黄金の王と死霊の城 −3−
死霊の城編3話。情報量多くて自分で描いておいてキレそうになった。
「皆さん、集まりましたね」
ルッツは他の五人の顔を見渡しながら、頷いた。
翌朝───と言っても、既に昼近い時間帯に、イーハイら『仮初探偵事務所』の面々は『ノストラス騎士団』の食堂を借りて集まっていた。
兵士の姿は全くなく、厨房から僅かに聞こえる調理音以外は彼らの呼吸音くらいしか無い中に、ルッツの手から机に地図が広げられる音が鳴る。
「では、まずは今後のお話について。先に結論───依頼内容についての正式な変更があったことを報告します。現在の依頼内容は『アンデッド発生の原因の解明、出来るなら解決』となっています。恒常的に湧き続けるアンデッドの対処は不可能だと判断した為、依頼人であるノストラス騎士団団長ハインリッヒ殿に内容の変更を打診しました」
「恒常的に、という言い方するんや?」
「騎士団側が対処したアンデッドの隊の数、私達が対処した数、諸々を全て合わせて考えたら、恒常と言ってもまぁ、差し支えはないかと。ですが、アンデッドを召喚しているものが何なのかによってそれがそうでなくなるか、規模の拡大が見られる可能性が今のところ捨てきれていません。その為、先日のハイン団長殿との話合いで、ジャミルの方に本格的に魔力根源を辿っていただきました。多少、リスクは高いですが致し方なしとして」
「うむ。こちらが探れるということは、魔力の根源が何らかの意志を持たないものではない限りは自ずと向こうにも勘付かれ、探られる可能性があるということだ。そこで! ヴァンパイアロード、すなわち、王たる、わ!! た!! し!! が!! 適任というわけだな!」
「ジャミルでは説明不足すぎるので補足をしますが……闇の眷属などは、より魔力のあるもの、あるいは闇の器として適した者が上の立場として扱われやすい傾向があります。都合が良いのは、彼には死霊術の才能もあるということ。相手が何であれ、人間の死霊術師だったとして、ジャミルの権威に敵うことはよっぽどのことがない限りはない、そういうわけでそちらはお任せをしました。」
「で、実際のところはどうだったわけ〜?」
ルヨがジャミルのほうに視線を向けながらそう問う。
「うむ。魔力の流れ自体はとある一点の源泉から流れ出てきている。これは元からだな。少し探れば分かる流れだ。問題はその源泉の正確な位置。それを、探らねばならない。結論としては、この大森林を抜けた先の山の裏がそれだった」
「山の裏って……」
イーハイはジャミルの言葉を頼りに、地図を見る。
「これ……城? ………のマークだよね? でも、それらしいものは見えないというか……。あと、それ以外で目立ったものが全くないけど」
「ええ。この城は高い山岳に囲まれているらしく、この大森林の中からはその姿までは伺えません。ただ、『あるにはある』と。団長殿よりお話自体は頂いています。………露骨に怪しいと思いませんか?」
「……露骨に怪しいからこそ、先にノストラス騎士団のほうが調べてるとかじゃないのか?」
「そうです。当然調査済みです。ですが、それは表の話。最初に騎士団のほうで調査をした時には『何もなかった』そうです。アンデッドの影一つなく、怪しい器具の一つもない。使われなくなって久しい城が佇んでいるだけ、だったそうで」
「………………逆に怪しさ増してない? ………あー……でも、騎士団からしたら街の人の安全のほうが最優先だから、それ以上の調査にまで踏み切れたとして……って感じか……?」
「まさしくその理由で、調査は一度打ち切りになったそうです。そうしていたら、思ったよりも騎士団の士気に影響があったのか想定よりも被害が出てしまったそうで。そこで冒険者ギルドの方に人手が欲しいと依頼をしたまでが元々の経緯ということですね」
そこで、ルヨがなるほど、と口を挟む。
「あれだね〜。ここの人たちは魔族と対抗するのは専門にしているけど、知っているのは『討伐』の仕方や『処理』の仕方。探知の方法は敵の数とかを知る程度で、呪術の様相とかそのもの自体にはちょっと疎いのかもねぇ」
「ええ、そうです。特に死霊術や呪術といった何かを媒介にするものは、道具やその手法を一般に見つからないように……それから、簡単に解呪をされないように隠蔽の工作が普通の魔法や魔術の類よりも厳重にしていることも多く、専門家でない限りは探し出したり解呪するのにも時間も労力も必要になります。専門家でも数日掛けることがあるんですから、基本的にその筋の酔狂な研究家でも捕まえない限りは厳しいでしょうね」
「ってことは、纏めると……その城を調べに行ったら源泉はあるかもしれないけど、それはそれで発生源がどこにあるかを魔法的なアレで探し出さなきゃいけないと」
「そういう事です。」
「でもさぁ、肝心のその源泉ってやつを壊すとしたらどうすればいいのさぁ? 隠蔽が厳重なら、もし見つかっても大丈夫なように仕掛けとかあるんじゃないの?」
「その可能性は十分にあります。どうであれ魔術系統は二つのパターンがあり得ます。一つめは術者本人の体を媒体にするもの、二つめは何かしらの道具を媒介にするもの。術者本人との戦いか、魔導器の破壊かの二択ですね。術者本人が相手なら、場所そのものが罠、魔導器ならば距離が近づけば近づくほど発動するトラップが嫌らしいものか厄介なものになるでしょうしね」
「うわー、どっちも最悪ぅ」
ルッツの返答に、ルヨは露骨に顔を顰める。
「もし術者本人であれば、地脈を利用していること、それに伴って効果の及ぶ範囲も広くなっていることも相まって、その場から動くことができなくなるので、実質籠城の形を取るしかありません。まぁ、魔導器だったところで同じですが」
「うむ! そこから導き出される答えは『正面突破』以外にはないということだな! つまり、今までのは御託だ!」
「えっと……纏めると……『行ってみないと分からない』と」
「身も蓋もなく言えばそうなりますね。」
「………ま、良いんじゃねぇの? 冒険者らしくて」
「ニックスはん肝座り過ぎですわ……」
「─────じゃあ、とりあえず……方針としては『直接、城に行って探索』、道中はジャミルに地脈の流れを辿ってもらって目的地を目指す、って形で………出発は明日の朝で良いかな?」
「ええ。では、それで。各々準備したいこともあるでしょうし、遠征に行くのと同じ形での食料確保、道具などの用意をしておくのがいいでしょう。」
「ほんなら、私がこの後食料確保行きますわ。日持ちするもので食べやすい物とかがええかな?」
「そうですね。食料系は設楽さんにお願いします。食料についてですが、最悪、肉や魚が食べたければ、森林内での狩猟や釣りの許可を頂いているので、それは現地調達で考えています。なのでそれ以外で」
「分かりました。ほな、調理に使う系の道具の確認も確認までやるのがええかな」
「ええ。お願いします。今回、私とニックスは調理担当よりも術関係や罠関係に関する道具等を見繕う必要があるので、全面的に担当して頂けるなら助かります」
「任しとき〜」
「そういうわけです。ニックス、いつも通りに先導をお願いします」
「わーってるよ。俺は道具の手入れでもしてくる」
ニックスは言うが早いか立ち上がると、片手を振ってテーブルから離れていった。
それを見ながら、ジャミルが腕を組む。
「………ふむ。私は現地ではないと特段やることが無いな! 強いて言うなら……そうだな、力を蓄えておきたいが……」
と、言いながら、彼はイーハイの方をチラリ、と見た。
「あー……えっと、血……? 明日に支障出ないくらいなら、良いよ」
「イーハイ愛してるぞ我がリーダー!!」
「なんかやっぱ断るッ!!」
「何故ェッ!?」
「私もちょうどやることができました。どうせですしアンデッド共々塵に返す対吸血鬼用のなんかこうちょっと痛いものが続く道具でも」
「待て待て待てルッツなんだその地味な嫌がらせのような道具はそして敵は吸血鬼たぶん違う!! ノット吸血鬼!! ノー吸血鬼!! 同族ならわかる!!」
「チッ」
「『チッ』!? 貴様その綺麗な顔で微笑みながらの舌打ちは辞めろと!!」
「さてそんな話はさておき。方針もこんな所ですので、あとは各自でお願いします。もし質問事項や確認したいことがあれば一度私の方へ。それで良いですね? イーハイ」
「ああ。いつも通り、ルッツを通してもらったほうがオレとしても有難い」
「子細分かりましたわ。ほな、私は早速食料回りを充実させてきますわぁ」
設楽は立ち上がり、姿勢良くお辞儀をするとそのままテーブルから離れていった。
「僕は引き続き、患者の方のケアに入るよぉ。っていうか、引き継ぎをしなきゃいけないのもあるしー。カスパルせんせーも来るんでしょ?」
今度はルヨが立ち上がりながらそのように言う。
「ええ。向こうに医師がいなくなってしまいますが、リューン内であればいくらでも医者は見つかりますから、他の仲間にはそれで対処していただきますので」
「うんうんー。なんなら、僕の師匠とかに連絡入れとくからさぁ。」
「それは助かります。是非お願いできますか?」
「りょーかーい。じゃあ、行きがてらにでもしとくよ。また明日ねー。」
ルヨはそこまで言うと、ひらひらと両手を振ってその場から離れていった。
「では、私も諸々準備をしてきますので。ジャミル。イーハイに迷惑を掛けないでくださいね」
「何だと!? わ!! た!! し!! が!? いつ!? 誰に!! 迷惑を!? 掛けたと!?」
「今ですかね」
「辛辣か!! 私の発言に対して辛辣か!!」
「そんな冗談にならない冗談はさておき、ジャミルには万全にしておいて頂かないといけないのは確かですので……」
「…………何か、不満そうだね。ルッツ」
「少しは不満です」
「えーと……ごめん……?」
「まぁ、仕方ありません。吸血鬼っていうのはそういうものですからね」
「なぜそこで私を睨む!? いやそりゃあ夫婦の関係があるところに水を差すのは私も本意では全く無いが!? 無いのだが!?」
「分かっていますよ。………では、私もこれで。」
「待って、ルッツ」
「なんです……」
イーハイの呼び止めに、ルッツが振り向いたくらいの時に、ルッツは続きの言葉を出せることなく押し黙った。
ジャミルがふと目線を上げれば、唇の重なった二人の人物がそこにあり、目を見開き、顔を真っ赤にして口元をなぜか両手で覆った。
「………………。……これじゃ、ダメかな……?」
「………………はぁ。………ズルい人ですね。」
イーハイの目の前で、ルッツは緩く目を細めて笑う。
今度はルッツから己の唇で静かにイーハイの唇に一瞬だけ触れると、そのまま「では。」と言葉を発して踵を返し、ルッツはその場から立ち去った。
それをぎこちない動きで見送ったジャミルは、あんまり良く動かない顔を何とか動かす。
「ご………ゴチソウサマデシタ………」
「………何が……?」
妙な発言をしたジャミルにイーハイは首を傾げるだけだった。
◇◇◇◇◇
翌日。
イーハイ達『仮初探偵事務所』は、件の廃墟の城を目指すべく、『ダムス・ノストラス』から出立し、森の中を真っ直ぐに進んでいた。
道中、前々日と同じように、アンデッドの一団に出くわした時には都度対処をしながらの行進となり、少なくともルッツの見積もりでは普通に目指せば二日程は掛かるだろうという目算が立てられていた。
何せ一つとはいえ、そして誰かがそれを達成しているからこそ道すらあるとはいえ、これから山越えがあるのだ。
下りになればそれなりに楽にもなるだろうが、それでも彼らにとっては初めて登る山だ。
いくら彼らが旅をしていてそういったものに慣れていようが、それで今まで登った山より低かろうが、山は山なので、それに対しての警戒は解くことはないのである。
「………しっかし、……うっかり太陽の場所を見失いそうだぜ。」
先頭を歩くニックスが、自分たちを取り囲む、自分たちの背よりも遥かに背丈のある木々の間から漏れる光を見ながら、何気なくそう呟いた。
地脈の流れに本来のそれでない魔力の流れがあるからか、方位磁石の類いはろくに機能していなかった。
その魔力の流れを読めるジャミルの案内があって、それが彼らの足取りに滞りが無く済んでいるわけであり、大きな問題にはなっていなかったが。
ニックスからしてみると、いつものクセのようなものがあり、太陽の位置を考えがちなので、どうしてもそれが見えづらいというのには、少しの不安を煽られるようなものなのかもしれない。
彼らの先導する後ろを歩きながら、イーハイはそのように考えた。
また、ニックスの後ろを翼で飛んでいるジャミルも、いつもの騒々しさを潜めさせ、何とも言えない表情を浮かべていた。
不安そうでも鬼気迫る、と捉えられる程でもないので、イーハイは敢えてジャミルの顔色だけを伺っていた。
もし本当に彼の感じるものが何か良くないものとして今すぐ対処が必要なものであれば、彼は真っ先に自分に報告するだろう……と、イーハイは特に自分からジャミルに声をかけることはなかった。
「そういえば……結局、なんで夜に奴らが来ないのかって話ちゃんとしてませんでしたなぁ」
設楽がぼんやりとそのように言った。
「ああ、そのことですか。そういえばそうでしたね。」
「なんやっけ……闇の眷属はヒトの負の感情を糧にするんやっけ? それが関係してるかもとか何とか……」
「ええ。正確にはヒトでなくても負の感情に該当するものが発生すれば如何なるものでも発生し得ますが。その対象は無機物だろうとあり得ます。」
「え、無機物?」
「無機物もです。なぜかというと、無機物は特に周囲の影響を受けやすい物質なので、例えば負の感情を多く持っている誰かが近づいたり触ったりするとその影響を受けてしまうのです」
「ひぇ……」
「まぁ、それは今はいいでしょう。問題はそこではあるのですが……一番ここで気にしなくてはならないのが、その負の感情自体の煽り方……です。例えば、『アンデッドが夜に現れない』と言われたらどう思います?」
「え……『何で?』とか『ほんまに?』って思いますなぁ。」
「ええ。そうでしょうね。それが駄目なんです。要は、それが理由のはっきり分かっていることなら大体は安堵に繋がりますが、そうでない場合はその逆です。逆に疑問を駆り立てられることによって、恐怖が煽られるわけです。ましてや、中途半端にアンデッドの知識があれば、普通は夜を警戒しますよね?」
「まぁ、夜に出るもんやって分かってたら普通はそうやなぁ」
「そう。そうなれば当たり前の話ですが、騎士団は最初の数日か、あるいは一週間か。どちらにせよ日数をかけて夜に見張りを多くした。……ですが、『何も成果を得られなかった』んです。これが第一のヒト側の疲弊の原因です」
「………あー、何となく分かりましたわ。そうなるんなら、昼間に出てくる方のも対処せなあかんくなるし、そんなら昼間に人員割いた方が……ってなるのも当たり前やな……」
「その通りです。結果的に夜の見張りは徒労に終わった。でも徒労に終わった割に、何も得るものが無かった。そこで少し経った頃に調査を開始したは良いものの、それも結果は空振り……と、それが重なっての今です。兵士もそうですが、何の知らせもろくに持ってこられない騎士団に、そろそろ街の方で不満が起きてもおかしくない頃でしょうね。」
「その上でさぁ、兵士も緊張感が高すぎて精神的にも疲弊が溜まってきててー、ってなって、怪我人が増えて……ってやつ。まぁ、二重の意味で限界だったってコトだねぇ〜」
ルッツの言葉に便乗するように、ルヨが言葉を付け足した。
ルッツは頷きながら、続ける。
「言ってしまえば、向こうの狙いは最初からそれだったのでしょう。混乱を招く、もしくは恐怖を煽るでも良い。じわじわと生活基盤の中に不安を植え付けてやればいいし、それを立証するような実害を出せばいいのですから、こんなに簡単なことはありません。」
「ホンマ最悪ですやん。向こうはそれで……恐怖が食料みたいなものって考えれば、御飯がいくらでも補充できるってことですやろ?」
「そういうことになります。ましてや無機物からでも彼らは摂取することができるわけですから、本当に何でもいいわけです、ヒトが関わっていれば何でも糧になりますから」
「敢えて夜に来ないってだけでそんなことになるんやな……」
「こういうものは『ある程度対処ができて、且つ定期的な休み』が約束されているもの程、ものを言うのです。対処ができるものが命を脅かすという側面を持っているだけで、十分に効果を発揮するものですよ。五十人の従業員がいる宿に、五百万人のお客を数日毎に千人入れるとどうなるかって話です」
「うわ想像したないわ……定期でお客が入ってくれるのは嬉しいけどなぁ。嬉しいでやっていけたら理想やけど、あくまで理想やし……」
「そういうことです。嬉しいとか、何とかなる、対処できる、という成功体験で続けていられるほど、感情という部分は単純ではありません。それが個であるなら多少騙せもするでしょうが、大衆となれば視点が伴います。気がついた人から現実に潰れ、それを見た人から崩れていくものです」
「潰れた人が現実に見えたら、普通は警戒するし、神経も逆立ちやすいですもんなぁ。………なんとまぁ、分かりやすくて陰湿な……」
「しかも、実質の退路も断たれているようなものです。たとえ現状を把握して『ダムス・ノストラス』を離れようとしたところで、昼間はアンデッド、夜間でも結局は魔物の徘徊する視界の悪い森を、一晩で抜けきる事も強要されます。森超えの為に冒険者を雇おうにもそれを引き受ける人は中々いないでしょうね。勿論、外にも。この森自体に入ることを躊躇う人なんていくらでもいますから」
「…………それ、うちのリーダーの前で言います?」
「言いますよ。イーハイですし。」
「うちのリーダー殿は変わってるからねぇ〜。森がどうなってようが突破できるって踏んでたんじゃないかなぁ、僕らならねぇ。」
「信頼なんやろうけど、なんや雑やなぁ……」
「まぁ、イーハイですし……」
「あのー……君たち……聞こえてるんだけど……」
「ええやないですか、貶してるわけやないですよ」
「そーそー、褒めてるんだよー」
「イーハイが何も考えていないことがあるのは今に始まったことではありませんし、直感が間違っていないこともあるので問題はないかと思いますよ」
「うんあのルッツの一言じゃない一言でフォローが台無しになったんだけど??」
「うわー、ルッツさん容赦ないなー」
「これくらいは受け止めていただかないと困りますから」
「………うぅ」
「そない落ち込むならもう少し反省したら良いやんか……まぁ、前に無茶苦茶やってくれたんがあって助かったこともあるんで私らも感謝はしとるけども」
「何ていうかぁ、一言褒めようとすると二言尾鰭がつくのがうちのリーダーって感じだよね!」
「どっちかって言うと蛇に手足足すやつやな……」
「どっちにしろ悪い言葉の引用みたいな例えというかその通りじゃん!?」
「何か反論でも?」
「……………。…………無いです……」
そこで、ワイワイと空気を変えて話す彼らの言葉を耳に入れながら足を止めて、ニックスが振り返った。
「………てめーら楽しそーだな……」
「おや、ニックス。どうしました?」
「いや。そろそろ山に入る道になったみたいでな。今はなだらかな道が続いてるけど、途中から坂になる可能性がある。そうなったら、事前に聞いた山小屋の休憩所まで休めねぇだろうから、この辺で一度休憩でもするか? って提案だよ。」
「ん……そうだね。少し、休憩しようか。水分補給もそうだし、……少しとはいえ戦闘もしてるからね。装備の確認とかも今のうちしておこう」
「了解。んじゃ、ちょっくら腰据えれるとこ探してくる。ここで待ってろ」
ニックスはそう言いながら、耳に手を当てて何かの音を探り当てると、森の一方向に向かって走っていった。
十分もしないうちに、先ほど遠ざかった足音が近くなり、木々の間から見慣れた赤毛と灰色のコートが覗く。
「……そんなに遠くない場所に丁度、川がある。その近くに広く空いてる場所があるから、ちったぁ休めると思うぜ。多分、騎士団の連中も使ってたんだろ。古いが、焚き火の後とかがあるぜ」
「ありがとう、ニックス。……そういうことなら、その場所を使わせてもらおうか。川なら、魚とか……食べられるやつがいるなら、調達しておこうかな」
「ま、その辺は釣ってみなきゃ分かんねぇな。………じゃ、案内するから、……逸れんなよ」
ニックスはそう言いながら、自分の走ってきた道の方へ体を翻して、歩き始める。
イーハイたちはそのニックスの背を追って、道とは言えない場所を通る。
だが、ニックスの言ったとおり、騎士団がこの先にあるひらけた場所を使っていたのならば、誰かはこの辺りを通ったりしていたのだろう。
他の場所よりも、草木があまり育っていないように見えた。騎士団の手によって避けられたのか、それとも元は獣道でもあったのか。
ニックスのことだ、そのあたりも培った冒険者の勘のようなもので何かを感じながらその道を見つけたのかもしれないが、確証がないことを言う性分でもないので、彼は特に何も言うことはなく、黙って仲間たちを、たまに後ろを見やりながら先導していた。
やがて、特別耳を澄ますことをしなくても、イーハイたちの耳に穏やかな水のせせらぎがはっきりと聞こえてくるようになった。
何より、イーハイは何となく眩しさを覚えて、額の辺りに手をやって目元に影を作る。
その仕草をしたとき、パッと、イーハイの視界が一瞬とても明るく発光したかのように白くなった。
ぱちぱちと二、三度と瞬きをすると、ようやく視界がはっきりした。
彼の目の前には、小川と、ニックスが言っていた多少ひらけた空間が広がっていた。
ここには森のとんでもない背丈の木々があまり密集しておらず、当たり前のように日が差していた───どうやら、道中それなりに薄暗い空間であった為に、この場がとても明るい場所に感じただけみたいだった。
「──────。………うん、……ここなら休めそうだね」
「だろ。」
イーハイの言葉にニックスは一言だけ返すと、ひらけた場所にある地面の一点───少々黒ずんでいる。灰の跡がほんの少し残る地面だ。恐らく、さっき話していた焚き火跡だろう───の所に、簡易的な火付け道具を小さく広げ始めた。
「ニックス、簡易的にで良ければ結界を張りますが」
「ああ、頼む。休憩時間は……っと、イーハイ、一時間くらいでいいか?」
「え、ああ。うん。それくらいで。あんまり時間かけても良くないし」
「分かった。ルッツ、そういうわけだ。本当に簡単なやつでいい」
「分かりました。魔物避けくらいにしておきます」
「では、私は空から見張っておいてやろう。アンデッドの対処の早さなら、私が一番だろうからな」
「ジャミル、休まなくて良いのか?」
「なぁに、貴様から血は貰っているからな! 私は!! 今!! 最ッ高に!! 元気!! だからな!!」
「なら、良いけど……。じゃあ、お願いしとくよ」
「任された!! ではな!!」
イーハイの言葉を受けて、妙なほど上機嫌なままジャミルが上空へと飛んで行った。
イーハイの視界で、ジャミルの影が一つの巨大な木の一つの枝に消えた頃、誰かがイーハイの肩を叩いた。
設楽だった。
「イーハイはん、釣りとかやります? もし食べれるものとか選別すんなら、一緒にやりまひょ?」
「え、設楽さん釣りとか出来るの?」
「遊び程度やけどなぁ。昔、修行しとった時に商品は自分で得るもんやと、そういうもんも一貫で習ってたんですわ」
「……なんていうか、ホントに何でもやるね……?」
「まぁそういう一族でしたんで……」
「なるほど……? ……とりあえず、そういうことなら一緒にやろうか。」
「そうこなくっちゃやな! じゃあ私が道具用意するんで、ちょっと待っておくんなましー」
設楽はすぐに、自分の荷物のほうに歩いていった。
それを見送るイーハイの視界に、今度はルヨが入る。
「あのさー、リーダー。ちょっとそのへんで薬草とか探して構わないかな。皆、回復魔法とか使えるけど、万が一魔法系封じられたときとか怖いし、今持ってる分だけでも良いかもだけど、ちょっと不安でさー」
「うん、良いよ。でもルッツの結界からあんまり離れないでね」
「分かってる分かってるー。じゃあ、ちょっと周り見てくるねぇ。」
ルヨはそう言うと、イーハイから離れたところにある茂みの方に歩き出した。
ちょうどそこに、二人分の釣り道具などを手にした設楽がイーハイの下に戻ってくると、片方を満面の笑みでイーハイに差し出した。
「お待たせやでー! これ、設楽印の釣り道具ですねん! イーハイはん、釣りが趣味って聞いてからなぁ、一回使うてみて欲しくてなぁー」
「……おお」
イーハイは設楽から渡された釣具一式をとりあえず一つ一つじっくり見た。
ロッド、ルアーなどの機能性から、設楽が用意したのだろう釣りエサまでもをイーハイは細かく確認すると、次第に頬を緩め始めた。
「ああー、分かります? せっかくやし釣りエサもそれなりに揃えましてん。この入れ物凄いでっしゃろ、この小ささなら保存とかが結構しっかり効くようになってましてなぁ、生き餌までいきませんけど鮮度あるもんなら入れられましてぇ……」
「設楽さん!! 一時間しかないよ!! すぐやろう!! 何の餌で釣れるか分かんないし!!」
「めっちゃやる気ですやん!? わかりましたわ!! こういうのは理論より実ですわ! やったるでぇ!!」
イーハイと設楽は川の方に意気揚々と向かっていったのだった。
(続く)




