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VS遺跡の主

 扉を、押し開けた。

 重い石が軋む音が、暗闇に響いた。

 その向こうに——広い空間があった。

 天井が高い。壁には古い紋様が刻まれている。中央には祭壇のようなものがあり、その奥に——

 いた。

 巨大な影が、蹲っていた。



 最初に感じたのは、圧だった。

 空気が重い。肺が潰されそうになる。足が床に縫い付けられたように、動かない。

 これが、遺跡の主。影が、動いた。ゆっくりと、こちらを向く。

 二つの目が光る、赤い。血のように赤い。その視線が、僕を捉えた瞬間——体の芯から、震えが消えた。

 《戦乙女の加護》が、発動していた。恐怖が、無くなった。

 さっきまで感じていた圧迫感が、遠くなる。心臓は早鳴っているはずなのに、頭は冷えている。

 これが、加護の力。ヒルデの言葉が、頭を過ぎった。


 『恐怖がなくなるということは——危険を察知する感覚も消えるということだ』


 だから、理屈で考えろ。

 目の前にいるのは、深層の主。訓練ダンジョンのゴブリンとは、格が違う。一撃でも喰らえば——死ぬ。

 それを、頭に刻み込む。恐怖は感じない。でも、危険は理解している。

 遺跡の主が、立ち上がった。でかい。

 四足の獣のような体躯。だが、前足には鉤爪がある。背中には、骨のような突起が並んでいる。

 頭部は——獣とも人とも違う。長い顎。並んだ牙。そして、あの赤い目。

 全身が、黒い鱗で覆われていた。


 古い。この遺跡と同じくらい、古い存在だと——直感で分かった。


「来るぞ」


 ヒルデの声が、横から響いた。

 次の瞬間——主が、跳んだ。



 速い。

 体が勝手に動いていた。横に転がり、爪を避ける。

 風圧が頬を撫でた。髪が数本、舞った。


 ——当たっていたら、終わっていた。


 床に着地した主が、首を回した。こちらを見ている。

 品定めをするような、赤い目。

 次が来る。


 僕は短剣を構えた。


「動きを見ろ。パターンがあるはずだ」


 ヒルデの声が、指示を飛ばす。

 主が、再び動いた。

 今度は——前足の薙ぎ払い。


 横に広い攻撃。避ける方向が限られる。

 僕は後ろに跳んだ。爪が空を切る。ぎりぎりだった。

 《記録》が、動きを刻んでいる。


 前足を振る前の、わずかな溜め。肩の筋肉が盛り上がる。そこから攻撃が来る。


 ——見えた。


 次の攻撃。また薙ぎ払い。今度は逆の前足。

 溜めを見た瞬間、僕は動いた。

 攻撃の軌道の内側に入る。爪が、頭上を通過していく。


 近い。主の体が、目の前にある。

 短剣を突き出した。


 ——硬い。


 刃が、鱗に弾かれた。火花が散る。傷一つついていない。


「退け!」


 ヒルデの声。

 僕は反射的に後ろに跳んだ。

 次の瞬間、主の顎が閉じた。さっきまで僕がいた場所を、牙が噛み砕いていた。



 距離を取った。

 息が荒い。心臓が暴れている。でも、頭は冷えたままだ。


 ——鱗が硬すぎる。


 短剣では、傷をつけることすらできない。これでは、どれだけ攻撃しても——


「慌てるな」


 ヒルデが、僕の隣に立った。

 彼女も息が乱れている。弱体化した体で、この戦いは厳しいはずだ。


「どこかに弱点がある。鱗が薄い場所、関節、目——必ずある」


「でも、近づけない。攻撃が速すぎる」


「速いが、パターンがある。お前は見たはずだ」


 ——確かに、見た。


 《記録》が、主の動きを刻んでいる。攻撃の前の溜め。振りの軌道。戻りの隙。

 でも、それを活かす前に——圧倒的な力の差がある。


「時間をかけろ」


 ヒルデが言った。


「一撃で倒そうとするな。削り合いでいい。隙を待て」


 主が、再び動き出した。

 こちらに向かってくる。ゆっくりと。獲物を追い詰める捕食者の動き。

 戦闘は、続いた。


 僕は避け続けた。

 爪。牙。尾。あらゆる攻撃が、次々と飛んでくる。

 そのすべてを——ぎりぎりで避ける。


 《記録》が、パターンを蓄積していく。どの攻撃の後に隙があるか。どの動きの後に硬直があるか。

 少しずつ、見えてきた。


 尾を振った後。 一瞬だけ動きが止まる。

 尾が重いのか、体勢を立て直すのに時間がかかる。

 そこだ。 次に尾が来たら——その後を狙う。


 主が、体を捻った。尾が、横薙ぎに振られる。

 僕は跳んだ。尾の上を飛び越える。

 着地。主の横腹が、目の前にある。


 短剣を突き出した。

 今度は——脇腹の、鱗の隙間を狙った。


 ——通った。


 手応えがあった。刃が、肉に沈む感覚。

 血が——噴き出した。黒い血だ。

 主が、咆哮を上げた。



 初めての、有効打。

 だが——主は止まらなかった。

 怒りを込めた赤い目が、僕を睨む。


 次の攻撃は——さっきより速かった。

 避けきれない。 前足の爪が、僕の腕を掠めた。


 痛い。腕が——熱い。血が流れている。

 短剣を持つ手が、痺れていた。


「ユウ!」


 ヒルデの声が聞こえた。

 視界の端で、彼女が動くのが見えた。

 主の注意が、一瞬だけ逸れる。


 僕は、後ろに下がった。

 腕を見る。深くはない。でも、血が止まらない。


 ——これは、まずい。


 体力が削られていく。このままでは——持たない。

 主が、また咆哮を上げた。

 戦いは、まだ——始まったばかりだった。



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