王国の罪、封印の真相
前の話を少し修正しています。本筋は変わっていませんが、前話から見ていただけると話の流れがわかりやすいかもです。
火が静かに燃えていた。
壁の陰に身を隠し、僕たちは休息を取っていた。遠くから感じる気配——遺跡の主と呼んだ存在は、今のところ動く気配がない。
ヒルデは壁に背を預け、目を閉じていた。
疲労しているのだろう。封印から解放されたばかりだ。百年という時間がどれほどの負担なのか、僕には想像もできない。
火の爆ぜる音だけが、静かに響いていた。
火が小さく爆ぜた時、ヒルデが目を開けた。
「……話すか迷っていた、だがユウには話しておくべきだな」
金色の瞳が、火を映して揺れる。
「なぜ私が封印されていたのか」
僕は黙って頷いた。
それは、ずっと聞きたかったことだ。
百年前の英雄が、どうしてこんな場所に閉じ込められていたのか。
◆
「百年前——私は王国の守護者だった」
ヒルデは静かな声で語り始めた。
「魔族との戦争は激しく、防衛線は日に日に後退していた。私は前線で戦い続けた。戦乙女の名の下に、何度も魔族を退けた」
誇る響きはない。ただ、事実を並べているだけだった。
「だが戦況は悪化し続けた。王国は追い詰められ、民は怯えきっていた。そして——あの命令が下った」
「命令?」
ヒルデの瞳が、わずかに曇る。
「焦土作戦だ」
言葉の意味を理解するより先に、嫌な予感がした。
「魔族の侵攻経路にある村を焼け、という命令だった。……民間人ごと」
息が止まる。
「……焼き払うのか」
「そうだ。物資も住処も、何もかも。避難する時間も与えず、逃げ遅れた者がいても構わない。むしろ魔族の足止めになる、と」
喉がひりついた。
戦争の話なのに、そこに人の気配がなかった。
「王国上層部の判断だった。『戦局のため』『大義のため』『より多くの民を救うため』——そう言ってな」
◆
ヒルデは一度立ち上がり、壁に手をついたまま火を見つめた。
「私は拒否した」
静かな声だった。だが、揺らがない。
「民を守るために戦ってきた。それが私の誓いだ。その民を焼き殺せと言われて、従えるはずがない」
火に照らされた横顔は、冷静なのに怒りを孕んでいた。
「上層部は激怒した。王の命に背くのかと。だから私は答えた——『これが王の命なら、私は王に従わない』と」
僕は何も言えないまま、続きを待つ。
「命令を拒否した私は、独自に村々の避難を進めた。民を守りながら戦い、同時に門を封じる方法を探った。そして最終的に、異世界へつながる門の封印に成功した」
「成功した……じゃあ」
「ああ。魔族は門を使って異世界への侵攻を計画するだけではなく、悪魔や魔物まで呼び込んでいた。その戦力補給路を断ったことで、戦争はひとまず終息した」
世界を救った。
そう呼んでいい偉業のはずだった。
でも、ヒルデの声はそこで暗く沈む。
「戦後、民衆は私を英雄として讃えた。だが、上層部は違った」
火が揺れる。
「彼らにとって私は、命令に背いた者であり、王の威信を傷つけた者であり……門という『交渉材料』を勝手に失わせた者だった」
「交渉材料?」
「門を制御できれば、魔族との取引や脅しに使える——そう考える連中がいた。私が封じたことで、その“カード”を失ったと」
吐き気がした。
世界を守るために封印した門を、あいつらは道具として見ていたのか。
「表向きは英雄。裏では——邪魔者だった」
◆
「封印は、そのあとか」
絞り出すように聞くと、ヒルデは頷いた。
「戦後の祝賀が終わり、世間が落ち着いた頃だ。私は王城の奥へ呼び出された。待っていたのは、教会の最高位と王国の宰相だった」
金色の瞳が、何もない空間を見つめる。
「彼らは言った。『貴女は危険だ』と」
「……危険?」
「民衆の支持が強すぎる。王よりも英雄を信じる者が増えれば国が揺らぐ。だから——消えてもらう、と」
頭を殴られたみたいだった。
それが、国を救った英雄への仕打ちなのか。
「私は抵抗した」
ここで初めて、ヒルデの声に感情が混じる。
「だが多勢に無勢だった。教会の術者が何十人も控えていた。私の力を封じる術式を、何年もかけて準備していた」
ヒルデの拳が強く握られる。
「魂の核——私の心臓を抜き取られた。それがなければ、私は本来の力を出せない。核がその後どうなったかはわからない」
背筋が冷えた。
心臓を、抜き取る。
「なぜ殺されなかったのかは、私にもわからない。だが、力を失った私はこの深層に封印された。永遠に目覚めないように。永遠に忘れられるように」
ヒルデはまっすぐ僕を見た。
「それが、百年前の真実だ」
言葉が出なかった。
頭の中が真っ白になる。
——王国がやったことだ。
民を守るために命令を拒んだ者を。
世界を救った英雄を。
邪魔だから消した。
三年前の召喚者の手帳が頭をよぎる。
『助けて』という文字。
誰にも届かないまま、この深層で死んでいった人たち。
あの人たちも同じだったのかもしれない。
使えなくなったから、捨てられた。
助けを求めても、誰も来なかった。
点だったものが、一本の線でつながっていく。
王国は、最初から人を道具として見ている。
使えるなら使う。
邪魔なら消す。
用が済めば捨てる。
そういう場所だったのだ。
◆
「ユウ」
ヒルデの声に呼ばれて、顔を上げる。
自分の手が震えているのに、そのとき初めて気づいた。
怒りだ。
静かで、逃げ場のない怒りが腹の底に溜まっていた。
「……許せない」
掠れた声で、それだけ言うのがやっとだった。
「三年前の人たちも死んでいった。言葉は誰にも届かなかった。王国は……何も変わってない」
手帳の文字が、頭から離れない。
「僕たちも同じだ。召喚されて、歓迎されて、訓練させられて……でも結局、都合のいい駒として見られてるだけだ」
歓迎の豪華さ。優しかった人たちの顔。
全部が嘘だったとは思わない。
でも、上の連中は違う。そこだけは、はっきりわかる。
「使えれば使う。使えなくなったら捨てる」
ヒルデは黙って聞いていた。
「高嶺さんも、神崎も、相沢さんも……みんな、知らないまま利用されてる」
言葉が途切れる。
悔しかった。何も知らずに喜んでいた自分が。
「お前の怒りは正しい」
ヒルデの声が、静かに落ちてくる。
「王国は変わっていない。百年経っても、人を道具として使う体質は何も変わらない」
金色の瞳が、まっすぐ僕を見た。
「だが、今は胸に収めろ」
「……わかってる」
拳を握る。
「ここで怒っても何も変わらない。僕は生きて戻らないといけない」
ヒルデは小さく頷いた。
「そうだ。生きろ。そのためにも、まずはここを出る」
火は静かに燃え続けていた。
◆
「ヒルデ」
僕はもう一つ、聞かなければならないことを口にした。
「君の核は……取り戻せるのか」
ヒルデの表情が一瞬だけ揺れる。
「……わからない。百年前のことだ。だが、私がこうして生きている以上、核もどこかに現存しているはずだ」
少し間を置いて、彼女は続けた。
「王国の中には、もうないだろう。近くにあれば、気配でわかる」
「探しに行くつもりなんだろ」
ヒルデは迷いなく頷いた。
「当然だ」
その一言は強かった。
「私は取り戻す。私の核を。私の力を。そして——百年前から続く王国の罪を清算させる」
火が小さく爆ぜる。
「ユウ。お前にも帰りたい場所があるのだろう」
「……ある」
「なら、共に行こう。まずはここを出る」
僕は頷いた。
「そうだな」
ヒルデが立ち上がる。
「遺跡の主を倒し、深層を抜け、地上に戻る。そこからが本当の始まりだ」
僕は火を消した。
暗闇が戻る。
でも、さっきまでの暗闇とは違った。
道が見えていた。
怒りは消えていない。王国への怒り。教会への怒り。三年前の人たちを見殺しにした、この世界の仕組みへの怒り。
それでも、今は胸の奥に収める。
生きて帰る。
そのために、強くなる。
「行くぞ、ユウ」
ヒルデの声が暗闇の中で響く。
僕は頷き、彼女のあとを追った。
二人で、深層の奥へ歩き出す。
戦いは——これからだった。




