黄金の王と死霊の城 −2−
死霊の城編2話。八篇編より描きやすくて感動した覚え。
「もぉーー勘弁してぇなぁーーー。聞いてないんですわイーハイさんーーー!」
「あー……はいはい……」
「ホンマびっくりさせる系アカンですって、あれなんなんですかもぉーーー」
『ダムス・ノストラス』にある『ノストラス騎士団』の宿舎にて、イーハイが『仮初探偵事務所』の待機場所として借りている一室の扉を開けると、そこにはルッツの話の通りに、設楽が既に帰ってきていた。
何故か、ベッドの上で布団を被って蹲っていたのだが。
イーハイの扉を開ける音にも「わーーーー!!」と大声を上げて飛び上がるようなことをしており、イーハイが何事かと目を見開いたくらいのところで、設楽は扉を空けたのがイーハイだと気がついた……までは良かったのだが、そのまま飛びついてきたのである。
今日はよく腕に縋られる日だなー、とイーハイはぼんやり思っていた。
「ホンマに! ホンマに!! 私らタヌキにビックリ系はアカンですって、ホンマに!!」
「えーと……状況がよくわからないんだけど……」
「簡単な話ですよ、もう! ルッツはんとニックスはんと一緒に警護してましたら、すぐ横から骸骨がグワッとですよ!? もう何考えてんねんと思いましたわ、あーもう! ホンマに!!」
「あー……災難だったねー」
「薄いわッ! リアクションが習字用の紙レベルに薄いッ! もうちょっとなんかこう手心噛み心地的なやつを!?」
「手心はまぁ分かるけど、噛み心地って何……?」
「知りませんわそんなん!? いてこましますよ!?」
「なんで!?」
「もーーーホンマにもぉーーーー!」
「………えーと、二回目だこれ……」
設楽のふわふわした髪を腕に押し付けられながら、イーハイは苦笑いする。
「…………って冗談にしたい本音はさておきなんやけどなイーハイはん」
「なんでちょっとややこしく言ったの」
「若干のプライドですわ」
「えぇ……」
「とーにーかーくー、やな。どうなんです? 方針は決まりました?」
「ああ。決まったよ。今日の調査の結果で、本格的に原因解明の方向に」
「そりゃあ、良うござんしたわ。」
「っていうか、さっきの話的に、西側だと奇襲攻撃的なものがあったってこと?」
「せっかく話題変えたんに思い出させんでください」
「えっ、あっ、ごめん……?」
「………まー、良いですわ。索敵能力の高いお二人と一緒にいたもんやからな、安心してたんですよ。そのお二人が気が付かん、って感じでしたわ。………姿形は昨日見たものと変りなかったなぁ」
「ルッツとニックスが気づかない……?」
「あ、やっぱそういう反応なりますよなぁ。どっちかが気が付かない、ならあり得そうやけど、ってことでお二人も不思議がっとりましたわ。」
「………………ちなみにその後何か調べたりした?」
「意図的に残した骸骨の欠片を持って帰って来とりますよ。あとで調べる言うて」
「うーん……ありがたいけど負担増やしちゃってるな……」
「ただでさえ、お二人は作戦やら医療現場の手伝いまでやってますからなぁ。うーん、私は店で鍛えたマッサージくらいしかやってあげられませんわぁ」
「…………ルッツは喜ぶんじゃないかな、ニックスは遠慮するだろうけど」
「そうですかぁ、うーん。それならニックスさんには疲労回復に良いお茶でも入れときますかねぇ。」
「それが良いかもね」
「で、イーハイはんは?」
「え?」
「休めるんでしょう? ほんなら、休みなはれ。英気を養うのも冒険者の仕事でっしゃろ。夕餉用意しますんで、寛いでてくださいな。報告しに行っとる皆さん待ってる間やる事も無いもんで、ついベッドメイキングまでしてもうたんで………」
「えっと………ありがとう………? なのかなこれ……?」
「趣味みたいなもんやし、御礼言われても……なとこはありますけど、受け取らせては頂きますわ」
「……ところで、自分でベッドメイクした後に蹲ってたの……?」
「なんで今また掘り返したんですアンタは!?」
「いやあの、何となく疑問だったから……?」
「何となくぅ!? ………いやちゃいますねん、もう手を動かしてないと一回ビビッたらどうしようもないんですわ。そういうタチですねん、狸やからもう……」
「あ、そういうこと……」
「せっかくやし明日の分までやってまおうかまで思ってたんやけどなぁ……。ほら、ニックスはんの話やと怪我人増えてきてるって話でしたし、それやったら兵士さんらの分も清潔なシーツやらなんやら、必要なんちゃうかと思ったんですけどねぇ」
「え、……何かあったの?」
「思ったより現場ごった返してたんですよ。これは後やないと邪魔になるなぁ思いまして。新しいものだけ置いてきてなぁ、出てきた汚れ物は二次感染とか怖いから自分たちでやる、って看護師に断られましたわ。まぁ、言われれば当たり前なんやけど」
「………なるほどね」
「ちゅうわけで何も出来んと蹲ってました」
「経緯は分かるのに最後の字面が悲しすぎない……?」
「しょうがないやろ言葉にしたらそうなってまうんですからぁ! ………て、わけで今やることできたんで行ってきますわ。お夕飯楽しみにしてくんなはれ〜」
そう言いながら、設楽は台所を借りに部屋を出ていった。
イーハイはその背を見送りながら、終始苦笑いをしていたが、部屋の中へ向き直ると、せっかくだからと設楽が整えたのだろうベッドに横になってみた。
流石、別の宿の経営者と言うべきか、どうやったのかはさっぱり分からないが、シーツや布団類はふわふわしており、肌触りが良かった。
勿論、ここの兵士が使っているものが、普段の生活に不満を持たないようにというのと、客人を招く部屋だからということで、わりと上質なものが選ばれているのだろうとは思うが。
何となく今更、身体の疲労感を感じたイーハイは、そのまま目を閉じた。
やがてやってくる眠気に誘われるようにして、イーハイはそのまま眠ってしまったのだった。
◇◇◇◇◇
「イーハイ、………イーハイ。」
「ん……?」
イーハイは、自分を呼ぶ声に薄く目を開いた。
まだぼやけていたので、二、三度瞬かせた視界の向こうに、鮮やかな金と、黒のコントラストが目に入る。
最後に、宝石のように光る紫の瞳と目が合った。
「………ルッツ……?」
「よく眠っていらっしゃいましたね。……設楽さんから、夕餉ができたから呼んできてほしいと言われまして」
「ん……、ああ。ありがとう……」
「いえ」
イーハイが体を起こしてみると、ルッツがベッドから立ち上がろうとした。
ぼうっとした頭で考えていなかったが、ルッツは座って自分のことを見ていたのだ、と思ったイーハイは思わず、ベッドについていたルッツの手に自分の手を重ね合わせた。
「…………どうしました?」
「…………いや、………つい……」
「………………。ここの所は、忙しかったですからね。………終わったわけではないので、しばらくはお預けですが」
「………ごめん」
「少しくらいなら、良いでしょう。根を詰めても、良いことなんてありませんから。ね?」
イーハイは微笑むルッツを見ながら、無意識に彼の手を柔く握る。
それに気がついたルッツは「ふふ」と喉を鳴らす。
「イーハイ。名残惜しいですが、折角の夕餉が冷めたら、設楽さんに怒られますよ。」
「……………それもそうだね」
イーハイはゆっくりと手を退けて、ルッツがベッドから立ち上がったのを見計らってベッドから降りた。
「………ところで、団長殿との話は後で聞いたほうがいいかな?」
「ええ。皆さんが集まった時に腰を据えてお話する方が早いかと。ニックスとルヨはまだ現場から戻っていませんから、戻り次第ですね。早くて明日の朝になるかもしれませんが。」
「じゃあ、今……食堂にはジャミルと設楽さんしかいないのか」
「そうなります。設楽さんが後ほど、お二人にも食事を持っていくと仰ってます」
「そうか。………手伝おうかなって思ったけど、今……」
「ええ。現場では傷口からの感染症なども起こっている状態です。私たちも回復魔法などで傷は塞いでいるとはいえ、あくまでそれは見た目だけです。完全な治癒には時間の経過が必要ですから。現段階では私たちにもリスクがあります」
そう話しながら、二人は部屋から出る。
「回復魔法って、見た目に皮膚が治っているように見えるだけで、実際には本当の皮膚より細かな穴が空いてるんだっけ」
「ええ。細胞の活性化で無理やり皮膚を再生しているので、目には見えませんが自然治癒よりは荒いものになっています。かさぶたのように傷口を覆ってくれる訳ではないので、見た目以上に脆い、とされていますね」
と、ルッツが言ったところで、ルッツはイーハイの方を見た。
「えっ、……何? どしたの?」
「……………あなたの傷を癒す、水精の加護はその限りではありませんが、だからといって無茶をされても困りますので今のうちに釘を刺しておこうと思いまして」
「うっ……。ど、努力します」
「努力では困ります」
「……頑張ります。」
「頑張るとかいう話でもありません」
「……うう。でも、その時になったらオレ、何するかわからないし……約束しづらいというか……その……」
「余計に質が悪いです」
「ううう」
「…………。貴方のそういうところが全て悪いとは言いませんが、分かっているのなら自重はして頂きたいです」
「…………はい。」
「よろしい。」
「…………うぅ。……頭が上げられない……」
「上げられるようなことがありますか」
「…………ない………」
「より質が悪くなりましたね」
「引っ掛け!?」
「事実です」
「…………五分くらいヘコんでイイデスカ……」
「駄目です」
「無慈悲すぎない??」
そんな事を話している間に、二人は食堂の扉の前に着いた。
少々傷心気味のイーハイを横目に、ルッツは涼しい顔で食堂の扉に手を掛けて開ける。
二人の前に現れたのは、広々とした空間に整列した長机と長椅子の数々で、そこにまばらに腰掛ける兵。
ルッツが奥の席の方へ目をやったのが見えて、イーハイもその方へ目をやると、茶色の髪と灰色の髪の男が座って話しているのが見えた。
設楽とジャミルだろう。
二人はその席に向かって歩き出す。
「ああ、お二人とも。お疲れ様ですわ」
「む? 漸く起きたか、イーハイ。あと少しで設楽の料理が冷めるところであったぞ?」
二人が席まで近づけば、彼らの影に気がついた設楽とジャミルが振り向き、それぞれ声をかけてくる。
「ごめんごめん。ルッツが起こしてくれるまでしっかり寝ちゃってて」
「まぁ、休めたならよかったですわ。」
「お陰様で。設楽さんのベッドメイキングは流石だね」
「褒めても料理しか出ぇへんよ?」
「十分豪華!!」
「さ、皆さん。本当に冷める前に召し上がってしまいましょう」
「それもそうだね」
イーハイとルッツは設楽とジャミルの向かいの席に腰を掛けて、食事の前に祈りを捧げる。
「───命の流れに感謝を」
「───命の恵みに感謝を」
イーハイとルッツは宗教観の違いによる別の祝詞を口にしてから、祈りを解いた。
「って、わけでして……今日は和風ハンバーグにしましてん! 丁度おーなーはんから大根と醤油を送ってくれましてなぁ、ついでに火ィ通したもののほうがええかと思いましてぇ」
「和風! すごく美味しそう……ありがとうね、設楽さん」
「お礼は食べてみてからにしてくんなまし〜」
「ん。じゃあ、早速……」
イーハイがナイフとフォークを持ち、ナイフでハンバーグの一部をきり分けると、じわりと肉汁が溢れ出す。
その様相に感動しながら、フォークで口の中に入れれば、柔らかな食感と、肉汁───それも、少し香辛料のような味の染み込んだ、出汁のような味付けに近いもの───で満たされる。
そこに、大根おろしのピリッとしながらもさっぱりとしたものが混ざって、脂っこいと思うところをうまく相殺してくれていた。
「………お……っいしい……!」
「ふふ、幸せそうですね。イーハイ」
「イーハイはんは肉好きって聞いてましてん、ちょっと工夫して作ってみたんですわぁ」
「ははは、悪くないぞ狸亭主! 私も気に入った!」
「ホンマですか、ジャミルはん。腕振るった甲斐がありましたわ」
しばし、四人は食事を進める。
「そういえば、気になってた事があるんやけど」
「どうかされました?」
「いやぁ、よう考えたらあのアンデッドの連中って夜は襲ってこないやないですか」
「ああ、その事ですか」
「やっぱ理由がありますのん?」
「憶測ではありますが。」
「なんや確定事項少のうて逆に不安になりますなぁ」
「むしろ、そこの方が彼らには大事なのですよ。負の感情は魔族や夜の眷属にとっては大事な供給源ですし」
「そういうもんなん?」
「そこでなぜ私を見る!! ………いや、否定の要素もないが……うむ。実際に我々は……というか吸血鬼はそういう性癖でもないとそうでもないが……そういった、闇や黒に関係する種族は得てして負の感情といったものを糧としているものが多いのは確かだ」
「なんですのんその吸血鬼だけ特殊な食性みたいなんは」
「わ!! た!! し!! は!! ちょっと男同士のアレやコレやが好きだったり恋愛対象が男なだけで!! 血を吸う対象としては男も女もイケる口だがな!!」
「そこまで聞いとらんし第一食事の席でなんちゅう話しとんねやこの変態コウモリィ!?」
「誰が変態だ誰が!?」
「食事の席を汚すなら浄化しますよ」
「無慈悲ッ!? 我がチームの参謀は無慈悲極まりな………アッ何でもないです私が悪かったですごめんなさい聖水振り被らないでお願い」
「そろそろ学習しては如何です?」
「追い打ちまで華麗かこの参謀ッ……!」
「まぁそれはともかくやな、ジャミルはんの説明で何となく分かりましたわ。私らの不安やら恐怖やら……そういうものが関係しとるかも、って話やな」
「まぁ、概ねそういうことです。詳しいことは後程……後程と言っていることだらけですが、今回ばかりは情報が分散している訳にはいきませんので、ご容赦を」
「それを時間的に話せる余裕があるだけでも敵さんに感謝やな。それも出来んかったらどうしようもないですもん」
「ええ。そこは設楽さんの言うとおりだと私も思います。向こうの思惑が何であれ、考える猶予があるだけマシでしょう。………それもどこまでの話かは保証できる事が一つもないので、安全と言うことが一切できませんが」
「つまり、善は急げが吉ということだな!」
「何ですのんそれ」
「え、東方ではそういう言葉があるって話だったが」
「混ざっとる混ざっとる」
「ところで、ルッツ。オレも確認しておきたいことがあるんだけど……っていうか、この場合はジャミルに聞いたほうがいいのかな」
「どうしました?」
「うむ、何でも私に聞きたまえ、リーダー!」
「オレたちが来たことで変わってそうなことある?」
「むぅ、難しい質問だな。先ほど団長のところで話した時、とある魔族のやり口に似てるとは言ったが……もしも絡んでいるなら、今のところ変化はない……という返答になる。絡んでいないで起こっているならば、これから悪化する場合は大いにある、といったところではあるな。どちらにせよ、アンデッドである以上、発生源となる原因はあるはずだからな」
「どっちにしろ、発生場所を調べないとってことだね。ありがとう、ジャミル」
「うむ。その事も含めて、後でニックスやルヨとも話を固めなければならん。そうだろう、参謀殿」
「ええ。」
「………うーん、何や、本当に『後で』が多すぎますなぁ。ちょっと口ン中モゴモゴする感覚ありますわ。私らも結構煮詰まって来てるんかな」
「それはちょっと否めないかも。状況が変わってないのはあくまで外側で、オレたちの……というより、ノストラス側は明らかに摩耗が始まってる。それに手を貸してる状況なんだから、焦りもするさ」
「んん、春那ちゃんの時よりは堂々と手を動かせとるからまだええねんけど、ヤキモキはしてきてますねぇ……」
「まぁ、アレはアレで設楽さんの立場も多少はあっただろうし……」
「そうなんやけどね……」
「だが、良いではないか狸亭主よ!」
「何がや?」
「いくら事情が複雑とはいえ、今度のやることは原因の叩き潰しにどぉうあがいても帰結するような問題だ! 仲間に共有さえすれば、一点突破ハッピーブレイクタイムってやつなのだよ!」
「盛り上がっとるとこ悪いけど、確か地球語のブレイクタイムって意味は休憩時間やなかった?」
「私の慰めタイムを返せこのタヌキ!?」
「アホやん……。でも、なんかスッキリしたわ。ありがとうな、王様」
「はぉん!? えっ、なに、新手のツンデレ!?」
「ルッツはん聖水貸してくれません?」
「良いですよー」
「さっきから事あるごとに私を塵にしようとする団結力だけやたら高いの何なのだね貴様たち!?」
「うーん、オレのチームは連携取れてるから安心するなー」
「イーハイ!? 私の目を見て言え!? っていうか私塵になりそうなんだが!? 今まさにそこから一人消え……アッちょっ聖水は駄目です本当あの王だけど塵になっちゃう腕とかじゅっ♡ってなっちゃうあの」
そんな話をしながら、彼らの夜は更けていく。
◇◇◇◇◇
カチャリ、とドアノブの回る小さな音がして、イーハイの意識が浮上した。
真っ暗にして窓の外から入る淡い月灯光───『ダムス・ノストラス』の天井に備え付けられた、太陽と月の光の代わりになる特殊な魔導器で、今は夜なので、月明かりの光を模したものになっている。外の太陽や月の状態に合わせて、同じように光り、実際のものと変わらない性質と輝きを持つらしい───の光だけが部屋の中を薄ぼんやりと照らすなかに、薄青く照らされた灰色のコートが目に入った。
流石、音に鋭い『彼』だ。
イーハイが身動ぎした音を聞き流すことなく、びくりと体を震わせたかと思うと、真っ直ぐにイーハイの方を見た。
イーハイがうっすらと目を開けていることに気がついた彼は、観念したように肩をすくめた。
「………ニックス?」
小さな声でイーハイが彼の名前を呼んでみれば、ニックスは人差し指を自分の唇に当てて、イーハイに静かにするようにその動作だけで指示する。
そのまま彼は自分のベッドに行こうと歩き始めたようだったが、イーハイは身体を起こした。
その音にまた驚いたように振り向いたニックスは、イーハイが起き上がったのを見て歩みを止めた。その後、何か言おうと口を開いたようだが、他の仲間が寝ている事を思い出して口を噤むのがイーハイには見えた。
イーハイはそのままベッドから離れると、イーハイが何をするのかを見ているニックスの元まで歩く。
怪訝な顔をしたままイーハイの顔を見てくる彼を見て、イーハイは何となく思う所があって、ニックスの手を取るとそのまま部屋を出た。
途中、ニックスはイーハイの行動の意味を理解できず声を上げようとしていたが、慌てて空いている手の方で自分の口を塞いで堪えていたが、部屋の外に出ると、ニックスはようやくイーハイに抗議の視線を明確に向けた。
「………急に何だよ……! ビックリするだろ……!?」
ニックスは小さな声で、イーハイにそう言った。
「ごめん。………なんか、ニックス……眠そうには見えなかったから」
「……………は?」
ニックスはイーハイの言った言葉の意味が全く受け止められずに混乱した。
「…………君、とりあえず横にだけなって寝た振りだけして、朝になったら『寝た』って誤魔化すつもりだっただろ?」
「……………………何でそんなこと」
「分かるよ。前も同じことしたよね」
「…………それは、…………」
「君のことだ、大方ルヨに夜勤するのを断られて、しっかり体を休めるように言われたけど、昼間に身体をそういうふうに慣らしちゃったから眠れなくなったとか」
「…………仕方ねーだろ。癖みたいなもんだ。寝れねぇならそれはそれで何とかする」
「駄目。」
「は? 何でだよ」
「君、それを良しにしたら次の日も、別の日も同じ事するでしょ。だから駄目。」
「…………………」
「ニックス」
「………わーったよ。」
「…………この三日間、君が無茶しなかっただけでもオレは安心してるんだ。心配させないでくれ」
「それ、お前にそっくりそのまま返してぇ言葉だけどな」
「君よりはオレはまだ周りの心配を分かってるよ」
「どの口が言ってんだよ」
「君の主人の口だ」
「だったら従者に心配されない行動でもしたらどうだ?」
「逆だね、従者の心配をさせられてる主人だよ」
「………ほーん、じゃあ俺と行動してた時のお前の無茶リスト、ルッツに見せてやろうか?」
「…………えっ、何それ……」
「いつかチクってやろうと思って貯めてたネタがなー」
「ちょっ、やめてオレそろそろ本当に敵ごと雷を物理で落とされそうになってるからホントにあの」
「自覚あんなら無茶やめろっつってんのになー、ルッツが」
「そ………そこに関しては反論できないッ……!」
「何だこいつ……」
「…………ニックス……、………一杯奢るから、その、ルッツには……」
「…………二杯なら考えてやる」
苦笑いとも不敵な笑みとも分からない複雑な表情を浮かべながら───というか、絶対に同居しないだろう感情を同時に顔に出すニックスを見て、何処と無くイーハイは優越感を覚えなくもなかったが、それを振り払うようにイーハイも笑みを浮かべる。
「主人の財布をアテにするなんて、悪いやつだなぁ」
「その悪いやつを従者にしたのはお前だろ」
「それはそうかもね」
二人は街の方に向かって歩き出す。
「………それで、医療関係の方はどうなの?」
「………はっきり言って、悪いな。患者が増えたり、感染症系の患者が増えたらどうにもなんねぇ。傷口感染系は特に、医者や看護師への二次感染も無いわけじゃない。それも加味して、かなり現場の空気はひりついてる。まぁ、これは当たり前だな。俺も流石に、中にはいるときには専用の服に着替えて、出てくるときに個人用のバケツに消毒液ぶっこんでそこに作業着ぶっこんだくらいだ」
「念には……ってやつだね」
「そういうこった。治療班とケア班と消毒班に分かれて仕事してる分、分かりやすいのは助かったがな。ただ、長く携わってる奴ほど家には帰れてねえし、滅菌処理した部屋で寝泊まりだの仮眠だのしてる。ルヨのやつも今日はそこで仮眠だとよ。ま、治療班にいたからそうだろうが」
「あれ? 昨日はケア班手伝ってるって……。………あ……もしかして」
「ああ、治療班の医師が一人、過労で倒れた。今は別室で点滴中だ」
「流石にヒト一人の体力とか関係までは管理しきれないところあるしね……人数の問題もあるし」
「ンなわけで、いくら感染防護膜の魔導器だの魔法があったところで、感染拡大がどうのを置いといたって人的まではどうしようもねぇ。それがあって帰されちまってさ」
「それは、現場の人は君をよく見てるよ。君は限界だろうが黙ってるだろうし、倒れないとして無茶をするだろうし」
「……………………」
「…………ニックス、確かに君の身体は、ヒトとは同じじゃない。でも、誰だって、心が身体に付いていかないことにはどうにもならないんだよ」
「……………。今日は、やけに突っ込むな、お前」
「さっきも言ったろ。そうでもしないと、君はいつまでも戻ってこないんだから」
「…………………ズルい奴」
「妻に鍛えられてるからね」
「天地回っても俺等が勝てねぇ奴出してくんなっての」
「ちょっとカードとして強すぎたか」
「最強だろ」
「……………そうじゃなきゃ、困ることもあるんだけどね」
「? なんか言ったか?」
「んーん、何にも。」
「…………どこまでも変なやつ」
「えー……いつも言われるけどそんな変かなぁ?」
「ホンットそこだけ自覚ねぇのが意味分かんねぇ」
「えー……?」
ニックスは頭を掻くイーハイを横目に溜息を吐く。
イーハイという男が鋭いんだかそうじゃないんだか、いつも分からないのはそうだが、殊更分からないのは自分の事を自覚している部分とそうでない部分が極端過ぎることだ。
強いて良い部分を挙げるとするなら、その分かたれた部分が一貫していたり関連があったりすることだろうが、それでも複雑極まりない。それこそ、絡み合った糸のように。
その糸の間から、伺うようでありながらあまりにも鋭く見てくる目に惹かれ、従者となることを望んだのは紛れもない自分自身なのだが──────如何せん、こちら側からはそうも行き過ぎることの出来ない所がある。
本人がそうしているのか、それとも無意識の自己防衛なのかは別にして、どちらにせよ彼は全てを行動という結果に落とし込んでくる。
過程を見ていながら、重要視しない。重要視しないが、見ている。その塩梅や思いには、触れさせてくれているようでそうでない。
何を考えても、『逆』がこの男には付きまとうが、それが崩れたことが無いのが、また恐ろしいところで。
答えのわかっている迷路、ただし答えまでの道のりがいくつも示されている、そういう印象が正しいかもしれない。
ニックスはそう考えていた。
「……………ニックス、どうかした?」
「……………なんでもねぇよ」
「? なら、いいけど………」
二人は夜の街の中に、酒場を目指して消えていった。
(続く)
設楽、春告編より続投。




