暴れているはずなのに、その音すら遠い。


 ——無音の世界。


 この感覚を、ヒルデは教えてくれていた。

 恐怖がない代わりに、危険を理屈で判断しろ。今、何が起きているか。何をすべきか。冷静に、考えろ。



 主が、再び動いた。

 今度は——尾だ。

 横薙ぎに振られる。さっきより速い。さっきより重い。


 避けられない。

 咄嗟に、短剣を構えた。

 衝撃。


 体が、吹き飛ばされた。

 壁に叩きつけられる。肺から空気が抜ける。


 ——痛くない。


 でも、体が動かない。腕が痺れている。足に力が入らない。

 立て。立ち上がれ。

 頭が、命令を出す。体が、従おうとする。


 遅い。主が、もう目の前に——


「ユウ!」


 銀色の影が、割り込んだ。


 ヒルデが、主の前に立っていた。

 両腕を広げて、僕を庇うように。

 主の爪が、振り下ろされる。


 ヒルデが——受け止めた。

 いや、受け止めたのではない。両腕で爪の軌道を逸らし、横に流した。

 それでも——衝撃は大きかった。


 ヒルデの体が、よろめいた。膝が、床につく。


「ヒルデ!」


「黙れ。立て」


 振り返らずに、ヒルデが言った。

 その声は、厳しかった。でも——震えていなかった。


「お前が倒れたら、終わりだ。私一人では、こいつは倒せない」


 主が、再び腕を振り上げた。

 ヒルデが、また前に出る。


「だから——立て。私が時間を作る」


 その背中が、また壁のように見えた。

 細いのに。弱体化しているのに。

 それでも——僕を守ろうとしている。


 僕は、歯を食いしばった。

 壁に手をついて、立ち上がる。

 足が震えている。腕が痺れている。


 でも——動ける。まだ、動ける。

 ヒルデが、主の攻撃を捌いていた。

 避けて、流して、後退して。その繰り返し。


 でも、限界が近い。動きが鈍くなっている。息が荒い。


 ——考えろ。


 勝つ方法を。生き残る方法を。

 《記録》が、主の動きを刻み続けていた。

 第一形態との違い。速度。威力。パターン。


 何か——ないか。弱点が。隙が。



 主が、咆哮を上げた。

 その瞬間——動きが、止まった。

 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、硬直している。


 ——これだ。


 《記録》が、その瞬間を捉えていた。

 咆哮の直後。威嚇のために力を込めた反動で、体が硬直する。

 第一形態にはなかったパターン。第二形態になって、新しく生まれた隙。


 でも——一瞬だけだ。

 その間に、何ができる。

 考えろ。今ある情報を、整理しろ。


 主の弱点。鱗の隙間。さっき傷をつけた横腹。

 でも、あそこを狙っても——致命傷にはならなかった。形態変化を引き起こしただけだ。

 もっと深く。もっと確実に。


 ——核。


 ヒルデの言葉が、頭を過ぎった。

 『古い存在には、核がある。それを壊せば、倒せる』

 核は、どこだ。


 主が、また動き出した。

 ヒルデが、限界に近い動きで躱している。

 僕は、主の体を観察した。


 《記録》が、すべてを刻んでいく。

 黒い鱗。背中の突起。金色の目。

 どこかに——核があるはずだ。


 心臓か。頭か。それとも——

 主が、再び咆哮を上げた。

 その瞬間、僕は見た。


 胸の中央。鱗の下で、何かが——脈打っていた。

 赤い光。規則的に、明滅している。


 ——あれだ。


 あれが、核だ。

 でも——鱗に覆われている。短剣では、届かない。

 どうすれば——



「ユウ」


 ヒルデの声が、響いた。

 主の攻撃を躱しながら、こちらを見ている。


「何か、見つけたか」


「……核。胸の中央に、核がある」


「そうか」


 ヒルデが、微かに頷いた。


「なら——露出させる方法を考えろ」


「露出……?」


「鱗の下にあるなら、鱗を剥がせばいい。あるいは——鱗が開く瞬間を狙え」


 鱗が開く瞬間。

 そんな瞬間が、あるのか。

 《記録》を、遡った。


 主の動き。攻撃のパターン。体の変化。

 そして——見つけた。

 咆哮の瞬間。体に力を込める時。胸が——膨らんでいた。


 鱗が、わずかに開いていた。

 一瞬だけ。ほんの一瞬だけ。

 でも——その瞬間なら、核に届くかもしれない。


「ヒルデ」


 僕は、声を上げた。


「咆哮の瞬間——胸の鱗が開く。その時に、核が見える」


「わかった」


 ヒルデが、主から距離を取った。


「なら——咆哮させろ」


「咆哮させる……?」


「怒らせろ。追い詰めろ。吠えたくなるほど、苛立たせろ」


 その言葉に——僕は、頷いた。

 怒らせる。それなら——できる。

 さっきと同じだ。


 二人で動いて、翻弄する。どちらを追えばいいかわからなくさせる。

 そうすれば——苛立って、咆哮する。


「行くぞ」


 ヒルデが、走り出した。

 僕も、反対方向に走った。



 主の視線が、揺れた。

 ヒルデを追う。僕を追う。また、ヒルデを追う。

 定まらない。どちらを狙えばいいか、わからない。


 僕たちは、交互に動いた。

 片方が止まっている間に、もう片方が移動する。

 主の周りを、ぐるぐると回り続ける。


 主が、苛立ったように唸った。

 爪を振る。空を切る。当たらない。

 また振る。また外れる。


 金色の目が、怒りで染まっていく。


 ——来る。


 《記録》が、予兆を捉えた。

 主の胸が、膨らみ始めている。

 咆哮の準備だ。


「ヒルデ!」


「わかっている」


 ヒルデが、僕の方に走ってきた。

 僕たちは、主の正面で合流した。

 主が——咆哮を上げた。



 その瞬間。

 胸の鱗が——開いた。

 赤い光が、露出した。


 脈打つ核。生命の源。


 ——今だ。


 僕は、踏み込んだ。

 短剣を構えて、核に向かって——

 でも、遠い。間に合わない。


 咆哮は、一瞬で終わる。鱗が、閉じ始めている。

 届かない——


「ユウ!」


 ヒルデの手が、僕の背中を押した。

 強く。前に。

 体が、加速した。


 届く——届く距離に——

 核が、目の前にあった。

 赤い光。脈打つ生命。


 短剣を——突き立てた。


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