百獣の王、ミラベル【クライヴ視点】
ミラベルは、まさに令嬢の中の令嬢──高嶺の花だった。
孤高の存在で、本来なら俺のような成金の平民風情が、軽々しく口を利いていい相手ではない。
動物に例えるなら、百獣の王の猫。
彼女は幼い頃から女王のオーラを纏っていて、その気高さが、とにかく眩しかった。
しばらくの間、彼女は俺たち一家を侯爵家に寄生する怪しい連中ではないかと警戒していたが、やがて無害そうなシンシアに絆されていく。
さらに、ステイプルトン家が桁違いの成金で、寄生する必要などないと知ると、態度を軟化させてくれた。
とはいえ、侯爵夫妻やヒューバートとは違い、彼女の瞳の奥には、まだ成金貴族へのわずかな蔑みが残っているように思えた。
──ところが、やがてそれが誤解だと気づく。
ミラベルは、相手が誰であろうと、あの態度だったのだ。
貴族だろうが平民だろうが、王族だろうが、地母神ギャイアだろうが。
「はん、だって平民よ」
「はん、だって公爵家よ」
「はん、だって陛下よ」
「はん、だって神様よ」
ツンケンしているのは生まれつきの性格で、他者を蔑んでいるわけではない。
ただ、この世に自分より尊い存在は無い──そう思っているだけだった。
そんなミラベルが、なぜか俺には何かと口やかましく構ってくる。
理由は分からなかったが、嬉しかった。だからわざと怒らせ、噛みついてくるのを楽しんでいた。
減らず口で反論してくる時の彼女は、猫というより小型犬で、俺が論破すると悔しそうに歯をギリギリ鳴らす。
かなり可愛い。
妹のように? いや違う。シンシアは守るべき存在だ。
ミラベルは……なんだろう。ヒューバートのように、身分が違うのに対等に喧嘩できる、奇跡のような存在であるのは分かるのだが。
喧嘩している時だけ、女王ミラベルはぐっと近くなる。
本当は、俺と彼女の間には大きな隔たりがあったとしても。
俺とヒューバートが高等部に進級し、シンシアとミラベルが中等科に入学してすぐのことだ。
ミラベルの噂が聞こえてきた。
「悪役令嬢?」
ヒューバートに相談され、俺は首を傾げた。
なんだそれ。
「小説や戯曲に出てくる意地悪な女の子のことなんだってさ。陰でそう呼ばれているらしいよ?」
「ほう……いじめか?」
ヒューバートは首を横に振った。
「まさか。ミラベルをいじめたら、僕と結婚できる可能性がなくなるじゃないか。あくまで陰口だよ。それをうっかり耳にして、ちょっと落ち込んでるだけ」
こいつはなんでこんなにナルシストなんだ。
「分かった。俺に任せたまえ」
間もなく俺は、荷物を抱えてミラベルの部屋へ向かった。
そして、宿題をしていた彼女の目の前に、悪役令嬢が出てくる小説をドサドサと積み上げた。
「なに……これ」
「読んでみたまえ。悪役令嬢は、そう悪いものではない」
ミラベルが疑い深い目で俺を見上げる。
「何を聞いたか知らないけど、別に私、気にしていないわよ」
「知っているさ。君を虐めることができるのは俺だけだ」
「……読んだの? これ全部」
「ああ。俺は速読のプロだからな。あっという間だった」
「ほとんど女子向けの恋愛小説じゃないの」
「なかなか興味深かった。悪役令嬢は、やたら婚約破棄されるのだな」
ミラベルは頬を膨らませた。
「そうよ。ヒロインに意地悪ばかりするから嫌われて、断罪されて、その後酷い目に遭うの」
俺は首を傾げた。
「そうかな? これなんかは違ったぞ」
ミラベルは一冊を受け取った。
「逆襲の悪役令嬢」
「ああ。王太子とヒロインによく分からん理由で断罪されて国外追放されるが、途中で伝説の剣を抜き、復讐のために戻る。悪役令嬢の『血祭りだ!』って台詞にはぐっときた」
「……皆殺しエンドじゃない」
「こっちはどうだ、ハッピーエンドだぞ」
「娼館落ちした悪役令嬢、スキル名器で無双する──これ18禁よっ!」
「しまった。まあタイトル通りだが、君にはまだ早いな」
「クライヴもまだダメでしょ!」
「……つまりだな、なにが言いたいかというと」
──君は周囲の評価なんか気にするな。最高なんだから。
しょげていたミラベルが、少しでもいつもの女王様に戻れるように、そう伝えようとした。
だが結局、俺なんかに慰められていると思わせたくなくて──。
「悪役令嬢は巨乳が多いってことだ」
返ってきたのは、強烈なビンタだった。




