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王国の罪、封印の真相

前の話を少し修正しています。本筋は変わっていませんが、前話から見ていただけると話の流れがわかりやすいかもです。

 火が静かに燃えていた。

 壁の陰に身を隠し、僕たちは休息を取っていた。遠くから感じる気配——遺跡の主と呼んだ存在は、今のところ動く気配がない。

 ヒルデは壁に背を預け、目を閉じていた。

 疲労しているのだろう。封印から解放されたばかりだ。百年という時間がどれほどの負担なのか、僕には想像もできない。

 火の爆ぜる音だけが、静かに響いていた。


 火が小さく爆ぜた時、ヒルデが目を開けた。


「……話すか迷っていた、だがユウには話しておくべきだな」


 金色の瞳が、火を映して揺れる。


「なぜ私が封印されていたのか」


 僕は黙って頷いた。

 それは、ずっと聞きたかったことだ。

 百年前の英雄が、どうしてこんな場所に閉じ込められていたのか。



「百年前——私は王国の守護者だった」


 ヒルデは静かな声で語り始めた。


「魔族との戦争は激しく、防衛線は日に日に後退していた。私は前線で戦い続けた。戦乙女の名の下に、何度も魔族を退けた」


 誇る響きはない。ただ、事実を並べているだけだった。


「だが戦況は悪化し続けた。王国は追い詰められ、民は怯えきっていた。そして——あの命令が下った」


「命令?」


 ヒルデの瞳が、わずかに曇る。


「焦土作戦だ」


 言葉の意味を理解するより先に、嫌な予感がした。


「魔族の侵攻経路にある村を焼け、という命令だった。……民間人ごと」


 息が止まる。


「……焼き払うのか」


「そうだ。物資も住処も、何もかも。避難する時間も与えず、逃げ遅れた者がいても構わない。むしろ魔族の足止めになる、と」


 喉がひりついた。

 戦争の話なのに、そこに人の気配がなかった。


「王国上層部の判断だった。『戦局のため』『大義のため』『より多くの民を救うため』——そう言ってな」



 ヒルデは一度立ち上がり、壁に手をついたまま火を見つめた。


「私は拒否した」


 静かな声だった。だが、揺らがない。


「民を守るために戦ってきた。それが私の誓いだ。その民を焼き殺せと言われて、従えるはずがない」


 火に照らされた横顔は、冷静なのに怒りを孕んでいた。


「上層部は激怒した。王の命に背くのかと。だから私は答えた——『これが王の命なら、私は王に従わない』と」


 僕は何も言えないまま、続きを待つ。


「命令を拒否した私は、独自に村々の避難を進めた。民を守りながら戦い、同時に門を封じる方法を探った。そして最終的に、異世界へつながる門の封印に成功した」


「成功した……じゃあ」


「ああ。魔族は門を使って異世界への侵攻を計画するだけではなく、悪魔や魔物まで呼び込んでいた。その戦力補給路を断ったことで、戦争はひとまず終息した」


 世界を救った。

 そう呼んでいい偉業のはずだった。

 でも、ヒルデの声はそこで暗く沈む。


「戦後、民衆は私を英雄として讃えた。だが、上層部は違った」


 火が揺れる。


「彼らにとって私は、命令に背いた者であり、王の威信を傷つけた者であり……門という『交渉材料』を勝手に失わせた者だった」


「交渉材料?」


「門を制御できれば、魔族との取引や脅しに使える——そう考える連中がいた。私が封じたことで、その“カード”を失ったと」


 吐き気がした。

 世界を守るために封印した門を、あいつらは道具として見ていたのか。


「表向きは英雄。裏では——邪魔者だった」



「封印は、そのあとか」


 絞り出すように聞くと、ヒルデは頷いた。


「戦後の祝賀が終わり、世間が落ち着いた頃だ。私は王城の奥へ呼び出された。待っていたのは、教会の最高位と王国の宰相だった」


 金色の瞳が、何もない空間を見つめる。


「彼らは言った。『貴女は危険だ』と」


「……危険?」


「民衆の支持が強すぎる。王よりも英雄を信じる者が増えれば国が揺らぐ。だから——消えてもらう、と」


 頭を殴られたみたいだった。

 それが、国を救った英雄への仕打ちなのか。


「私は抵抗した」


 ここで初めて、ヒルデの声に感情が混じる。


「だが多勢に無勢だった。教会の術者が何十人も控えていた。私の力を封じる術式を、何年もかけて準備していた」


 ヒルデの拳が強く握られる。


「魂の核——私の心臓を抜き取られた。それがなければ、私は本来の力を出せない。核がその後どうなったかはわからない」


 背筋が冷えた。

 心臓を、抜き取る。


「なぜ殺されなかったのかは、私にもわからない。だが、力を失った私はこの深層に封印された。永遠に目覚めないように。永遠に忘れられるように」


 ヒルデはまっすぐ僕を見た。


「それが、百年前の真実だ」


 言葉が出なかった。

 頭の中が真っ白になる。


 ——王国がやったことだ。


 民を守るために命令を拒んだ者を。

 世界を救った英雄を。

 邪魔だから消した。


 三年前の召喚者の手帳が頭をよぎる。

 『助けて』という文字。

 誰にも届かないまま、この深層で死んでいった人たち。


 あの人たちも同じだったのかもしれない。

 使えなくなったから、捨てられた。

 助けを求めても、誰も来なかった。


 点だったものが、一本の線でつながっていく。


 王国は、最初から人を道具として見ている。

 使えるなら使う。

 邪魔なら消す。

 用が済めば捨てる。


 そういう場所だったのだ。



「ユウ」


 ヒルデの声に呼ばれて、顔を上げる。

 自分の手が震えているのに、そのとき初めて気づいた。


 怒りだ。

 静かで、逃げ場のない怒りが腹の底に溜まっていた。


「……許せない」


 掠れた声で、それだけ言うのがやっとだった。


「三年前の人たちも死んでいった。言葉は誰にも届かなかった。王国は……何も変わってない」


 手帳の文字が、頭から離れない。


「僕たちも同じだ。召喚されて、歓迎されて、訓練させられて……でも結局、都合のいい駒として見られてるだけだ」


 歓迎の豪華さ。優しかった人たちの顔。

 全部が嘘だったとは思わない。

 でも、上の連中は違う。そこだけは、はっきりわかる。


「使えれば使う。使えなくなったら捨てる」


 ヒルデは黙って聞いていた。


「高嶺さんも、神崎も、相沢さんも……みんな、知らないまま利用されてる」


 言葉が途切れる。

 悔しかった。何も知らずに喜んでいた自分が。


「お前の怒りは正しい」


 ヒルデの声が、静かに落ちてくる。


「王国は変わっていない。百年経っても、人を道具として使う体質は何も変わらない」


 金色の瞳が、まっすぐ僕を見た。


「だが、今は胸に収めろ」


「……わかってる」


 拳を握る。


「ここで怒っても何も変わらない。僕は生きて戻らないといけない」


 ヒルデは小さく頷いた。


「そうだ。生きろ。そのためにも、まずはここを出る」


 火は静かに燃え続けていた。



「ヒルデ」


 僕はもう一つ、聞かなければならないことを口にした。


「君の核は……取り戻せるのか」


 ヒルデの表情が一瞬だけ揺れる。


「……わからない。百年前のことだ。だが、私がこうして生きている以上、核もどこかに現存しているはずだ」


 少し間を置いて、彼女は続けた。


「王国の中には、もうないだろう。近くにあれば、気配でわかる」


「探しに行くつもりなんだろ」


 ヒルデは迷いなく頷いた。


「当然だ」


 その一言は強かった。


「私は取り戻す。私の核を。私の力を。そして——百年前から続く王国の罪を清算させる」


 火が小さく爆ぜる。


「ユウ。お前にも帰りたい場所があるのだろう」


「……ある」


「なら、共に行こう。まずはここを出る」


 僕は頷いた。


「そうだな」


 ヒルデが立ち上がる。


「遺跡の主を倒し、深層を抜け、地上に戻る。そこからが本当の始まりだ」


 僕は火を消した。

 暗闇が戻る。


 でも、さっきまでの暗闇とは違った。


 道が見えていた。

 怒りは消えていない。王国への怒り。教会への怒り。三年前の人たちを見殺しにした、この世界の仕組みへの怒り。


 それでも、今は胸の奥に収める。


 生きて帰る。

 そのために、強くなる。


「行くぞ、ユウ」


 ヒルデの声が暗闇の中で響く。


 僕は頷き、彼女のあとを追った。

 二人で、深層の奥へ歩き出す。


 戦いは——これからだった。


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